第7話イスキー家のやり方
姫に強引に同行を迫られてから、かれこれ数時間ぐらい経っただろうか。
馬車は暗い森の中をパッカパッカと前進していた。
「もうすぐ到着します」
ローゼ姫はヘアースタイルを確認しながら、真剣な面持ちで言った。
予告通り、数分もしないうちに馬車が停まる。
「祐樹さん、亜利奈さん……、よろしくお願いいたしますね」
俺達は頷いた。
「ようこそおいで下さいました!」
屋敷の人間が歓迎を交えて馬車の扉を開ける。
まずは護衛の騎士、そして姫。その後ろに俺達がくっついて馬車を降りた。
見上げたイスキー邸は、巨大で暗く陰湿な館だった。
周囲が背の高い木々に囲まれているため、晴天にも関わらず陽の光がほとんど差し込まない。
屋敷自体が大きな影を纏っているようだ。
ガァ、ガァとカラスが鳴き、ミステリアスな印象をより強く演出していた。
「ま、まるでお化け屋敷だね……」
亜利奈が俺の後ろで身震いしながら言った。
まったく同意見だ。
窓辺に立ってこちらを見ている人影が、〝見ちゃいけない何か〟じゃない事を祈る。
†
(数時間前)
俺達はイスキー侯爵の元へ向かう目的と作戦を聞いていた。
「謀反人の疑い?」
俺が復唱すると、騎士達は大きく頷いた。
「知っての通り、我が国とシドールとは緊迫状態が長く続いている」
「シドールの領土にほど近いイスキー侯爵は、その間者を手引きをしているとの情報があってな」
いやこまったね。
この世界の情勢を述べられても、こっちはちんぷんかんぷんだ。
「要するに、私の国はお隣の国と仲が悪いんです。で、イスキー侯爵は相手国のスパイと通じているんじゃないかって、私たちは疑っているんですよ」
ローゼ姫がかなりかみ砕いて説明してくれた。
「ふーん……。
それで、お姫様が視察に行くんだ」
「それができないから変装してるんですよ。
私が行くって決まってたら誰だって証拠を隠してしまいますよ」
「そりゃそうだ。
他の人に頼めばいいんじゃないの?」
「至極当然だよ、まったく」
騎士がはぁっとため息をついた。
「なぜローゼ姫が直々に、しかも身分を忍んで視察官の真似事などせねばならんのだ」
「相手がイスキー侯爵でなければこんなことには……。
御労しい限りです」
なにやら込み入った事情があるみたいで、話が全く見えません。
すると姫からけっこう衝撃の発言が飛び出した。
「イスキー侯爵の御子息、グレン氏は私のフィアンセなんです。
グレン氏とは清い交際をさせていただいております」
そしてケロッとした顔でこう付け加える。
「わりと政略的な意味合いで」
うわー。
相当嫌いなんだな、そいつのこと。
「ローゼ様、ちょっとトーンダウンを……」
「態度に出ますよ、そういうの」
「あらあら、私はローゼではありませんわ。
よく似た親族のドゥミ=シャンパーニュ・ブラン・ド・ブラン・メリーですよ。
グレン氏とは一切関係がありませんし」
なるほど、そういう設定なのね。
「まあ私怨は置いといて、そのフィアンセの実家をなんでローゼ姫だかドゥミ嬢だかが調査しなくちゃなんないわけ?」
「この国で一番グレン氏を嫌ってる人は誰だと思いますか?」
ローゼ姫改めドゥミ嬢が澄ました顔でそう言う。
もうだいたい答えがわかってきました。
「そうです私です。
その私が謀反の証拠を見つけられないなら、これはもう潔白と言わざる得ない、と。
大雑把ですがそういう理屈です」
めっちゃ私怨がらみやん。
結構怖いなこのお姫様。
「ローゼ様はこう申しておられるがな。
恐れ多いが……お父上の国王陛下より強く用命賜っておられる。
半ば無理強いに近い」
「視察官をイスキー侯爵の元へ派遣すれば、陛下は国境周辺の貴族勢から信用を失う。
何せ姫殿下の婚約者様だ――それが金銭で買い上げたも同然の立場でもな」
「自分の身内を信じていないとなれば求心力を失くすのも当然。
とはいえ、隣国との戦争がいつ始まるかわからない昨今、怪しい噂は早く確認しておきたい。そういった事情があるのだ」
感情論中心に話す姫の説明を、騎士達が内情を交えて補足してくれた。
「うーん、難しい事はわかんないけど、何となくわかった。
とにかく、そのイスキー侯爵が裏切り者じゃないか、証拠を探せばいいんだな」
俺がそう締めくくると、ローゼ姫はゆっくり頷いて肯定した。
「具体的にはどうすればいいの?」
「付き人には付き人の、メイドにはメイドの立場であの家の者たちに接触して欲しいのです。……どんな細かい事でも構いません、噂や目撃情報を集めてください。
奉公人であれば、侯爵一家よりずっと口が軽いはずです」
なるほどね。
要するに使用人たちと仲良くなって情報を集めればいいんだ。
「先ほど申し上げましたように、私の名前はドゥミ。
イワン王家の親戚メリー大公の三女で、社交界にデビューするための各貴族へ挨拶回りの旅をしている。
そういう事でお願いします」
「まあ難しい事は〝下っ端にはわからない〟で通しておけ」
「妙な事を喋って、ボロを出すなよ?」
騎士達に念押しされ、俺は臆しながらも頷いた。
「あ、あのぉ……」
と、ここまで黙って話を聞いていた勇者様が、突然おっかなびっくり挙手をして、
「わわ、私、め、メイドさんのフリなんて、でで、出来ませんっ!」
などと言い出し始めた。
「ドゥミ嬢が道中で田舎娘を召し抱えたということにすればいい。それなら不躾な素人でも違和感はあるまい」
「旅の途中で奉公人を雇うのはよくある話だしな。まあ、新人メイドとしてせいぜい鍛えてもらえ」
あーあ、泣きそうだよ。
見てるこっちが心配になるわ。
※
「ようこそドゥミ様!
長旅お疲れ様でした」
扉を開けた執事らしき男が、手もみしながらドゥミ嬢に挨拶している。
頭頂部の剥げた細い男で、長い鼻が特徴的だった。
「お初にお目にかかります。
わたくしイスキー家に仕えさせえ頂いております、トリスと申します。
御滞在の間は、何なりとお申し付けくださいませ」
「よろしくねトリス」
と、ドゥミ嬢はトリスに返事をする。
「さあ、ユウキ、アリナ。
荷物を運んで頂戴」
一口に〝お嬢様〟と言ってもいろんなキャラ付けがあると思うが、ドゥミ嬢はわりと高飛車な人物らしかった。
きっと末っ子だから甘やかされて育った設定なんだろう。
「いやあ、しかし、ローゼ姫とよく似ておられると話には聞いておりましたが、まあ、なんと、いやはや想像していた以上に――、」
「私の方が可愛い……でしょ?」
「は?」
たぶん、「ホント似てるわー」とか言おうとしたのだろう。
そこに被せてドゥミ嬢が、
「だから。
ローゼ姫より私の方が可愛いでしょ?」
なんていうもんだから執事さん固まっちゃったよ。
お姫様とよく似て麗しい、ってだけでかなりの賛辞だろうに、そればかりか自分の方が可愛いだなんてどんだけ神経図太いお嬢様なんだオメーは。
――って、多分思ってる。
「どうしたの?」
「い、いえ――はっはっは。
ええ、まったく、花束の如く麗しいと呼ばれるローゼ姫に、さらに一輪の花を加えたような美しいお嬢様です。
不肖、このトリスは一瞬目を奪われてしまいました」
おー、さすがバトラー。上手に躱したぞ。
「だったら、いちいちあの子と比べないで頂戴。……ホント、腹立たしいわ」
ドゥミ嬢は気に障った様子で先に進む。
付いていく俺達の背中で、トリスの「し、失礼しましたァ!」という謝罪が轟いた。
「なに、ドゥミお嬢様ってローゼ姫の事嫌いなの?」
荷物を運びながらこっそりドゥミ嬢に尋ねると、
「ローゼとは真逆の立場ということをアピールしておきたいのです。
それに、旅先で何度も私と比べられたら腹も立つでしょう」
はー。
いろいろ考えてるんだなぁ。
「でもさっきのはちょっと………」
「多分、国中でアレを言えるのローゼ姫本人ぐらいですよ」
騎士達も内緒話に加わって、やりすぎと注意してきた。
するとドゥミ嬢は少し頬を膨張させ、
「こういうのは味方にわざとらしく映るくらいが丁度いいんですっ!」
などと言って拗ねてしまった。
「で、でも、最初にあれだけ言っておけば、ローゼ姫とドゥミ嬢の比較をタブー視させる効果が期待できますし、正体の詮索に布石を打っておいたようなものですよね。
上手い一手だと思います」
いきなり亜利奈がそんな事いうからすげぇびっくりしたよ。
「……お前ってさあ、たまに賢いこと言うよな。どんな思考回路してんの?」
「え、そそ、そうかな?
ごご、ごめんね、亜利奈、馬鹿なのに頭のいい事言っちゃったかな?」
あー、よかった。正常だ。
この意味不明の発言が逆に安心できる。
トリスが冷や汗をかきながら追いついてきたため、内緒話はここで終了。
執事の案内の元、屋敷広い庭をつき進むと、ようやく正面玄関に到着した。
屋敷前の階段には十数名のメイドさんが右翼左翼に展開して盛大に出迎える。
扉の前に居る男女の御三方がきっとイスキー侯爵一家だろう。
「「「「イスキー邸へようこそ、
ドゥミお嬢様っ!!」」」」
手頃な距離でメイドさんたちが合唱する。
応えるようにしてドゥミ嬢がスカートの裾と裾をちょんっと持ち上げて、社交ダンスにでも誘うかのような優雅な仕草で頭を下げ、
「メリー家三女、ドゥミ=シャンパーニュ・ブラン・ド・ブラン・メリーです。
本日より三日間、お世話になります」
と挨拶をした。
「いやあ、長い旅路、ご苦労でした」
そうにこやかに声をかけて、中央の男が降りてくる。
勲章を着けた軍服に身を包み、四角張った顔と、蓄えた髭。
歳は40ぐらいだろうか。
笑顔なのに、どこか威圧感を纏っていた。
「お初にお目にかかります。
私がモルト=マッカ・ラン・イスキー。
国王陛下より〝侯爵〟の爵位を賜っております。
お父上様にはかねてより大変お世話になっておりますよ」
モルト氏が手を差し伸べ、ドゥミ嬢と握手を交わす。
そしてあとの二人も降りてくる。
「紹介させていただきます。
私の妻、ウェルシュです」
ウェルシュ夫人が会釈をして挨拶する。
肩の出てる艶やかなドレスに、大きなイヤリング。
口紅と白粉で隠しているが、けっこういい歳のおばさんだ。
……なんつうか、グリム童話に出てくる〝意地悪な継母〟がしっくりくる、感じの悪い奥さんだ。
「息子のグレンはご存知ですかな?」
お姫様のフィアンセだ、貴族なら知らない人間は居ないだろう。
そんなニュアンスの紹介だ。
「ええ。お噂はかねてより」
「運の良い事に、姫殿下との婚礼が決まっていましてね」
ピクッ……とドゥミ嬢の眉が反応する。
気持ちは分るけど、ぼろを出さないでくれよ……。
「どうも、グレン=イーリッシュ・イスキーだ」
父親譲りの体格と、整えられた金髪。
勲章の少ない、真新しい軍服を着ている。
「いやあ、こんな美しい女性と出会えるなんて。
よろしくお願いするよ」
言葉のイントネーションは自信に溢れてて、今にも〝僕ハンサムでーす!〟と声を大にして自己紹介してきそうだ。
この天然嫌味がフィアンセとか、姫の悪態も頷ける。
「精一杯おもてなしさせていただくので、旅の疲れを癒してください」
最後にモルト氏がそう締めくくり、お互いの紹介を終えた。
さあ、お屋敷にお邪魔しましょう。
そういう空気になったところで、不意にモルト氏が片手を上げる。
すると執事は頷いて、騎士達に立ちはだかった。
「それでは護衛騎士の皆様、大変ご苦労様でした。大切なお嬢様は我がイスキー家が責任をもってお預かりさせていただきます」
「な……」「何だと!?」
騎士達が動揺する。
「我々を門前払いなさるおつもりかっ!?」
「まさかそんな、いやはや人聞きの悪い。
我が主イスキー家は軍人一族。
護衛の方々のお手間を取らせるまでもないと申し上げたまでで……」
「イスキー侯爵の御功名は我ら端くれの騎士にも轟くところ。
そのお力に一片の疑いも持ってはいない」
「だがしかしこれは話が別!
我らは大公よりお嬢様に万事差し障り無きようにと申し付かっている。
おめおめ帰るわけにはいかない!」
「はっはっは。
このイスキー邸において〝差し障り〟とは一体どのような事態でございましょう?」
「ぬぅ。
し、しかし……っ! それでは大公に合わせる顔が……」
口論の末、トリスはトドメとばかりにこう言った。
「よもやローゼ姫との血縁を結ぶ我がイスキー家を、お疑いではございませんな?」
うっわ……っ!
こいつその名前出しやがったっ!
モルトもグレンも知らん顔で言わせっぱなしにしている。執事が口にするということは主人がそう言ってるって事だ。
この世界に疎い俺でも、それぐらいの事は判る。
「き……さまァッ!」
本当の主君の名前を出されて、騎士の顔が真っ赤に染まる。
人間、激高すると本当に血管が浮き出るのか。二人の全身はわなわなと震え、剣に手を掛けるその寸前、
「二人とも。口を慎みなさい」
ドゥミ嬢が割って入った。
「イスキー侯爵の御前よ。
出過ぎた真似は止しなさい」
「しかし……しかしお嬢様っ!」
「下がりなさいと言っているの。
社交界に出る前に恥をかかせるつもり?」
「…………~~~~っ」
騎士達は歯を食いしばり、ぐぅっと声を上げると、一息深呼吸をした。
トリスに向かって深々と頭を下げる。
「大変無礼を申し上げました」
「深く謝罪致します」
二人ともわかっているのだ。
一番怒っていいのは、いや怒るべきなのはローゼ姫だってことを。
それでも目的のために彼女は堪えた。
騎士達がそれを潰すわけにはいかない。
「……ユウキ、アリナ。少し引継ぎを頼む」
「後でいいから来てくれ」
俺は頷いた。
「それではお嬢様をお頼み申し上げます」
「我々はこれで失礼させていただきます」
抑えに抑えた声で、二人はまるで機械のように挨拶をすると馬車へと向かう。
「いやはや、血気盛んな方々で、実に頼もしい限りですなぁ」
その後ろ姿に向かって、トリスの嫌味が飛んだ。
「……さてさて。
そちらの女性はメイドですかな?」
残った俺達に向き直って、トリスが言う。
「は、はいっ!」
びくりっと亜利奈がすくみ上る。
「ええそうよ。道中で気に入って雇ったの」
ドゥミ嬢は手筈通りの設定で亜利奈を紹介した。
「可愛いでしょ?」
「ははぁ、しかし仕事についてはまったく不勉強のようですが」
「そうなの。だから、ここで鍛えてあげて」
「なるほど。お任せください。
……ん、とすれば、そちらの男性は?
見たところ騎士見習い、というわけでもなさそうですが?」
「これは付き人」
ドゥミ嬢がそう言うと、周囲にどよめきが走った。
「私個人の〝世話〟をさせるから気にしなくていいわ」
周りの反応などどこ吹く風で、ドゥミ嬢はそう伝えた。
「は、つ、付き人でございますか?
いやはや、令嬢に男の付き人とは……」
「あら、変かしら?
ダメなんて聞いたことはないけど」
「ま、まあ、確かに」
冷や汗をかくトリスに、ドゥミ嬢が意味深な笑みを浮かべた。
「こっちも道中で拾ったの。
可愛いでしょ?」
どうやら俺は本当に
「あっはっはっは!」
するとモルト氏は胸を震わせて高らかに笑った。
「これはなんとも破天荒なお嬢様だ。
大変気に入りましたぞ」
そしてパンパンと手拍子をして、
「これ何をしている!
ドゥミ嬢をおもてなしせんか!」
その声にはたと召使い達が動き始める。
「……もっともお前たちでは役者不足かもしれんがな。
なんといっても相手が悪い!
はっはっはっはっはっ!」
モルトは大変お気に召したようで、大笑いしながらドゥミ嬢を屋敷に連れて行く。
みんな中に入っていき、俺と亜利奈、そしてトリスだけが屋敷の前に残った。
騎士達を見送りにいかないとな、そう思ったところでトリスが、
「……お前は、その、なんだ。
恐れ多くも大公の娘ドゥミ嬢の……」
――なにが言いたいんだよこいつ。
いや何となくは分かるけどさ。
とりま、ドゥミ嬢の演技に調子を合わせておこう。
「ドゥミ嬢ってさ。
胸の下にホクロあるんだぜ」
「が――ッ!」
ショックでガッとか声にしてらぁ。
ざまぁみろ。
「おのれおのれイスキーめ……っ!」
「姫の名を、ああも軽々しく唱えよって!」
馬車に戻ると、騎士達は怒りを露わにして剣を取り、空を斬って大暴れしていた。
「どうみても常習だ。
あいつら他でもやってるぞ!」
「くそっ! 未婚の姫君にあのような屈辱を味あわせる事になるとは!」
「足らんッ!
口惜しいの言葉では足らんわッ!!」
「……お、怒ってるね、騎士さんたち……」
亜利奈が俺の後ろで怯えている。
「そりゃあ怒るさ」
「……っ!
お、おお、お前たちか……」
少しして騎士達がこちらの存在に気付く。
「すまんな。
恥ずかしい所を見られてしまったな」
「感情一つ制御できんとは。
我らは鍛錬が足らんな……」
「いや……、怒って当然だと思うよ」
俺がそう声をかけると、騎士達は首を左右に振った。
「しかし、ローゼ姫は耐え忍ばれた」
「我らと比べなんと立派な事か」
確かに、凄く堪えたと思う。
大嫌いな婚約者に名前をいいように使われてるなんて耐えられないもんな。
あそこで正体明かして暴れる事もできただろうに。
「でも、姫は二人が怒ってくれたから、踏みとどまれたんだと思うよ」
俺はそう言った。
自分以外の誰かが憤ってくれたからこそ、冷静になれる。そんなこともあると思う。
「だから、多分。
二人が怒ったのは無駄じゃないよ」
「……」「……」
二人は物憂げな顔で考え込んでいた。
「そう言ってもらえると、気が休まる」
騎士は自分の剣を鞘ごと抜くと、俺に突き出した。
「使ってくれ。
荷物にでも忍ばせておくといい」
「見つかっても我らが押し付けたと言い逃れすればよい」
ま、俺にはE:IDフォンがあるからその心配は要らないんだけど。
ありがたく剣を頂いた。
「――気をつけろ。イスキー邸では地下で魔物を飼っているという噂がある」
騎士が警告してきた。
「ま、魔物を飼ってる?」
「いや、これは本当に噂に過ぎんが……。
しかしさっきの態度、やはり腹に一物抱えてるとみて相違ないだろう」
「我らを追い払って何を狙っているか、考えるだけで恐ろしい。
姫殿下の御身が心配だ」
「うん。ローゼ姫は俺達で守るよ」
騎士達が手を差し伸べてきた。
握手だ。
「姫が得体のしれぬお前達を引き留めたのは、王家の血筋の成せる裁量だったのかもしれんな。何よりも、連れ立ったのがお前達で良かった」
「我らは姫を御守りすることができない。
こんなことをいう事になるとは夢にも思わなかったが……」
「「――あとを頼む」」
俺はゆっくり頷いた。
「……ユウ君も、怒ってる?」
過ぎていく馬車の背中を見ながら、亜利奈が問いかけてきた。
「…………」
わからない。
俺達は姫とはついさっき会ったばかりだし、彼女の事を深くは知らない。
でも、なんだろう。
この短時間で俺は多分、ローゼっていう人に親しみを感じていた。
騎士達だって姫が大好きなんだろう。
主君としてだけではなく、彼女個人のキャラクターが。
だからこんなにも怒る。
〝お姫様〟っていう看板として利用されている事に、怒っている。
あいつらはローゼ姫の人格を無視した。
俺とそんなに歳が違わないのに、役目に向かって真っすぐな姿も。
時々姫っていう役目を忘れて女の子らしさを垣間見せる姿も。
きっと俺がまだ出会ってない彼女の姿も。
全部全部無視して〝婚約者〟を名乗って好き勝手してやがる。
ああ、だからこんなにも胸糞悪いのか。
「……――俺も、怒ってるよ」
すると亜利奈はこう言った。
「そっか。じゃあ、亜利奈も怒ってるよ」
「あいつらの悪事を暴いて、婚約解消させてやろうぜ」
「うんっ! 頑張ろうねっ!」
†
国を継ぐローゼ姫でも、国の転覆を狙ってその座に着こうと虎視眈々としているイスキー家でもどちらでも構わなかった。
ユウ君にとって有意義になる方を残し、片側は潰す。
そんな腹積もりだった。
――が、奴らは決定的なミスを犯した。
愚かなことにイスキー家のやり方は彼を怒らせた。
クズどもの癖に崇高な彼の気分を害したのだ。
亜利奈は陰鬱な屋敷を見上げ、ニヤリと微笑んだ。
なるほど、これで潰される側が決まったわけだ。
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