『満足の壺』

リィナ・リョナ

『満足の壺 壱』

『満足の壺 壱』


 僕は世間で言われる量産型相互厨というものであった。最もそれは三万程度の辺鄙で控えめな相互厨であってそこまで人の目にも留まらない。中にはそれを尊敬する者もいたがそれは視野が狭いか、いわゆる馬鹿というやつだ。僕も馬鹿ではあるかもしれない、それでも現実では味わったことのない感覚を下僕達から感慨受けた。それが僕の快楽になり、やがて自分というものは有頂天になっていくのだった。

 そして下僕達は自分より馬鹿であって下でなくてはならない存在へと変わる。これ以上を目指す必要もない。相互なんて有名になれない程度の微妙であれば充分、それ以上の有名相互厨というのは悪だ。

 そう思い始めたのはTwitterを始めて相互が一万になった時である。最初は悪に憧れていた。憧れていた、というよりもその悪こそ自分にとって正義であり後後達するものであった。Twitterを真剣に始めたきっかけというのもそれに影響されたに違いない、そう思う。それは僕がリア垢で活動した時まで遡上する。

 その頃僕は決して相互厨には感化されないリア垢という環境にあった。そこでは友達と呼べる存在も多くなく、学校でも家でも満足にはなれない。端的にいえば自分はリア垢でのFFも少なく相互厨と呼ばれる者達の情報さえも入って来ない、それほどの状況にあった。友達というものがあまりいないのはいいのだが、僕はテストの点数が毎度うまくいかず、それをいいことに馬鹿というのをネタに学校のお調子者共、親が毎日劣等感を与えてきた。日に日に彼らは満足に生活し、満足を保つために満足でない自分を蔑み始めた、と考察するようになる。それからというもの、『満足』は悪だ。『満足』は一人ぼっちにする。自分は『満足』へは決して到達しえない。と悪魔に取り憑かれたように覚えた。

 そしていつしかその言葉自体が胡乱として認識できなくなっていた。その言葉はいつ自我を崩壊させるかわからない。そんな『満足』という嫌な言葉から逃げるには煙に巻くしかなかったのだ。そこで殻に閉じこもってしまった。

 殻は丈夫で居心地が良かった。満足な者達に蔑まれても『満足』が見当たらないので『満足な者達』は自然に『妬む者達』と豹変していったのだ。妬むものは実は自分と同じ立ち位置で自分が上だと錯覚しているだけ。そう思うことで気が楽になった。

 その後僕の想像していた普通が過ごせるようになった。それはなんら僕にとっては変哲もない普通だ。

 そんなある日自ら忘れていた、逃げていた『満足』に駆られてしまう事件が起こる。


 『いい湯事件』世間はみんなそう呼ぶ。この事件はFFの少ないたし湯にも当然入ってきた。それほど大きい事件であったのだ。そして拡散者は後の正義、否、後の悪、勿論相互厨だ。

 情報が入ってくること自体珍しかったためにネットサーフィングやらで情報を追ってみた。

 そこからたし湯はわかった、わかってしまった。


 その時自然に殻は開き新しく言葉を学んだ。


     『満足』…。


 いい湯という人物は何不自由ない暮らしをしていた。

 それなのに何故彼はリア垢でもない垢でTwitterをしていたのか。

 それを考える内に殻を開けるしか答えは出なかった。考えるに、いい湯はやはり『満足』ではなかったのだ。『満足』を追究した結果が『堕落』である。しかし彼は『満足』に達した。だから暴論を吐いていた。いいや、『不満足』を蔑んでいた。彼はもしかすると自分と環境や境遇が似ているのかもしれない。出回ったいい湯の顔写真を見たが自分も同じように醜かった、やはりいい湯は僕だ。僕でないと駄目なんだ。

 たし湯は卑小な18年間をいい湯と比較し、ついに『満足』という言葉を受容した。無論『不満足』という現状も受け入れ、自分も彼と同様な『満足』を獲得したくなったのだ。

 いい湯を目指し、『満足』に焦がれた。それを目指すために最初から気取りを始めたり、と、いろいろな試行錯誤や失敗を経験したが『満足』を糧に努力を辞さず、やがてこの相互厨という地位に行き着いた。

 やはりこの位は満足ではある。しかし『満足』ではない。本質を見ると瑕疵だらけの満足で、自分の見る『満足』とは違い、偽りそのものだった。自分より下僕の者を三万もフォローしなければならないこと、これが疑似の満足であり不満であった。そしてそれを我慢し、見越した上での相互の幅を広げた場合の『満足』も考えたがここで自分の才能であり狡猾こうかつな部分が垣間見える。「それは違う」咄嗟に理解できた。自分が目指してるものは『いい湯』であり、『満足』なのだ。幅を広げれば叩かれやすくなる、叩かれるのは怖い。僕は『満足』の一線をいい湯のようには越えたくない。やはり幅の広い相互厨は疑似だ。悪じゃないか。そう考えた、だから炎上を予防する呪文としてハンネを「ふぁいあ」にした。

 この位はもういい。現実との比較をすれば平行線にしかならないじゃないか。

 そろそろ気取りへ行こう…。

『満足』のために…。

 あの位置へ…。

 憧れた正義へ…。



 「何故フォロバがもらえない!下僕だろう!」憤懣ふんまんした。たし湯、否、ふぁいあは困窮した。それは自分にとってあまりに予期できず理解不能だった。

 無様にも相互の名残からである。

 そして「フォロバください」等と媚びてしまった。なんとも不愉快だ。彼らは彼らなりに今が『満足』なのだろう。それが許せない。

 そして怒りに身を任せてしまった結果裏目に出てしまった。

 ついに叩かれたのだ。

 ふぁいあは気取り垢での生き方を相互垢と同等のように感じていた節がある。これが誤算だった。

 そして『満足』への失態であり「ふぁいあ」という呪文は姿を消してしまう。

僕は悩んだ。『満足』にどうしたら届くのか、叩かれたせいで『満足』から遠のいた気がする。静謐せいひつに、いい湯を追わないように行くはずだったのに。

 僕は考えるため、機が来るまで静かにいくことにした。普段は相互垢の方にいて情報収集のために気取り垢へ行き来した。

 そして気取りで情報収集をしている時偶然遊戯王論者と変貌を遂げたいい湯を見てしまったのだ。それが心の変化だった。

 いい湯は憔悴しきっていながらもフォロワーが多く『満足』そうに見えた。これが自分の中で許せなかった。僕にとっては『満足』の条件こそ『優位になること』であったのに今の彼を見ていると『有名になること』が『満足』だと感じられるようになっている。『優位』なんかじゃない、『有名』こそが『満足』の最大条件だ。許せない感情はもはや違う感情になっていた。昔のいい湯のまま『満足』を履き違えた自分になっていたのだ。だがこれでよかった。これで僕が真の『いい湯』になれるから。

 それから狡猾な僕はどうしたら『満足』になれるかを考えた。それこそ叩かれた経験、『炎上』を裏目に使った作戦なのである。炎上をすることによって少しは有名になる。これを繰り返すことで『有名』つまり『満足』が得られる。

 この時こそ『満足』の条件が『優位』から『有名』へとしっかり変化を遂げ、『ふぁいあ』から『たし湯』へと完全に変化した瞬間なのだ。『たし湯』というのは『湯』を『足す』ということで、『湯』には昔のいい湯への尊敬心。それと『熱い』という固定観念があり、そこから炎上の意を得た。つまり『湯(炎上)』を『足す』ということだ。その講釈こそ『たし湯』というハンネの由来であり、彼の炎上商法の全貌なのだ。

 それが産まれるきっかけとして、運命として、僕は憔悴しきったいい湯を見たことに原因がある。このままでは僕の中の『満足(いい湯)』が維持出来ない。これは『満足』でも『いい湯』でもない。僕が『いい湯』になることこそ『満足』。これが『湯族』の始まり。憔悴しきったいい湯から生まれたのが『湯族』で、同時に『満足』の条件が『有名』に変わり、『ふぁいあ』が『たし湯』に変化した証拠。『湯族』が変化の象徴。

 僕は『いい湯(満足)』でないといけないのだ。


 炎上商法は思いのほか上手くいく。そして僕は有名になった。みんなは僕の術中にはまっている。僕が馬鹿を演じれば叩いてくれる、それに伴って僕は『満足』を得る。そして元々の意味の『優位』にも気づくことが出来た。僕のことを「馬鹿」と呼ぶものがいる、これに気づかない方が馬鹿なのだ。みんな気づいていない。僕は今頂点なのだ。昔フォロバをくれなかった輩は今僕に『不満』を感じている。嘲笑してしまう。『満足』を僕に壊されたのだ。みんな僕の『満足』が羨ましい。疎ましいのだ。

 そして僕は新しい『いい湯(満足)』になりつつある。情報収集した時に恐れていた風族の主要幹部を『裏湯族』に入れ傘下にすることもできた。わさらーも僕の手の中で踊っている。

 ただ一つミスをしてしまった。なんとしてもいい湯の二の前になる事は避けなければならない。

 だけどまだ狼狽する必要も無いはずだ。

 僕は、満足の壺の中身はまだ"歳"しか明かしていない。

 慎重に、強欲ではない。足りない、満たしてないだけで強欲ではない。決して強欲ではない。決して強欲であってはならないのだ。

 ワサラー団四天王という地位は『満足たし湯』ではないはずだ。

 僕は壺だ。いや『たし湯満足』は壺である。

 壺は叩かれる度に水を増す、水を増すことによって満足感を得ていく。

 しかし叩かれた衝撃でたまにこぼれる時もある。決してこぼれてはいけない。こぼしてはいけない。このままでは『満足』を通り越す。

 でも僕は壺のギリギリまで入れたい、『満足』を得たい。

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