第20話「裏切れないもの」

 祐樹と亜利奈が小学生だった頃。

 よくいじめにあい泣いていた亜利奈にとって、友人と呼べるのは祐樹しかいなかった。

 祐樹はそんな彼女を案じる日々を過ごしていた。

 ……そんなある日の放課後。

 祐樹は数人のクラスメイトと親しげに歩く亜利奈を目撃した。



 珍しいな。

 ちょっと違和感を感じたが、でも。


「俺以外の友達できたのか。

 やったな、亜利奈」

 祐樹はそう呟いて、一人下校した。






 体長3メートルは越えるであろう巨大なウミウシが、塔のように縦まっすぐに伸びてぜん動する。



 俺はE:IDフォンを掴んで叫んだ!



「『アイテム』、〝騎士の剣〟!」

「いやああっ! 変態っ!!」

 ガバっと立ち上がった俺の下半身を見て、ミストは新たな悲鳴を上げた。


「……もとい〝海パン〟ッ! 

 そっちを先に装備すんぞ!!」


 剣と海パンを装備し、怪物と対峙する。

 その直後に、ウミウシが動き出した。

 頭の触手を鞭のようにしならせてミストに向かって突き出したのだ。

「こんのエロモンスターがッ!!」

 剣を振り回し、切り払う。

 目的はミストだ。

 あいつ、まさかミストの体の中に戻ろうとしてるんじゃないだろうな……?

「ミスト、二人を連れて逃げろっ!」

 混乱して立ち尽くしているミストにそう指示を飛ばした。

 彼女は何度も首を縦に振り、

「ハイボ、トワイスっ!

 逃げようっ!!」

 と、あとの二人に脱出を促す。



 ……だが。



「なんで? どうして?」

「お風呂から出たらダメなんだよ?」



 ミストが調子を崩し始めた時と同じだ。

 どういうわけか、彼女たちの中で優先順位が完全に狂っている。

 だいたいウミウシが浴槽の半分を占拠しているのにも関わらず、二人は未だそこから出てこないのだ。

 怪物と混浴状態に頓着もしていない。

「二人とも、何言っているのっ!?」

 ――おそらくあのウミウシと同じものが二人の中にも寄生していて、催眠暗示か何かをかけているのだろう。

 そうとも知らず、彼女たちの姿に浮かれていた自分をぶん殴りたい気分だよ。

 が、そんなの後だ。



「もういい、ミスト!

 お前だけで出るんだ!」

 どのみち目標はミストだ。

 正常な彼女だけでも逃がすべきだろう。

「でも、この子達が!」

「二人は俺が連れ出す! 約束する!」

 根拠のない誓いだが、長々と説得している時間なんてない。

 こうしている間にも触手が翻り、俺はバッティングの要領ではじき返し続けている始末だ。

 正直、この重い剣に徐々に腕が痺れてきた。鍛えていない俺の筋肉の限界は近い。

 加えてE:IDフォンのMPも心許ない。連戦に自然回復が追いついていないようだ。

 彼女を護りきれる自信は無かった。

 なおも躊躇するミストだったが、俺が

「早くしろっ!」

 と怒鳴ると、やっと決心をして出口に向かい始めた。

「ミストっ!」

「何してるのっ!?」

 だがそこでハイボとトワイスの様子が変わった。

 彼女たちはこれこそ非常事態とばかりに浴槽から飛び出し、脱出を図るミストに喰らいついたのだ。

「やだっ! 離してっ!」

「祐樹とっ! お風呂に入らなきゃっ!!」

「勝手に出て行くなんてダメっ!

 まだ祐樹に喜んでもらってない!!」

「二人ともおかしいよっ!!」

 ハイボとトワイスに拘束され、ミストは身動きが取れなくなってしまった。


 触手がミストを捕えようと翻る。

 これ以上は剣では対処できない!


「『スキル』!

 〝ストライク・バブル〟!!」

 俺はシャボン玉のバリアを最大限に張って、三人ごと包み込んだ。


『WARNING!!』


 ビィィ、とけたたましい警告音が鳴り響いた。


『マナの残量が急激に低下しています。システムの存続に影響が出る恐れがあります』


 MPの使い過ぎだとスマホが文句を垂れる。バリアの範囲が広すぎなんだろう。

 だが相手の攻撃は止まらない。



 俺は窮地に立たされた。



「……祐樹、二人がおかしいよ」

 背中でミストの悲痛な声が聞こえる。

「私の話を聞いてくれないよ……っ」

 彼女にとって一番ショックなのは怪物より親友達の奇行なのだろう。

 ついに彼女は嗚咽を漏らして泣き出してしまった。


「祐樹、ミストは捕まえたよ♪」

「私達三人は祐樹のモノだからね!」

 二人の媚びる声が、今はどこか虚ろで不気味なものに感じてしまう。



 どうしてもっと早く、この異常に気付かなかったんだ!


 スマホの警告音と、ミストの泣く声が俺をそう責めたてていた。




 あの時と同じだ。



 ガキの頃、亜利奈へのいじめがエスカレートして、あいつは死にかけた事がある。

 あの時も気付くことは出来たはずだ。


 それなのに俺はいつも、手遅れになってから後悔ばっかりしてっ!



『マナの残量が20%を切りました』

 E:IDフォンのMPが切れる……。

 もうダメなのか……っ!

「祐樹……」

 悲観的になっていると、ミストが俺にこう言った。

「逃げていいよ」

「……!」

 振り返ると、ミストは薄ら笑った。

「あいつの狙いは私なんだよね。

 一生懸命守ってくれて嬉しいよ。

 だがら、もう逃げて。祐樹が逃げたら、この子達も付いていくと思う」

 彼女なりに考えた最善策なのだろう。



 ――冗談じゃない!



「俺がさっき言った事、覚えてるか?」

「え? ……ごめん、何の話?」

「そっか。じゃあもう一回言う」






「裏切れない奴がいるんだ」





 逃げる事はあり得ない。

 逃げた先で待っているあいつに、俺はどんな顔をして会えばいい?

 俺は剣を構えなおした。


 もうダメだ?

 違う。諦めるな、俺。

 考えろ、策はある……必ず。


 早くしないとバブルが持たない。

 こいつを使ってなんとか……、




 ――……。



 バブル……?


 仮にこのバブルが魔法要素で出来ていたとして、バブルはバブルなんだよな?




 じゃあ……もしかして。




 俺のひらめきに自信はあったが、でも実行するにはちょっとのリスクを伴う。


「ゴメン。女の子にこんな事頼むのは最低だと思う。

 だけど、お願い」

 俺はミストに言った。

「一瞬だけ、囮にしていい?」

 ミストは涙を拭いてニッと笑い、

「必ず助けてよ?」

 と快諾した。


「〝爆ぜろ〟!」

 俺は剣を持ち、バリアを解き放った!

 触手の一撃。

 剣で振り払う。

 触手の追撃。

 これを、


 ――ミスト、ごめんっ!


 見逃して俺は駆ける!


 チャンスは一度、触手がミストに届く前に奴に到達してやる!



「うおおおおおおおおおおっ!!」



 がむしゃらに突撃し、敵のどてっぱらに刃を突き刺す。

「ギイイイイイイッ!!」

 間に合った!

 ウミウシは絶叫して仰け反る。

「喰らえ、最後のバブルッ!!」

 その腹の中に大量のバブルをねじ込む。

 敵は苦しそうにもがき、そして、全身から大量の汗を拭き出し始めた。


 成功だ。


 結果を待つため剣を引き抜き、俺は距離を取った。

「……どうなったの?」

 安全と見たのか、ミストがやってくる。

「バブルの界面活性剤で体内の浸透圧を変えたんだ。

 最低でも元のサイズに戻るはずだ」

「しんとう……あつ?」

 ミストたちは化学の授業は受けていないのだから、わかんないのは当然か。

「あー、えーっと。

 花壇のナメクジ駆除に塩を使った事ってない? あれと同じかな」

 簡単に説明しながら、俺はE:IDフォンから二リットル容量の水筒を取り出した。


 中身を廃棄して、手のひらサイズまで縮小し痙攣しているウミウシ野郎を代わりに入れる。

「や、やっつけないの?」

「ああ。今はな」

 こんなのがハイボとトワイスの身体に巣くっているのかと思うとゾッとする。

 だが、だからこその生け捕りだ。

 こいつを調べて、二人の身体から追い出す方法を見つけないと……。



 だけど、その前に。





「ミスト……それから、二人ともっ!」

「?」

「ホントにマジで……っ!!

 ごめんなさいっ!!」


 俺は浴室の床に頭を擦りつける勢いで土下座をした。


「な、なによいきなり。

 それにそのポーズ、なに!?」



 ああ、そうか!

 土下座が伝わらないんだここっ!

 ええいままよ構うものか!



「女の子の裸見たり、様子がおかしい事に気付けなかったり、怖い思いさせたり泣かせたりっ!

 ホントにゴメンっ!!」


「ねえ、祐樹はなにしてるの?」

 ハイボの不思議そうな声が聞こえる。

「祐樹はね、謝ってるの」

 正気を取り戻しているミストが答えた。

「謝る?」

「祐樹、何か悪いことしたの?」

「……してないよ。

 祐樹はなにも悪くない」

 俺に近づく足音。

 たぶんミストだ。


「その変なポーズ、やめよ?

 頭上げてよ」

 顔を上げると、麻布で身体を包んだミストが腰を低くして苦笑いをみせてくれた。

「マジメ過ぎ。

 そんなに私の裸、残念だった?」

「い、いやあ、それはとても享楽の一言に尽きる素敵なお姿でしたが……」

「本音が出たなこのスケベ男」

「むぐっ!

 誘導尋問じゃねぇか卑怯だぞ!」

「だって本当でしょ。

 見るし見せるし、この変態。

 言っとくけどお父さん以外で見ちゃったの初めてだからね!」

 罪状が増えました……。

「でも、必死に護ってくれた。

 それにこの子達を助けるのには祐樹の力が必要だもん。

 だからそう言うの言いっこなし。

 ね?」

 そうだな……。

 今は伏せてる場合じゃない。

 二人とそれからドゥミ嬢を助けないと。


 俺は立ち上がり、

「ありがとう」

 と言った。

 ミストは微笑んで頷き、そして、









「まあ。

 男女的な責任はとってもらうけど」







 さらっと死刑宣告をしてついたての向こうに行ってしまった。

「祐樹、どうしたの?」

「お顔が真っ青だよ?」

 うはは。

 新婚旅行はどこに行こう……。

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