全国初戦/2

 全国バディタクティクス大会初戦。バトルロワイヤルは、水曜日の午前に開会式の後に行われる。そのため午前の授業は全て後日に補習という形になった。

 っていうか、相棒もいるんだしわざわざ補習とかいらないじゃんか。


「よ、チーム太陽」


 地下演習場に向かう途中、不意に背中を叩かれた。


海藤かいどうじゃん」


 海藤 功かいどう いさお。校内バディタクティクス大会で僕らのチームをいつも応援してくれて、一番のファンだと名乗ってくれるクラスメイトだ。

 どうやら海藤は全員に同じように挨拶していたらしく、にひひと笑っていた。


「なんでお前までいるんだよ?」

「なんだ、知らないのか太陽? 全国じゃあ各校から一人だけ実況を立てられるんだぜ? 祭り好きの校長がそれをやらないわけないじゃん」


 あぁ、あの校長な。

 温和な表情のくせに、内心血の気が多いというか、争い好きなうちの校長。嫌いじゃないけど、底が知れないというか何というかなぁ……毎回あの人には上手く乗せられてる気がするんだよな。


「俺の実況も遂に全国区だ。頼むから初戦で負けるとかは……ねぇか」


 海藤は僕らの顔を見て、にかっと笑った。

 あぁきっと。

 僕ら全員同じ顔をしているんだろうな。


「けっ、俺達の実況が出来ることを有難く思え」


 蓮の声色は言葉に対して明るい。


「ふっふーん。あんたはチーム太陽伝説の第一人者になれるのよ!」


 自信たっぷりな遥香の言葉。


「絶対に勝ち上がるから応援よろしくね!」


 透子の力強くも可愛らしい一言。


「お前に心配される程じゃねぇって」


 正詠はやれやれと頭でも振りながら言ったのだろう。


「いつもみたく先に行って待っててくれよ、僕らの実況者」


 海藤を送り出したタイミングで、王城先輩達が階段を降りてきた(うちの高校は学年が上がると上の階になる)。


「あれは……そうか、海藤か」


 王城先輩は先にいる海藤の背中を見て、ふっと微笑む。


「翼のお気に入りの子よね?」

「え、そうなんですか?」


 ああいうやかましい奴、王城先輩嫌いだと思ってたけど。


「校内の決勝戦でね、あの子の応援カッコ良かったのよ? 後で見た翼がね、『うむ、良い声援だ』とか頷いたんだから」


 全員で王城先輩を見ると、王城先輩は頬をほんの少し赤くしていた。


「風音、それ以上言うなよ」

「えぇえぇ、わかっているわ」

「その返事はわかっていない返事だ」


 からかわれる王城先輩もすっかり見慣れてしまった。


「なぁおい、早く行かねぇか?」


 テラスを見ると、〝あと十分〟とホログラムを表示していた。


「あぁすまん」


 やれやれと頭を振りながら王城先輩が歩き出し、それを見て僕らも足を進めた。

 地下演習場の重いドアを開ける。

 照明は相変わらず明るく中央のVR施設を照らしているが、観客席はまばらで校内大会のような賑やかさはない。夏休みの時の練習を思い出す。

 いや待て、まばらでも観客がいるのおかしくないか。


「なぁ正詠、何で僕ら以外の生徒いるんだ?」

「補習受ける覚悟で来る奴もいるんだ。これからもっと増えるぞ、多分」

「マジかよ」

「マジだ」


 ホンット、この学校にいる奴らって祭り好きだな。勿論、僕も含めてだけども。


『おーい、チーム太陽。一応言っとくけど、開会式が終わったら初戦参加の二人以外はログアウトしてくれよー』


 まだ本気ではない海藤の声に、「おう」と答えて僕らは筐体に座った。僕を先頭に右から、正詠、遥香、蓮、透子。向かいの筐体に王城先輩、風音先輩の順に座っている。二人は僕に軽く手を振ってくれた。それに僕は笑って返す。

 ぴこん。

 テラスの呼び出し音。僕はテラスを見る。

 我ら、チーム太陽!

 一人だけでも、テラスはばっちりポーズを決めていた。


「まずは初戦だ。遥香と風音先輩に頑張ってもらおうぜ!」


 テラスは元気よく頷いた。それを見て、僕は機器を体に取り付けていき、最後にヘルメットを付ける。


――同志宣誓コムレイド・オースを確認。相棒名、ロビン、リリィ、ノクト、セレナ、フリードリヒ、イリーナ。座標設定完了、フルダイブ準備完了。


 聞き慣れた機械的なアナウンス。

 ヘルメットから見える風景は、青い線で区切られた黒い世界。


――フィールドは開会式会場。バディタクティクスモードでフルダイブを行います。よろしいですか?

 

 大きく息を吸い込んで、隣へと視線を向ける。

 人間サイズになったテラスが微笑んでいる。


「頼む」


 アナウンスに答えるとぬめりと世界は動き、僕らは開会式会場に転送された。

 不思議な感覚が終わると、目の前では多くの相棒がひしめき合っていた。


「すっげぇ……」


 総勢、二三五人の相棒。人間も含めるなら五百人近い人達がこの場にはいるのだ。


「太陽、俺達が最後みたいだ。開会式が始まるぞ」


 テラスの肩を叩いたのはロビンだ。

 壇上に係員らしき人の相棒が上がった。


『全校よりログインを確認したため、これより全国バディタクティクス大会の開会式を執り行います』


 わっ、と歓声が起きた。


『今年も全国四七都道府県より県大会を勝ち抜いた諸君、おめでとう。この開会式は初戦も兼ねているため、手短に行う。ではまず、前回優勝校、高天高校の優勝旗返還!』


 荘厳な音楽と共に去年の覇者、高天高校のメンバーが壇上に上がった。


「やはり何度見ても今年は三年が五人、二年が二人のようだな」


 フリードリヒの肩で王城先輩はその壇上を鋭く睨んでいた。


「珍しいわよね。今までそんなことなかったのに」


 答えたのは王城先輩と同じくイリーナの肩に座る風音先輩。


「天王寺ステラのワガママだとは聞いているが、普通はそんなの通さんはずだ」

「それだけ天王寺ステラさんの発言力があるってことかしら?」

「それもあるだろう……だが、去年までいなかった寺坂が強いということも考えられる」

「あぁ、あの乱暴な人?」


 二人が言っているのは、県大会決勝後で蓮に喧嘩を売ったロン毛の寺坂さんのことだ。


「うむ」

「あの人は〝強い〟とは違うと思うわ」


 高天高校のが壇上に上がり、その優勝旗を返還した。それと同時に紙吹雪が舞い上がり、荘厳なBGMが最大の盛り上がりを見せる中。


「太陽、そろそろログアウトの準備をするぞ」


 正詠はそんなことを言った。


「え、開会式ってこんだけなの?」

「こんだけも何も、メインはバトルロワイヤルだ。周りを見ろよ、やる気満々だぜ?」


 その言葉で周りを見ると、戦闘に参加するであろう相棒たちは武器を構え始めている。それのせいか、今までの空気は徐々に変わっていき、ぴりぴりと静電気のような不快感が肌へと伝わってくる。


『ここに優勝旗は返還された。それでは、これより全国バディクティクス、第一回戦……いいや予選は、全校の予選参加者以外がログアウトしてから、三分後開始とする』


 瞬間空気がざわつくが、それはすぐに収まる。


「初戦じゃなくて、予選かぁ。あの人も厳しいこと言うよねぇ」


 遥香はそんなことを言うが、リリィはガントレットの締りを再度確認している。


「それでも私達は上に行くわ。そうでしょ、遥香さん?」

「うん! 圧勝してやりましょう、桜先輩!」


 僕らチームからバトルロワイヤルに参加するのは、遥香と風音先輩だ。二人の表情には余裕がある。


「おい、夏野菜」

「……」


 蓮は遥香を馬鹿にしたあだ名で呼ぶものの、遥香はそれに反応は見せなかった。


「遥香」

「何さ、レンレン」

「こんなとこで負けたら承知しねぇぞ」

「負けるわけないじゃん」

「けっ」


 肩を竦めた蓮とノクトがログアウトしようとその時。


「おーちょっと待った」


 蓮に声をかける人がいた。


「探すのに苦労しちまったぜ」

「……寺坂」

「俺、先輩なんだから一応〝さん〟付けしろよ」


 高天高校の寺坂さんだ。


「んだよ、また喧嘩売りに来たのか?」


 蓮の表情はみるみるうちに不機嫌になっていく。


「前は悪かったな」

「は?」

「いきなり喧嘩売って悪かったって言ってんだよ」


 少しの沈黙。


「けっ」


 悪態をついて、蓮とノクトはログアウトした。


「ありゃ、やっぱ許してくれないかね?」


 たはは、と笑いながら頭を掻いた寺坂さん。そんな寺坂さんに肩を竦める相棒は、黒一色の衣服で、寺坂さんよりも長い黒髪だった。


「あれはその……『勝手に謝ってんじゃねぇよ、勝ってから謝らせるつもりだったのによ、けっ』だと思います」


 蓮のフォローをするように透子は言った。僕的にも何となくわかるのだが、ここまではっきりと蓮の気持ちを代弁できるのはすごい。


「それならまぁ良いか。んじゃあな、情報初心者ビギナー


 ひらひらと手を振って、寺坂さんはどこかに行ってしまう。


「意外と律儀なのかな?」


 ぽそりと零すと、それが透子に聞こえてしまったらしい。透子は困ったように笑って、そのままセレナと一緒にログアウトした。


「ほら、行くぞ」


 急かすように正詠に言われたため、僕もログアウトした。

 フルダイブしたときの感覚と同じように、ふわりと僕はまた〝現実〟に戻ってきた。

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