イスキー邸事件

第6話ローゼ姫の依頼

 馬車に乗り込んでから、亜利奈はふっとほくそ笑んだ。



 ふふっ、うまくいった。

 ユウ君の望み通り、馬車に乗せてあげることが出来たわ。

 投げ捨てた死体がこんなところで役に立つなんて意外だったな。

 ネクロマンシーの魔法なんて初めて使ったけど、あいつら、まあまあ上出来の〝演技〟だったじゃない。カスからクズに二階級特進ってとこかしら。

 ……どう違うかは私にもわかんないけど。



 そして亜利奈は目の前に座る、着飾った令嬢を観る。



 それにしても。

 こいつ、なんで変装なんてしてるのかしら……?



 亜利奈は思考を巡らせる。

 この状況、どうすれば愛しい人の益になるのか。

 ただそれだけを考えて彼女の世界は回り続ける。





    †






 俺と亜利奈、お姫様と騎士二人。

 五人と御者を載せて、ガタゴトと馬車は進行する。



「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」

〝お姫様〟が微笑んだ。

 だから俺と亜利奈は諸手を挙げて頷いた。

 別にお姫様の笑顔に後光が差してたとかそういうわけじゃない。

 護衛の騎士たちが怖い顔で剣先を突き付けてるからだ。

 俺達は今、バンジャイで無抵抗の意思表示を強要されている状態なのだ。

「何者だ貴様ら!」

「動くなよ。怪しい動きを見せたら叩き斬ってやる!」

 脂乗りすぎだろお前ら。

 ゾンビ相手にはビビってたくせに。

「……ユ、ユウ君」

 亜利奈が泣きそうな顔でこちらを向く。

「あ、あ、亜利奈、そろそろ限界です」

「落ち着け。

 大丈夫だ、命までとられたりはしない」

「二人ともぶっ飛ばしていいですか?」

「ダメだ。落ち着けマジで。お願いだから」

 小心者だけに逆にやりかねないから困る。



「剣を収めなさい」

 少しして、お姫様が騎士を咎めた。

「恩人に対して失礼です」

「そういうわけには参りません」

「我々にはお嬢様を御守りする役目があります」

 騎士達が反論する。

「わかりました。

 では〝お二人〟には馬車を降りていただきます」

 この場合の〝お二人〟は俺たちの事を示しているわけじゃない。

 この場の人間なら空気でわかる。

 主に『従えないなら降りろ』とまで言われたら敵わない。

「妙な真似するなよ」

 などと脅しを加え、二人は不承不承、剣を仕舞った。


 ふぅ。

 俺と亜利奈は一息つく。


「護衛の者が無礼を致しました。

 申し訳ありません」

 お姫様が深々と頭を下げた。

「私の身を案じ気が立っているのです。

 お許しください」

「いや、ま。俺らが不審者なのは本当だし」

 なんせ異世界人だしな。

「ええっと。

 ここは自己紹介とかしたほうがいいのかな?」

 俺がそう言うと、お姫様はまた簡単に謝罪して、

理由わけあって名を名乗ることは出来ません。お許しください」

 身分は明かせませんってことかな。

 まあ構わない。

「俺は祐樹。で、こいつは亜利奈」

 亜利奈はぺこりと頭を下げると、

「お嬢様、えぇっと……、

 ちょ、ちょっといいですか?」

 などとおっかなびっくり言い始めた。

「はい、なんでしょうか?」

「さ、さっきからお嬢様の髪に何かついてて、き、気になっちゃって……。

 取ってもいいですか?」

 ……? 髪にゴミなんかついてないぞ。




 亜利奈は承諾を得ると、何を思ったのか人差し指をお嬢様に突き付け、

「えいっ!」

 するとどうだろう。

 ブロンドだったお嬢様の髪はみるみると桃色へと変わっていたのだ。

 そしてストレートだった髪質がふわっとボリュームを持ったものに変化する。

「き、貴様ァッ!!」「なんてことを!」

 それを見た騎士が憤って短剣を抜いた。

「きゃああっ!」

 と悲鳴を上げて亜利奈は俺の後ろに引っ込んだ。



 ……どうやらまたやらかしてくれたらしい。



「お止めなさいと言っているでしょう!」

 お嬢様が厳しい声で騎士を制止してくれたため、流血沙汰は避けられた。

「亜利奈さん……でしたでしょうか?」

「は、はいっ!」

「お若いのに、魔法を使われるのですね。

 一体どのようにしてこの魔法を解いたのですか?」

「ど……どのようにしてって……。

 変なモノがついてたんで、取り外しただけです」

 お嬢様と騎士たちが顔を見合わせて困惑している。

 俺も亜利奈が何言っているのかわからないが、どうやらこちらの世界の常識でもズレた発言のようだ。

「こいつ、やっぱり変な事言ってます?」

「あ、いいえ、変だなんてそんな……ただ」

 お嬢様は自分の髪を撫でながら、

「この髪は我が国最高位の魔法使いの手で変色させていたもの。

 これを解くことはそこらの魔法使いには叶わないのです。

 それが……私とそう歳の変わらない方に解かれるなんて」

「え。こいつそんなに凄いの?」

「魔法の習得には導師の元、どんな天才でも二十年の歳月を必要とするのだぞ」

「一体お前はどこで魔法を修業してきたのだ」

 騎士たちが矢継ぎ早に亜利奈の異常性を捕捉をしてくれる。

 ファンタジー世界だもんでてっきり魔法が横行しているのかと思っていたが……。



 当の亜利奈はオロオロとするばかりで、泣きそうな顔で俺の服の裾を掴んでいる。



「そもそも貴様たちはこのお方を前にして、なんとも思わんのか」

 ……そう言われましても。

 この世界の有名人なのだろうか?

 俺達の反応の悪さに、騎士は「はぁーっ」とため息をつく。

「ローゼ様。

 この者たちは無礼以前に普通ではありません」

「そのようですね」

 ローゼ様は口元に手をあて、お上品に笑いを堪えていた。

「あなた方に隠しても無意味なようです。

 わたくしはローゼ=ヴォーヌロマネ・グラン・クリュ・イワン。

 及ばずながら、この国の第一王位継承者として修業をしている身です」

「だいいち……」

「……おうい、けいしょう?」

 またしても反応の悪い俺達に、ローゼ様はちょっと困った顔をしてから、



「あのですね。

 平たく言うと、お・ひ・め・さ・ま……ですよ」



 と、小声で教えてくれた。

「え、マジで! うわ、お姫様って初めて見た!」

「大当たりだったね!」

「お前たちローゼ様の御前で……、はあ」

「……あー。もう」

 はしゃぐ俺達を怒鳴りつけようとした騎士達だったが、仕舞いには

「もう勝手にしろよ」

 と拗ねた調子でそっぽを向いてしまった。

 疲れてきたらしい。

「ぷっ……あっはっはっは!」

 それを見たローゼ姫はもう堪えられないと、笑い出してしまった。

「ああ、可笑しい、こんなの初めて!

 私、自分で自分を〝お姫様〟だって……っ!」

「ローゼ様……」

 騎士たちが呆れた目を向けお姫様に言う。

「どうするんですか、お忍びの御用事なのに」

「得体のしれない者を乗せるわ変装を解かれてしまうわで」

「そ……そうですね。困りましたね。

 笑ってる場合ではありませんね」

 ローゼ姫はコホン、と咳払いを一つして笑い声を喉の奥に引っ込める。

 やっぱり立場的な何かはあるようだ。

 お姫様も大変だな。






「おい亜利奈、ローゼ姫の髪、金髪に戻せるか?」

 と、俺が亜利奈に聞くと、

「う、うーん。やったことないから。

 わかんない、かな。

 できるような気もするし。

 で、できないかもしれないし」

「どっちなんだよ」

「ごごご、ごめんなさいっ!

 亜利奈、馬鹿だからよくわかんないんです。

 た、たぶんやれなくはないんだけど。

 でもほら、亜利奈は馬鹿だから……」

 歯切れ悪いやっちゃなぁ。

「モノは試しです。

 一度、魔法を掛けては頂けないでしょうか?」

 ローゼ姫がそう進言すると、また護衛の騎士達があれこれ言い始めた。

「なりません、姫様!」

「どうなるかわからぬような魔法を受けるなど!」

「どのみち、この格好のままではイスキー侯爵の館へはいけません。

 やってみる価値はあります」

 これから向かう先へ行くには、どうしても変装が必要なようだ。

 ローゼ姫は騎士達を押し込め、亜利奈に魔法を依頼する。





「もともとお前が迂闊に魔法を解いたのが原因なんだからな。

 失敗するなよ」

「ぷ、プレッシャーかけないでぇ……っ!

 せーの、――えいっ!」


 バチッ!


 亜利奈が人差し指を向けると、その先っちょから紫電が走り、お姫様の額を貫く。

「あぅっ!」

 と姫が悲鳴を上げたため、騎士達が動揺した。

「だ、大丈夫です……。

 ちょっとびっくりしただけで……。

 ――あ」

「ん?」

 なんか、姫様と目が合った。

「な、なにか?」

「あ……いえ」

 ローゼ姫はしばらくじっと俺の顔を見てから、

「あの……お名前は祐樹さん――でしたでしょうか?」

「え。そ、そうだけど」

「素敵なお名前ですね」

 と微笑んだ。

 やばい。とんでもなく可愛い。

 いやいやいや、じゃなくてなんだコレ。

 急にそんな表情をされると困るって。

「そ、そんなことより髪の毛っ!

 おい亜利奈! 変わってないぞ!」

 俺は動揺を隠すために亜利奈を怒鳴った。

「ご、ごごご、ごめんなさいいいっ!

 こ、こっちじゃなかったかな……。

 も、もう一回……えいっ!」

 亜利奈のリトライ。

 ぼんっとローゼ姫の頭から水蒸気みたいな煙が一瞬だけ立ち昇り、髪が最初に出会った時のように金髪ストレートヘアに変化する。




 成功だ。




「ふぅー」

「よかった……」

 騎士達が安堵のため息をつく。

 最初はあんまり好きになれない連中だったけど、気苦労絶えないんだろうな。

 ちょっと可哀想になってきた。

「もういいだろう。

 これ以上問題が起きる前に、馬車を降りてくれ」

 騎士の一人が言ってくる。そして、

「あ。――今日の事は口外するんじゃないぞ」

 などと口止めされた。

 まあ、この馬車王城に行くわけじゃないみたいだし、こいつらの言う通りこれ以上亜利奈が何かやらかす前に降りた方がいいのだろう。

 そう判断して頷く。




「いいえ、そういうわけには参りませんわ」

 するとローゼ姫がそんなことを言い出した。

「祐樹さん……いえ、お二人には同行していただきます」

 主君の暴挙に騎士たちは「あぁ……」と感嘆を漏らし項垂れた。

「これだけの魔法を使える方に巡り合えたのは天の采配としか言いようがありません。

 彼らが居てくれたら心強いと思いませんか?」

「しかしですねぇ」

「こいつら得体がしれませんし、イスキー侯爵になんて説明するんですか」

「なんとでもなりましょう。

 ……そうですね、亜利奈さんはメイド、祐樹さんは私の付き人ということでいかがでしょうか?」

「令嬢に男の付き人ってそれどう見ても男娼ヒモ……げふんっ、失礼!」

「とにかく世間体が良くないですよ」

「どうせ偽りの身分です。

 構うことはありません」

「あのー……」

 なんか勝手に話を進められているので、俺は挙手で割って入った。

「なにやら盛り上がってるところ悪いけど、俺達今日中にイワン城に行かなきゃいけないんだけど……」

「なぜですか?」

「なぜって、そりゃあ」

 ……、なんでだろ。

 元々イワン城に到着する予定だったのが座標を反れてしまったのだが、そう言われてみれば俺はお城に向かう理由を聞いていない。

「おい、亜利奈」

 俺は亜利奈に助けを求めたがこいつがまともな回答を述べるわけがないし。

「うう、ごめんなさい……お母さんがそうしろって言ってたから」

 ほらな。

「じゃあ、何も問題ありませんね」

「いや、どこに問題があるのかわかってないだけで」

「――お願いしますっ!」

 お姫様は前のめりになって俺の両手を掴み、

「助けが欲しいのです」

 うわ、うわぁ……。

 潤んだ吸い込まれそうな瞳と、助けを求めるか細い声。

 そしてこの位置関係はマズイ。

 ドレスの胸元から谷間が垣間見えてしまう。

 指先がぎゅっと俺の手に圧をかけてくる。

 この状況で懇願されたらもう逃げられないだろ。

「あ……亜利奈」

 一応〝勇者〟様にお伺いを立てる。

「ゆ、ユウ君がそうしたいなら、亜利奈はどこにでもついていくよ」

「――決まりですね。ふふっ♪」

 お姫様が上機嫌で俺の手を解放してくれる。

「ちょっとだけ、楽しくなってきました」

「亜利奈も、なんだか楽しくなってきちゃいました」

 亜利奈は俺の方を向いてニコリと笑い、

「ねー。ユウ君」


 なんだかわからんが、流されるばっかりの俺は曖昧に頷くことしかできなかった。

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