第47話ローゼ姫のターン

 俺はドゥミ嬢と一緒に街を歩く。

「もうほとんどの買い物は御済みなんですね」

「あ、うん。

 あとは魔法ケトルぐらいかな」

 そんな返事をしながら、置いてきたミストの事が気になって仕方がない。

 まいったなぁ。ちゃんと帰れたかなぁ。

 亜利奈と違ってしっかりしている子だから、よっぽど大丈夫だと思うけど。

 いや、むしろ怒って出て行かれても文句言えないしなぁ。

「あの」

 少しして、ドゥミ嬢が申し訳なさそうな顔で言った。

「私と買い物するの、退屈でしょうか……?」

「え?」

「祐樹さん、先ほどからため息ばかりです」

 そう言ってうるっと涙目で見上げてきた。

「い、いやいやいや、そんなことないよっ!!」

 俺は慌てて取り繕う。

「本当ですか?」

「うん、ホント」

「よかった」

 ドゥミ嬢はにっこり笑んで、なんと俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。

「ちょ……、何やってんのっ!?」

 さすがにミストでもここまでやらなかったぞ!

 っていうかミストにこれを見られたら本当に修羅場になる!

「マズイって、こういうのっ!」

「そんなに恥ずかしがらなくても」

「恥ずかしいっていうか……ダメでしょ、ふつーに!」

「……いけませんか?」

「いけません! 離れて!」

 そういうと、ドゥミ嬢は、


「……そうですか」


 と声のトーンを落とし、ゆっくり離れる。

 ちょっと後味悪いけど、なんにせよよかった。

 ふぅとため息をついたところで、


「ところで祐樹さん。

 私はこれでも国家権力者なのです」


 なんかヤバイ事言い出しはじめたぞ。

「えーっと。……今それ関係ある?」

「うふふ、関係はありませんよ。

 ただの話題提供です。

 例えば私がその気になれば、祐樹さんご一行を寝床から追い出し、その光る板と全財産を取り上げて牢屋にぶち込むこともできるんですよ」

 ご存知でしたか? と、ドゥミ嬢がにっこり笑う。

 そんなことされたらこっちは異世界で野垂れ死にだ。

「暴君だな。

 そういう君主はたいていロクな死に方をしないぞ」

「嫌ですねぇ。その気になればの話ですよ。

 おもしろいですよねー」

 ちっともおもしろくねぇよ。

 色恋沙汰に政治的な判断を持ち込みやがって。

 あー、そうだったよ。

 この人も変なスイッチ入る系の人だったよ。

「やだ、祐樹さんったら、お顔色が悪いですわ」

 怖い。

「大丈夫ですか? ちょっとお城の牢屋で休んで行かれますか?

 なーんちゃって。おほほほ」

 笑顔がめちゃ怖い。

「あの」

 俺は自分の右わきを示した。

「もしよろしければ、エスコートさせていただいてもよろしいですか?」

「あら、お気遣いなく」

「いえ、ぜひ」

 じっさい問題、是非も無いしな。

「そうまでおっしゃるのでしたら」

 ドゥミ嬢は腕を絡ませて、ふふっ、と微笑んだ。


「こういうの、憧れてたんですよー」


 天使のように可憐な笑顔だが、さっきの独裁者っぷりが頭を離れない。

 白昼の全裸攻撃を仕掛けてくるミストといい、強権をぶち込んでくるローゼ姫といい、もうなんというか。

「どいつもこいつもやりたい放題しやがって……」

 そう呟くと、急に腕に巻きつく手がぎゅっと力を込めた。

「そうしてでも、手に入れたいものがあるんです」

 腕に寄り添う女の子が独り言を漏らす。

 ……――反応に困るよ。




「あれ?」

 と、ちょっとして俺は気付いた。

 いつの間にか街の景色が変わり、ずいぶん殺風景な場所に来てしまった。

 往来が無くなり、しんっと静まり返っている

 商店街を抜けて、郊外に入ったらしい。

 ……こんなところにケトルのお店があるのか?

「お店本当にこっちなの?」

「えーっと」

 ドゥミ嬢はちょっと悩んで、

「……どっちでしょうね?」

「……」

 おっと。これは。

「ねえ、ドゥミ嬢。いやローゼ姫。

 案内するって言ってたけど、城下町を歩いたことは」

「……」

「……」

 目を合わせないぞこいつ。

 俺が無言で催促を促すと、彼女は苦し紛れに、

「文字は、読めます」

「あー、やっぱりかっ!!

 街の案内なんてろくすっぽできないんだろっ!!」

 よく考えたら王族が庶民にまぎれて町をウロウロしているはずは無いぞ。

 吉宗公じゃあるまいし。

 ある程度の土地勘があるミストに比べて、ローゼ姫はどこで何を買えばいいのかすら把握していない。

「しょ、しょうがないじゃないですか!

 私、お姫様なんですからっ!!

 お買いもの自分でしたことないんですからッ!!」

「うっわ! 逆ギレしやがったっ!!

 自分で案内するって言ったんでしょっ!?」

「祐樹さんがもう路地裏に迷ったりしないようにです!

 あんなとこで何をなさってたかはしりませんが!」

 うぅ、くっそ。

 やっぱり八割がた気付いてやがる……。

「と、とにかく、言い争いしても埒が明かない。

 一度どこかに落ち着こう。……えぇっと」

 ぐるりと見渡すと、小さなオープンテラスが見えた。

 ちょっとしたカフェのようだ。


「あそこで一休みして作戦を練ろう」

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