フリーワンライ作品集

一花カナウ・ただふみ

第13回【恋愛】花火と満月

 満月と花火は相性が悪いと思う。



 今年の夏祭りは満月と重なって、俺たちがいつもベストポジションだと思っていたベランダから眺めると背景に重なった。

「満月と花火を同時に見られるなんて、なかなか素敵じゃない?」

 毎年恒例になっている花火見物には、幼なじみの千里ちさとは浴衣を着てやってくる。今日もやっぱり浴衣で、バイトで貯めたお金をはたいて新調したものをめかし込んでいた。

 はしゃぐ千里の横顔に花火の光が散る。

「俺は否定派だが」

 素っ気なく返すと、千里は頬を膨らませて俺を睨んだ。いつの間にか化粧が上手くなっている。薄暗いからそう見えるだけだろうか。

「えー、どうして?」

「派手なモノをぶつけ合っちゃいかんだろ。食い合っちまう」

 花火の上がる音の合間に、声が掻き消えないように応える。

「そうかなぁ」

 千里はムスッとしていたが、特に反論してくることはなかった。納得しかねる表情のまま、空に顔を向ける。

「……大学、どうなんだ?」

 高校まで同じ学校だった俺たちだが、その先は別々の道を歩むことになった。なんてことはない、俺が大学受験に失敗したというだけの話だ。

「それなりに楽しいよ。遥輝はるきは?」

「浪人生は勉強しかやれねぇから退屈だ。ランク、下げなきゃ二浪しそう」

 張り合いがなかった。千里の存在が地味に効いていたらしい。予備校で勉強するのと、千里のいる教室で勉強するのとは全然違う。

「……あたしと同じ大学、行かないの?」

「国立はムリ」

「……そっかぁ」

 彼女は俺を見なかった。

 長い沈黙。

 花火が破裂する音。

 どこかで、花火に向かって叫ぶ声がする。

「――ねぇ、遥輝」

「ん?」

 彼女の手が俺の手を探り当てた。

「このまま、ばらばらに進むのかな、あたしたち」

「いつまでも一緒とはいかないだろ? だいたい、お前には弁護士になる夢があるじゃん。俺、ホワイト企業に勤められればそれでいいし」

 頭の出来が違うことくらい、小学生の頃から気付いていた。そして、千里が俺に合わせていることも。

 だから俺は、入試で白紙を提出した。

 いつまでも、千里の足枷ではいたくない。彼女に合わせるための努力もしたが、限界にぶち当たってしまった。これ以上は無理なのだと悟ってしまった。もう戻れない。いつかどこかで線引きして、きっぱりと認めなくてはいけないとずっと考えていた。

 繋がれた手に力がこもった。

「――あたし、遥輝のこと、好きだよ」

「…………は?」

 聞き間違いだと思った。

 だから、千里が向き直って、爪先立ちをしてきたのに反応が遅れた。

 熱が唇に伝わった。

「あたし、遥輝のことが好き。だから、できるだけそばにいたいの」

 それがキスだと理解するのに時間がかかった。

「……って、お前、返事の前にキスって、ちょっと」

 動揺している。何が起きているのかわからない。勉強のし過ぎで俺がおかしくなっているのだとしか思えない。

 何故なら、千里は俺には不釣り合いなほどに人気の存在。家が隣り合っているってだけで幼なじみで付き合ってくれているわけで――。

「あたし、本気だよ? こういうことされて、嫌いになった?」

「嫌いだなんてそんな――」

 ただ、恋愛の対象として考えたことがなかった。

 いや、考えたことはある。

 中学生になった頃、クラスメートから一緒に登校しているのを冷やかされた時のことだ。その頃から積極的で目立つ存在だった千里と、流されるままにいろいろ引き受けて貧乏くじを引かされている俺。同じ活動をすることはしばしばあったが、モチベーションは違うし、できるなら一緒にいるべきではないとも思っていた。

 ――あぁ、花火と満月みたいだな。

 千里にとっては相性が良く感じられるが、俺には違う。

「わりぃ。俺、お前とは付き合えないわ」

「……そっか」

「どうしてって、訊かないのか?」

「どうせ、月と花火を比べているんでしょ?」

 そういうの、わかっちゃうんだけどね――そう告げて、千里は手を離した。



 やっぱり、花火と満月は似合わない。

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