花鳥風月/5/此処の神崎、彼方の風音
「逃げといてええ度胸しとんの我ぇぇぇぇ!!」
「イリーナ、アンコールを始めるわよ」
いなりとイリーナが、互いにその場で打ち合う。
互いの一撃は重く、打ち合う度に足元の地面がひび割れていく程だ。
「うちは……うちらはなぁ! 舐められたり馬鹿にされんのがいっちゃん気に入らんのや!!」
爆発寸前の神崎の怒り。一度大きく破裂した手前、彼女の怒りの導線は非常に短くなっている。
しかし、それに風音は答えない。全ての攻撃を確実に防ぎ、僅かな隙を逃さぬよう神崎を目を大きくして見つめている。
「なんや随分しおらしくなったやんけ風音!」
「ごめんなさいね。私、貴女程度に負けられないのよ。大将に命令されちゃったのから」
甲高い音を立てつつ、イリーナはいなりの武器を弾いた。
「楽しむのはここで終わりよ」
槍先をいなりに向けたイリーナだが、神崎といなりはそれを恐れもせずに睨み付け。
「ここで負けてちょうだい、神崎伊織」
鋭く突かれたその一撃を、いなりは軽く素手で受け止めた。
「舐めるな言うとろうが、風音桜!」
その槍を引き付け、いなりはイリーナに頭突きをかました。そして槍先から手を離し、すぐに鉄パイプを振り下ろした。
その連打にイリーナは踏ん張り切れずに地面へと倒れる。
「はは、そのままくたばれや!」
「イリーナ! このまま無様に倒れるつもり!?」
風音の一喝ですぐにイリーナは立ち上がるものの、それでも足はふらついている。
「ええカッコやんか、風音桜! 無様に負かしてやるわ!」
「イリーナ。大将のオーダーを忘れたとは言わせないわよ」
短く息を吐いたイリーナは、冷静にいなりへ攻撃を仕掛ける。
「なんやなんや、吠える気力もなくなったんか!?」
それをにやにやと嫌な笑みを浮かべつつ、いなりは攻撃をいなしていくが。
「ちょっと黙りなさいな」
イリーナが槍尻で弾いた小石が、一瞬だけいなりの視界を奪った。
その合間にイリーナは槍を持ち直し一気に斬り伏せようとしたのだが。
「喧嘩ならうちらのほうが優等生やぞ」
いなりは目を瞑ったままイリーナの首を鷲掴みにした。
「いなりの目が見えんくてもうちが見えれば十分や」
「わざわざ動きを止めてくれて嬉しいわ」
イリーナはそのままの状態で、いなりへと槍を突き刺した。
「槍っていうのはこういうときに便利なのよ、覚えておきなさい」
力が抜けたいなりの腕から解放されたイリーナは、連続で突き刺した。
そしてよろめいたいなりへ、イリーナは回し蹴りを後頭部に決め、その場で倒れさせる。
「さぁ終幕よ」
倒れたいなりへと槍先を突き下ろす。
「あまっちょろいぞ」
しかしいなりは倒れた姿勢から体を回転させ、イリーナの足を払って転倒させる。
「喧嘩なら負けん言うとろうが!」
イリーナはすぐに体勢を立て直し、また二人の連擊が繰り出される。
互いが互いに一歩も譲らない攻撃だったが、徐々にイリーナが押され始める。
それもまた、先と同じだ。やはりいなりはこういった打ち合いに慣れている。対するイリーナは機動を活かしたヒットアンドアウェイが得意な戦いだ。だからこそ、いなりが押すのも必然だが。
「今度こそ、負かせたるからなぁ!!」
自身の相棒が押されていることなど、風音は百も承知だ。しかしここで引いては、太陽の指示に背くことになる。そのようなこと、風音にもイリーナにもできるはずがない。そのようなこと、彼女らのプライドが許しはしない。
「イリーナ! 貴女は私を、風音桜をもっと高みに上らせるのでしょう!? ここで私達が得るべきは辛勝などではない、圧勝よ! 無様な勝利など、敗北にも劣ると思いなさい!」
その言葉に、イリーナが吠える。
「あ……?」
一撃一撃が重さを増したことに、神崎は気付く。
「この程度の相手、私の相棒ならば、圧勝なさい!!」
端から見れば厳しい言葉だ。だが、イリーナにとってはこれ以上ないほどの声援となる。
風音は今言ったではないか。
私の相棒ならば、勝って当たり前だと。私の相棒ならばと。
「舐めんな言うとろうが!!」
先程から神崎の心中は穏やかではない。
何度も何度も、風音の侮辱が浴びせられ、穏やかでいられるはずがない。
それは彼女の相棒も一緒だ。ここまで自分達が侮辱され、怒らぬ等相棒ではない。
「たかだか不良相手に、いつまでも手間取らないで!」
「黙れや……」
打ち合いはより激化していく。
元より熱くなりやすい風音だ。そして自分の相棒を信頼しているからこそ、その分悪舌ともなるだろう。
「潰しなさい!」
「黙れ、言うとろうが……」
しかしそれがより沸々と、神崎といなりの怒りを燃え滾らせる。
「勝つのはこの風音桜だと、証明なさい!!」
「黙れやクソアマぁぁぁぁぁぁ!!」
いなりの一撃が、イリーナの槍を弾き飛ばした。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!! うちらをこれ以上馬鹿にすんな殺す殺すぶっ殺す! お前は殺すぞ風音桜ぁぁぁぁぁ! いなり、もうええ使えや!!」
――京都府チーム花鳥風月。スキル、狂乱。ランクAが発動しました。毎秒ステータスランクが乱高下し、特定条件を満たさぬ限り、自相棒は指示を受け付けません。
「お前ら程度がうちらを馬鹿にすんなやぁぁぁぁぁぁ!! うちらは京都の代表やぞ全部ぶち負かして来たんやぞ!! お前なんかに馬鹿にされ舐められ見下される理由もないんや!!」
神崎はキレた。前後左右、何もかもわからぬ程に、彼女も……いなりも取り乱したのだ。
「知ってるわよ、そのスキル。ステータスの乱高下……潰しやすくなるわ。イリーナ、一気にケリを……」
ここで勝機を得たと確信した風音。それは勿論イリーナもだが、彼女らの予想は大きく外れることになる。
大ぶりな乱れた一撃。その隙を縫うイリーナの一撃は容易く避けられる。しかし、次の一撃は何もせずに刺され反撃を行ってくる。かと思えばまたいなりはイリーナの攻撃を弾き僅かに距離を取る。統一性のない行動ばかりを繰り返す。
まるで毎回指示するマスターが変わっているようだ。
だがしかし、その印象をすぐに風音は改める。
「あぁ、なるほど……喧嘩なら優等生、ですか……」
そう。それが答えだ。
変わり続ける場、そしてモチベーション。それら全てを加味した上で、神崎伊織と相棒いなり。彼女ら程、この狂乱というスキルに適した二人もいないだろう。
秒毎に変わるステータス。ランクAともなれば、D-からA+……極々低確率で一部のステータスランクがSになることもある。
相棒は旧世代のスーパーコンピューター等容易く凌駕する処理能力で、このステータスの乱高下にも対応可能ではあるが、マスターはそうではない。対応不可能なマスターの指示がないのならば自身の判断で動くしかない。
その対応力を決めるのは……マスターの元々の能力に限られる。
「そのような才能でなければ、もっと輝かしい功績を残せたのに……」
神崎伊織が持っていたのは、紛れもない戦いの才能だ。
これが喧嘩などという場所ではなく、格闘技という場所だったならば、彼女は輝かしい功績を残せたろうに。
「流星がクズなんて誰が決めるんや! うちらはクズじゃないゴミじゃない! うちらが変える、うちが……変えるんや! こんな世の中を、うちらは変えるために、ここまで勝ってきたんやぞぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「そんなの……そんなの貴女達の自業自得でしょう!? 貴女達の身勝手な行動が招いた結果よ!」
神崎の言葉に風音は直情的に返す。
そんな状況の中で、すぐに彼女らの仲間が周りに集う。
「「「風音先輩!」」」
「風音!」
太陽、遥香、蓮、そして王城。
「伊織ぃ、それはこの勝負で使うなて言うたやろが!」
横宮の言葉。それにチーム花鳥風月のメンバーも集まるのだが、彼女の暴走を止めようとはしない。
当然か。
チーム太陽の……少なくとも太陽と遥香以外はそう思ったろう。
彼女の暴走が勝利に繋がるかもしれないのなら、それは甘んじて受け入れるべきだろう……だが。
「伊織ぃ! お前はいっっっつも先走り過ぎやぞ!」
「黙れやぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!」
神崎と同調するように暴走するいなりは、遂にイリーナを叩き伏せ馬乗りになった。
「イリーナ!?」
「うちらの自業自得、んなのわかっとるわぁ! うちらが悪いに決まっとる! でも、誰も! 誰も何も教えてくれなかった! 知らんかった、わからんかった、知ってたらうちらだってなぁぁぁ!!!」
殴りながら彼女は、世の理不尽に慟哭する。
「けどな、それを変えようとして何が悪い!? 何故悪い!? 一度道踏み外したらあかんのか!? 反抗したらあかんてか!?」
慟哭を漏らしながら、いなりは自らの武器を手放し殴り続ける。
「えぇおい!? お前はそんな立派な生き方してきたか!? 虫一匹殺さず生きてきたんか!?」
また神崎は大きく吠えて。
「じゃあガキなんか産むなや育てんなやってことやろ!? うちらは人間なんや、道を間違えなきゃならんときだってあったんや!」
神崎は心の内を吐露する。それを最も身近に感じるいなりは瞳を真っ赤にしながらも、それでもイリーナを殴り続けた。
「それなんに、たった一回間違えただけで出来損ないの役立たず呼ばわりか!? 掃除してりゃ笑われる、ガキの世話してりゃ誘拐だと騒がれる、ジジババの面倒見てりゃカツアゲだと吠えられる! どないっせっちゅうねん! ゴミクズは世のため人のために働くことも許されず、くたばれってか! 答えろや風音桜ぁぁぁぁ!!」
いなりが拳を大きく振りかぶったその時、イリーナが胸ぐらを掴み逆に馬乗りになり、いなりへと馬乗りになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます