第四章 みんなで夏休み

夏休み/1

 リベリオンとの戦いのあと、僕らを待っていたのは極度の疲労と、いよいよ近づいてきた実力テストだった。

 最近の授業は重要な箇所の復習が多いのだが、スピードが早すぎて正直しんどい。


「おっす、太陽」


 半分放心している僕に話しかけてきたのは海藤だ。


「なんだよーかいどー」

「いやー疲れてるとこ悪いんだけど、お願いがあってさ」

「んー?」


 鞄に教科書やらノートやらを詰め込む。


「頼む! 俺の相棒と握手してくれ!」

「は?」

「俺のアルンがさ、お前のテラスのファンなんだよ。頼む!」


 相棒が相棒のファンになるとか、そんなこともあるのか。


「だってさ、テラス。どうする?」


 するとテラスは机の上に姿を現した。ゴテゴテのドレスに身を包み、扇を手にして。


「なぁ太陽、これは何だ?」

「たぶんファンて言ってたから着飾ったんだろ。一応女の子だし」

「お、おう。まぁいいか。アルン、お前のアイドルだぞー」


 名前を呼ばれた海藤の相棒〝アルン〟は、短い黒髪の相棒で『テラスたんマジ女神』という旗を持ち、法被を着ていた。

 そんなアルンはテラスを見ると急に倒れた。海藤と同じで何だかこいつは面白い。


「テラス、手を貸してやれよ」


 こくりと頷いて、テラスは屈んで手を差し出した。その手を両手でがっちりと掴むと、アルンは鼻血を吹き出した。それも勢いよく。テラスのドレスにかかるほどに。


「……」

「……」


 僕も海藤も、そしてテラスも固まった。アルンは体を小刻みに震わせながら、テラスに何かを語りかける……が、掴んでいる手に鼻血がドバドバと垂れている。


「……マジか、海藤」

「……すまん、太陽」


 まだまだアルンはテラスに何か言葉を投げ掛けるが、遂にテラスが泣き出した。


「うわ、泣いた」

「すまん、太陽」


 すると机の上に、リリィとセレナが現れてアルンの頭を殴ってダウンさせる。


「お、リリィとセレナだ」


 リリィとセレナはテラスを慰めるように両側から抱き、頭を撫でた。アルンは体を必死に起こし、そんな三人の姿を見てまた鼻血を吹き出して倒れた。

 もう何がなんだかわからないが、アルンはヤバいレベルでファンらしい。こんな状況でなければ自分の相棒が好かれるのは嬉しいのだが。


「あ、リリィ。こんなところにいた……って、なにこれ」

「……なにこれ、太陽くん」


 遥香と透子が机の上の惨状を見て、顔を引きつらせた。


「海藤の相棒がテラスのファンらしい」

「いや、説明になってないでしょ」

「これって……鼻血なの、全部?」


 いつの間にか復活したアルンは、鼻血を流しながらカシャカシャとカメラで三人を撮っている。


「アルン、テラスに謝れ……」


 額に手をやり、海藤は大きくため息をついた。するとアルンは頷き、くるりと体を回転させ着替えた。執事が着るような上品なタキシードに身を包み、知的な眼鏡をかけたアルンは、先程の態度が嘘のように恭しく頭を下げる。


「これが普段着なのか、海藤」

「あぁ、これが普段着だ」


 どこらからどう見ても超絶紳士の出で立ちだが、あの姿を見た後だからか信じがたい。


「テラス、謝ってるから仲直りの握手をしような?」


 驚愕の表情をテラスは僕に向けた。なるだけ優しく、僕は微笑む。


「仲直りの握手だ、な?」


 テラスは僕の顔とアルンを見たが、結局体を震わせながらアルンに手を出した。それをまたがっちりと両手で掴み、アルンは鼻血を流した。


「ふひっ!」


 笑いを堪えきれなかった。期待通り、期待通りです!


「あんた性格悪すぎでしょ……」


 再び泣き出したテラスを慰めながら、リリィとセレナは僕へと非難の瞳を向けた。


「ごめ、ごめんな、テラス……ははっ! 悪気は、悪気はないんだ! 純粋にね、仲直りの握手を……あーはっはっはっ!」


 テラスの表情があまりにも面白くて、笑いを堪えきれなくなった。


「太陽くん、さいてー」

「いやだって、最高に面白い! あははっ! テラスたんマジ面白い!」


 腹が! 腹がよじれて腹筋が割れてしまう!

 するとぽんぽんといくつも花火が上がった。


「あーなにこれ?」


 テラスの頭上でその花火は上がっていた。


「テラスが怒ってあんたに攻撃してんじゃない?」


 遥香は指先でテラスの頭を撫でながら言った。当のテラスは顔を真っ赤にしながら頬を大きく膨らませている。


「テ、テラスたん! マジ可愛い! あはははっ! 花火とか、可愛すぎる!」


 あまりにも僕が笑いすぎるので、周りにクラスメイトが集まりだした。


「なんだ、また何か面白いことしてんのか?」

「何してんだ?」

「俺達も混ぜろよ」


 ひとしきり笑いながら事の顛末を説明し、クラスメイトは各々の反応を見せた。


「おい馬鹿太陽」

「お前……笑い過ぎだぞ」


 呆れた顔で正詠と蓮がやって来る。


「二人ともどうしたんだ、ホームルームの後に急にいなくなって」


 テラスがまだ花火を出すのが面白くてたまらない。


「便所だ便所」


 蓮がため息をつきながら答えた。


「仲良いな、お前らは」


 とにかく沢山笑った。余は満足である。


「さ、帰ろ」

「おい太陽」

「んー?」


 帰り支度をする僕に、蓮は声をかけてきた。


「今日ウチで勉強するらしいが来るか?」


 正詠も遥香も、透子すらも笑みを浮かべて僕の返事を待っていた。机の上で鼻血に濡れたテラスは一旦置いといて。


「わり、今日は用事があるんだ」

「何よぉ太陽、私達より大切な用事があるのぉ?」

「愛華を迎えに行くんだよ、愛華を」


 一瞬の沈黙。


「なら仕方ないな」


 そう言いつつ、何となく同情を含む正詠。


「あ、その、行ってらっしゃい、太陽」


 バツが悪そうな遥香。


「ヤンデレ妹か」


 核心をぶすりと突いた蓮。


「えーっと、妹さんのこと大切にしてあげてね」


 当たり障りのない発言で逃げ切ろうとする透子。


「お前らが僕の可愛い妹をどう思っているかよーくわかったよ」


 全員苦笑を浮かべながら僕に手を振った。

 ぴこん。

 パワハラやモラハラ、セクハラという言葉を知ってますか。


「えー知らな―い。テラスたんって物知りー」


 テラスの顔を見ずに下駄箱で靴を履き替え、大きくため息をついた。


「愛華、怒ってるんだろうなぁ……」


 少しだけ寄り道しようかな、テラスと話したいこともあるし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る