この国出ようぜ

 HGO。正式名称は《Heavens Gate Online》。カケル達がつい先日まで、学校を自主休学してやっていたVRMMORPGだ。自由度の高さとヴィジュアルを売りにしてサービスが開始されたゲームだが、その売りというのがプレイヤーの予想を遥かに上回る自由度だったのだ。


 エルフや獣人といったファンタジーの定番である種族から果ては魔物に至るまで、ありとあらゆる種族でゲームをプレイできる。何より、必殺技の動きや武器を自分でデザインできるというオーダーメイキングシステムというものを搭載していたため、自分自身のアバターをゲーム内の枠にとらわれずにカスタマイズできる。故に人気が高かった。


 そのHGOに出てきた国とそこの王女の名前に先程告げられた名前があったのだ。それも、悪い意味で有名な国として。人々を隷属化し、無理やり戦いに赴かせて他国を侵略するというHGOの中では最も忌み嫌われていた国だ。ゲームの世界とは言えそんな悪名高き国にわざわざ立ち寄ろうとするプレイヤーはほぼいなかった。


 ゲーム開始当初はそういう設定に捕らわれずに自由にプレイをする者が多く。その国にも入っていくプレイヤーがいたが、どのプレイヤーも例外なくNPCに隷属化されて扱き使われるという屈辱を味わわされたのだ。運営は何を考えてこんなシステムを作ったのか。いくらリアルに忠実な世界観を模したとしても些かやりすぎである。自由に楽しむのがゲームなのに、そのゲームに行動を制限されるとは何事だと。


 当然のことながらカケル達も被害者(?)だった。入国してからあれよあれよという間に隷属化され無理やり戦わされて何度死んだことか。しかも、このゲームは一度始めてしまうとデータを削除することができないという鬼畜仕様だったため、四人とも泣く泣く別アカウントを作って初めて作った愛着のあるアバターを捨てざるを得なくなったのだ。


 ただ、これに対して異議申し立てはしない。そんなことをしても意味がないからだ。やり過ぎとは言えリアルに忠実に作ったが故にそういう設定の国が出来た。縛られたくなければその国に入らなければいいじゃない。ということだ。逆に縛られたい奴は好きに入国しろということでもある。


 カケル達がこの神殿に見覚えがあったのもHGO内で一度だけこの神殿に立ち寄ったことがあるからだった。すぐに思い出せなかったのは一度しか覚えていなかったというのもあるが、一番の理由は嫌いな国であったために思い出したくもなかったということだ。ようは記憶の底に沈めて浮かばないように鎖で拘束していたのだ。解き放たれてしまったが。


 そんなこともあり、カケル達はメルラーク王国という国とプリム=レット=エスカ=メルラーク第一王女に悪印象しか持っていない。ましてやここは仮想世界の中ではなく現実世界だ。隷属化されるなんて溜まったものじゃない。今この時、カケルはどうやってこの国を出ようかと考えを巡らせ始める。


「カケル」


 そんな時、夕姫が声を掛けてきた。カケルと秘密の話をするかのように(実際そうなのだが)顔を寄せてカケルの耳元に声を出す。夕姫の温かい息吹がカケルの耳に当たり、鈴の音のような澄んだ声が脳を震わせる。夕姫は掛け値なしの美少女だ。普段平然としていてもこういう時の不意を突くような彼女の距離の近さにはドキドキさせられるカケル。カケルだって健全な男子高校生である。


「どうした?」


 夕姫に合わせて声を潜めるカケル。しかも、口すら殆ど動いてないから大したものだ。こんな技術を会得しても何のプラスにもならないため、会得の必要はない。完全に無駄技術である。


「メニューが開く」

「なに?」


 その言葉を聞き、カケルは右手の人差し指を虚空に向けて軽く縦にフリックする。すると、夕姫の言う通り複数のメニューアイコンが出現する。夕姫も常に見ているようだが、メニューアイコンは全く目視できないため、ゲーム内の設定のいくつかはこの世界にも適用されているということをカケルは理解した。


(コンフィグとログアウトのアイコンがないな)


 HGOでは当然の如く存在したアイコンがない事実に、これは現実なんだとイヤでも理解させられるカケル。ステータスアイコンは存在したためアイコンをタップする。



諸星カケル Lv150


種族:ヒューマン

職業:《匠Lv15》《魔銃士Lv15》《魔法師Lv12》

HP:3283/3283

MP:5235/5235

AP:2659/2659

STR:1958

VIT:1746

INT:2745

MEN:2574

AGI:1597

LUK:500


スキル:《言語理解》《看破Lv10》《隠蔽Lv10》《実力偽装Lv10》《感知妨害LV10》《魔力操作Lv10》《生成Lv10》《魔法付与Lv10》《火炎魔法Lv8》《石化魔法Lv3》《破壊魔法Lv10》《深淵魔法Lv10》《神癒魔法Lv10》《HP自動回復Lv10》《MP自動回復Lv10》《AP自動回復Lv10》《高速思考Lv10》《並列展開Lv10》《無詠唱》《生命感知Lv10》《魔力感知Lv10》《空歩Lv10》《身体強化Lv10》《剛力Lv5》《金剛Lv9》《神速Lv10》《念話Lv10》《限界突破》


アーツ:《マジックバレット》《ラピッドファイア》《バレットオブカタストロフィ》《ウェポンチェンジ》


称号:《異世界からの来訪者》《超越者》《一人軍隊》《竜殺し》《一騎当千》


BP 3827pt


所持金:78,503,978ガゼル



(ん? これはゲームと同じステータスか?)


 半透明のウィンドウに表示されたのはカケルがHGO内で鍛えたキャラクターのステータスと同じだった。違うところは《言語理解》と《異世界からの来訪者》と《超越者》が追加されているところだった。


『夕姫』

「ッ!?」


 突然脳内に直接響いたカケルの声に驚きビクッと肩を震わせる夕姫。ちょっと可愛いと思ってしまったカケル君。


『バカケル! 驚かさないでよ!』

『悪ぃ。ものは試しでやってみただけだ』

『そういうのはダイキでやってくれる!? アタシを実験に使わないでよ!』


 そんな感じのやり取りを念話でしつつも、二人とも表情が変わらないのはある意味凄い。まあ、ゲーム内で散々っぱら使ったスキルなので慣れているという部分もあるのだろう。


『だから悪かったって。ところで、夕姫のステータスはどうだったんだ?』

『謝られてる気は全くしないけどまあいいわ。ステータスだっけ? HGOのステータスと同じだったわ』

『やっぱりか』

『まあ念話を使ってるみたいだし、やっぱりってことはカケルもよね』

『あぁ。このままだとヤバいかもな』

『そうね。このステータス見られたらこき使われるのは火を見るより明らかね』

『そう言えば夕姫。お前って種族ヴォルペ・ヒューマンじゃなかったか?』

『それね。ステータス見たら幻術発動中ってアイコンが出てた』

『織音もか?』

『多分ね。ヴォルペ・ヒューマンもエルフも幻術は得意だから』

『なるほどな』


 そんな感じのやり取りをした後、カケルはダイキと織音にも念話を飛ばす。


『ダイキ、織音。聞こえるか?』

『おう聞こえるぜ?』

『しっかり聞こえるであります。諸星少尉』

『少尉かよ! せめて大尉くらいは言ってくんねぇかな!?』

『まあまあ、細かいことは言いっこなしなし。それで、何か用かな?』

『納得いかないがまあいい。お前たちのステータスもHGOのステータスと同じか?』

『同じだよ』

『俺もだな』

『そうか。ならまず、この国を出ることから考えよう』


 その前にと、カケルはプリムに向けて看破を発動。感知妨害も忘れない。

 カケルの記憶が正しければ護衛騎士には鑑定察知があり、もし看破を察知されてしまえばそれだけで自分の身を危険にさらすことになる。



プリム=レット=エスカ=メルラーク Lv38


種族:ヒューマン

職業:《奴隷術師Lv12》

HP:76/76

MP:107/107

AP:29/29

STR:37

VIT:22

INT:49

MEN:56

AGI:18

LUK:100


スキル:《魔力操作Lv4》《奴隷術Lv6》


アーツ:なし


称号:《非道なる王女》


BP 0pt



 カケル自身、ゲームとは違って欲しいという淡い願いがあったが、そんな甘くは行かないらしい。この時点でカケルはこの国を出ることを決心した。


『今王女のステータスを看破した』

『どうだったの?』

『俺たちを隷属化する気満々だな。もしかしたらと思ったが駄目だったみたいだ』

『んじゃ、この国を出ることは確定だな』

『なら、具体的にどうやってこの国から、というか王城から出るかよね』

『そこが一番の問題だよね』

『隠蔽でワザと弱っちく見せるってぇのは駄目か?』

『それだけじゃ弱いわね。隠蔽はあくまでステータスの数値をごまかすだけだもの。カケルレベルの実力偽装がないと難しいんじゃない?』


 この四人はHGO内でパーティを組んでいたこともあり、それぞれの持っているスキルというのは嫌というほど把握している。作戦を立てやすくするためでもある。ちなみに、パーティにはもう一人いる。


 隠蔽というスキルは夕姫の言う通りステータスの数値を任意にごまかすに過ぎない。情報戦において優位になるためのスキルだ。この場においては強さを偽装できるかもしれないが、異世界召喚ものの常で訓練というのがついてくるだろう。そこでステータスを十全に発揮して武器を振るえば間違いなくステータスのごまかしがバレてしまう。隠蔽だけでは本当に一時凌ぎにしかならない。


 それをさらにごまかすには実力偽装というスキルを使えば問題ないのだが、生憎とカケル以外の三人は実力偽装のスキルレベルが低く、ごまかせるかどうかギリギリのラインなのだ。だからこそ、念話でこうやって案を練っているのだ。


『こうなってくると賭けに出ないと多分、一生出られないぞ? 嫌だろ?』

『そうは言うけど……』

『大丈夫だよ夕姫ちゃん。やってみよ?』

『織音』

『夕姫。お前のモットーは“やらないで後悔するよりやって後悔する”だろ?』

『……』

『それによ。いざとなったら織音の転移で逃げればいいじゃねぇか』

『最終手段ではあるがな』

『大丈夫だよ。いつでも行けるから』

『そうね。やりましょうか! この国を出る!』

『うし。んじゃ、行動開始!』

『『『オーッ(オウッ)!』』』


 行動とは言っても隠蔽でステータスをごまかすだけだ。実力偽装は訓練の都度掛けていけばいい。


 こうして、カケル達はこの国を出ていく覚悟を決めたのだった。

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