反逆者/2

 踊遊鬼の左腕からは、夥しい量の血が溢れていた。そう、血が溢れていたんだ。真っ赤な人間と同じような血が、AIの相棒から。


「部長……?」


 踊遊鬼は左腕を抑えながら、リベリオンを睨み付けていた。


「お遊びとは違って、リアルだろう?」


 血の付いた爪を見て、リベリオンは兜の隙間から長い舌を出してそれを舐め取った。


「晴野部長!?」

「うるせぇ!」

「でも……!」


 正詠の動揺はロビンにも伝わる。


「俺も踊遊鬼もまだ戦えるっつーの! 踊遊鬼、弓を構えろ!」


 しかし踊遊鬼は首を横に振って晴野先輩を見ていた。恐れからの拒絶ではないのは明らかだ。彼は、晴野先輩の身を案じて弓を引くことを拒んでいた。


「弓を引け、踊遊鬼! テメェ本当に俺の相棒か!」


 晴野先輩の言葉に踊遊鬼は歯を食い縛り、矢を番える。


「……っ!」

「無理すんなってクソガキ! ギャハハハハハハ!」

「黙れぇぇぇぇぇぇ! 後輩に無様な姿見せられるか馬鹿野郎!」

「あぁ? ガキの癖にプライドですかぁ? ギャハハッハハハハハハハ! お前面白いなぁ!」

「踊遊鬼!」


 弓を引くと、踊遊鬼の腕から血が噴き出した。


「あぁあぁあぁぁぁぁちっくしょうこの野郎!」


 晴野先輩の絶叫が、痛みを語っていた。それでも踊遊鬼は弓を引き絞り、リベリオンに狙いを定めた。


「無様な背中は後輩に絶対見せねぇ!」


 踊遊鬼が引く矢に光が纏われる。


「フィールドチェンジしたのは好都合だ。放て、踊遊鬼!」


 光が矢を覆いきると、破壊の矢を踊遊鬼は放った。


「無駄だ! お前の無様な背中をしっかりと見てもらいな!」


 僕ら全員が恐怖した踊遊鬼の破壊の矢を、リベリオン片手で弾き消し飛ばした。

 その衝撃に、言葉を失った。

 あの攻撃はかなりの威力を持っている。それは初戦で使われた紅雷や、風音先輩のスペシャルアビリティと遜色ないレベルだ。この校内大会であれが直撃しようものなら、ほとんどの相手が戦闘不能になる程に。相当の努力をして得たアビリティであることに違いない。簡単に得られるものではない。

 それなのに、あの化け物は……!


「無様だなぁ! お前の攻撃なんてそんなもんだクソガキ!」


 出刃包丁が振り上げられると同時に。


「踊遊鬼、まだ弓を引け!」


 顔には険しいものの、踊遊鬼は矢を番えた。


「効かねぇよ、バーカ!」


 めきりという骨を砕く音と、ぐちゃりという肉を切り裂く音。そして溢れる大量の赤い血。踊遊鬼は弓を手放すが、右手には


「踊遊鬼、よーく……狙え……」


 そして踊遊鬼は、その矢をリベリオンの右目に突き刺した。


「ギャアァァァァァァァ!」


 悲鳴を上げながらリベリオンは後退り、残った左目で踊遊鬼を睨み付けた。


「クソガキがぁぁぁぁぁぁ!」

「よくやった踊遊鬼。文字通り……な」

「調子に乗りやがってぇぇぇぇ!」


 再びリベリオンは踊遊鬼に向かい出刃包丁を振るおうと踏み込む。


「うあぁぁぁぁぁ!」


 その攻撃は正詠の叫びと共に防がれた。


「邪魔するなぁクソガキがぁ!」


 リベリオンを包む赤い蒸気がより濃くなる。


「へへ、お前の弱点は鎧じゃねぇところだな?」


 弱々しい声で晴野先輩はそう言って、大きく息を吸い込んだ。


「俺の名はチーム・トライデントの狙撃手スナイパー晴野輝だぁぁぁ! どうだこの野郎! 相手の弱点も見つけてやっぞぉぉぉぉ!」


 雄叫びを上げ、晴野先輩はこちらを振り向いた。


「いいか、翼と天広! こんな奴に負け、たら……承知……しねぇ、から、な?」

「このクソガキ! ぶち殺してやる!」

「それと高遠……あとは、まか……せ……た」


 踊遊鬼と共に、晴野先輩はばたりと倒れた。


「晴野……部長?」


 正詠の声が、静かに響いた。


「嘘、だろ?」

「ひひ」


 愕然とする正詠の声とは対照的に、リベリオンの声は楽しそうだった。


「ひひひ! 一名脱落でぇす!」


 その一声が、正詠の怒りを爆発させた。


「テメェぶち殺してやる!」


 ロビンはリベリオンに蹴りを入れて僅かに距離を取り弓を引く。


「殺して、やる!」


 矢をいくつも放つがそれはリベリオンの鎧に弾かれる。


「雑魚に用はねぇ! トドメを刺してやるよ、そこのクソガキにぃ!」


 正詠の攻撃に意を介さず、リベリオンの三種の武器が踊遊鬼に狙いを定める。


「俺の友人に手を出すな!」


 その攻撃を受けながらも、フリードリヒは前に出て踊遊鬼を庇う。


「ぐっ……!」

「お前から死にたいってのか!?」

「俺は死なん! 晴野も殺させん!」


 大剣を振るうが、やはり鎧に弾かれる。


「効か……」


 僅かに踊遊鬼から気が逸れたその隙に、遥香のリリィが踊遊鬼を抱えていた。


「あぁ数が多いと面倒だな、おい!」


 背中の触手がリリィへと向かう。


「させませんよ?」


 しかしイリーナは持ち前の機動力でそれをいなす。


「くっ……いなしてもこの威力ですか」

「死にたがりばっかりだな、おい!?」


 遥香は踊遊鬼を連れて僕らの元に戻ってくる。それと同時にセレナが回復アビリティを踊遊鬼に使用した。


「血が、止まらない!?」

「テラス! お前も手伝え!」


 テラスも一緒に回復アビリティを使用するが、傷は癒えない。


「なん、で!?」

「瀕死の重症がそんなに簡単に治るかぁ?」


 三人の相手をしているリベリオンが口を挟む。

 現実と類比するゲーム。

 それが僕らに重くのし掛かる。


「殺して、やる。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるからなぁぁぁぁぁ!」


 正詠の慟哭は変わらず響き、僕らの胸を強く締め付けた。

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