第58話亜利奈とローゼの共闘

 礼拝堂の壁に現れた不気味な〝影〟はいくつも増え、徐々に頭、肩、胴体手足……と、まるで人形のように人の姿を纏い始めた。

 そして影はその姿を徐々にはっきりさせていく。

 ……またしても〝偽祐樹〟だ。

 ただし今度は顔がない。目や鼻や口のあるべき場所は黒い無地の仮面を被ったように何もなく、服装、体格、髪型から祐樹を模していると判断できるだけだが。

 いよいよもって〝出来損ない〟ということだろうか。

 ――いずれにしてもローゼ達の癇に障るには十分な代物だ。

 礼拝堂に零れる月明かりの下で、そんなものが数匹。

 奴らはゆらゆらと揺れた刹那、一斉に跳躍して飛びかかって来た。

 亜利奈は地面から異形の腕を呼び出し、それを迎え撃つ。

 一つ、二つと腕は翻り、空中で偽祐樹を叩く。

 現金なもので、味方として見れるとこの邪悪な少女は頼もしい限りだ。

 だが相手も数をどんどん増やし、次々に襲い掛かってくる。


 ついには敵が一体ローゼに降りかかってきた。

 ローゼは落ち着いて剣を構え、腕を引き、弓から解き放たれた矢をイメージし、

「ヤァッ!!」

 と、まっすぐ刃を相手に突き立てる。

 レッスン通りの一撃は相手を怯ませるのには十分で、あとは亜利奈が追っ払ってくれた。だが敵は一体一体がしぶとく、伏したかと思えばすぐに復帰する。どうして中々倒れてくれないのだ。

 亜利奈が攻撃し、ローゼが死角を護るという状況がしばらく続いた。

 しかし敵の数が二十を越えたあたりで、

「ちょっと捌ききれない」

 と、亜利奈が弱音らしきものを吐いた。

 腕の操作に集中しているのか、腰をかがめ、床に手を置きジッとしている。

 その丸腰の姿を見て、ローゼはふと思った。


〝今ならこの女の背中をぶった斬れるかもしれないわ〟


 そうすればもう二度とこの女に祐樹への愛を取り上げられたりしない。

 安心して彼を愛することが出来る。

 目の前の敵に一撃を浴びせるように、この女の背後を貫き、ねじ伏せる。そんなビジョンが脳裏に投影され、邪まな考えに全身にぞくりと欲望が駆け巡りる。背中に一撃じゃ足らない。脊髄にも一撃を入れる。どうせその程度じゃ死なないだろう。怯んだところを暴力的な追撃で滅多打ちにしてやる。血の海の中で怯え、許しを請う亜利奈を想像すると胸がすくような錯覚を覚えた。二度と祐樹に近づかないと宣言させてから、ローゼ=ヴォーヌロマネ・グラン・クリュ・イワンの名のもとにトドメを刺してやりたい。罪状はいくらでもあるもの。これは正義の刑罰だわ。ふふっ♪


 そうよ。私がこの怪物から祐樹さんを解放してあげるのよ。


 そう考えるとなおさらほおが緩んだ。

 数日前の聖女を努めていたローゼでは考えもつかなかった発想だな。

 いくつもの惨状を越えた今の自分ならやれる。

 サディスティックな狂気にかられローゼは剣を振りかざし、寸でのところで実行に移しかけた。――が、まてまて。

 それでは次にあの騎兵隊の相手をさせられるのは自分一人となってしまうと思い直し留まる。それにただ殺すだけでは亜利奈を失った祐樹が激しく悲しむじゃないか。

 ローゼは舌打ちした。それじゃあダメだ。

 ――まずは二人の関係を何らかの方法で壊してからだわ。

 いずれにせよ、無敵に見える亜利奈も数には応じれない場合があることは覚えておく。今はその時ではないが、こうやって少しづつ弱点を見出していこう。


「ちょっとローゼ姫。

 文字通り〝手が足らない〟わ」

 そんなローゼの企てに気付いているのかいないのか、亜利奈は応援を求めた。

「私では足手まといになるだけですよ」

「そうでもない。E:IDフォンに唱えて。

 スキル〝ダンシング・チェーンソー〟」


『Emulator set up!』


 E:IDから光弾が飛び出す。

 それはローゼの身体を撫でるように駆け、最後に持っていた剣を変化させた。

 角ばった機械でできた柄。棒状の持ち手は二つあり、ローゼに向かってまっすぐ伸びている柄と、平行に置かれたグリップがある。両手でそれぞれ支えるようだ。身の丈ほどの刃には、根本から背、切っ先、そして対の根元までずらりと、さらに無数の鋭利で小さな牙のような刃が取り付けられていた。まるで大工が使うのこぎりだ。

 それにしても妙に使用感がある。液体を浴びていたのか、刃全体に飛沫の様な錆や染みが見受けられた。武器であればもう少し手入れをしても良さそうなものだが……。

 ふと気が付くとローゼはドレスの上からエプロンを着用していた。

 なめした皮でできた、黒光りするエプロンだ。


「あの……これはなんですか?」

「なにって、チェーンソーだけど」

 名称だけ教えられても。

 ローゼが困惑していると、亜利奈がこう言った。

「トビー・フーパーの『悪魔のいけにえ』は見たことある?」

 なんだその禍々しい題名は。絵画か演劇だろうか?

 ローゼが「いいえ、一度も」と答えると、亜利奈はにやりと笑い、

「今度一緒に見ましょう。ステキな作品よ」


 ブルゥゥゥゥオォォンッ!!


 突然ローゼの武器が、嘶くような音を立てた。

 そして魔術か何かの力で小さな刃が動き出し、刃の上を高速で駆け巡る。持ち主すら斬りつけかねない勢いだ。肩が外れそうな振動がグリップを伝ってローゼを襲う。

「きゃあっ!!」

 ローゼは悲鳴を上げたが、この呪いの武器を手放すことができない。

 というより、今手放せばローゼの身体はこいつにズタズタにされてしまう!

 武器の動作は非力な女では制御できず、必然的にローゼは千鳥足でそれに振り回される。まるで暴れ馬に乗ってしまったような有様だ。

 気を付けないと足を斬りかねない。

「なんですかこれはぁッ!! 止めて、止めてくださいッ!!」

 自分の武器に精一杯だが、今は戦闘中だ。

 敵はローゼめがけて襲い掛かってきた。

「嫌ぁッ! 今は来ないでッ!!」

 咄嗟にチェーンソーをそちらに向けると、相手のどてっぱらにぶち刺さり、無数の刃が容赦なくその内臓を掻き雑ぜた。グチャグチャギュルギュルと水を含んだ駆動音が鳴り、吹き上がる血飛沫と肉片がローゼのエプロンを濡らす。相手は激しく痙攣しながら、やがて上半身と下半身に切断された。

 生理的に不快な光景にはだいぶ慣れたつもりだったが、これはずば抜けている。

 しかも自分の手で! ローゼは心臓が収縮するのを感じた。

 殺人マシンに操られたローゼは、意志に反して次の獲物を求めステップを踏む。

 ローゼの悲鳴と、敵の肉が撹拌される音が何度も響いた。

「中々上手に踊れてるわよ」

 亜利奈はいつの間にやら安全な位置に移動して、機械に弄ばれながら殺人を繰り返すローゼの様をけらけら嘲笑う。ローゼは怒りに震えた。


 やっぱり刺し殺せばよかったわっ!

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