情報熟練者/4

 校内バディタクティクス大会の決勝戦は土曜日に行われる。この日だけは一般の人々も大会の見学が認められ、数は限られるが出店も許可されている。

 この行事は一、二を争うほどの人気行事のためか、陽光高校は非常に賑わいを見せる。


ひゃるかぁ遥香クレープかくふぉしたかぁクレープ確保したか?」

ふぉちーもちー。太陽はふぁこやきタコ焼き取ったー?」

ふぉうおうしょーいやそういや、あっちでほっとふぉっくホットドッグが売ってたぉ」

みゃじでマジで? とーこにたのみょうか透子に頼もうか?」

みぇーあんでゃな名案だな


 僕と遥香は大会が始まるまでの間に出店を巡っていた。


「お前ら……」


 そんな僕らの姿を見て、心底呆れながら正詠はため息をついた。


「おーみゃしゃよみぃ正詠ーやきしょば焼きそば食うかー?」

「食いながら喋るな、頼むから。あと焼きそばはもらう」


 正詠は焼きそばを受け取ると、奇跡的に空いていたベンチを指差した。僕ら三人はそこに座り、焼きそばとタコ焼きとクレープと焼きイカとベビーカステラとフライドポテトを黙々と食べ始めた。


「うわ……お前ら買いすぎだろ……」

「よくそんなに食べられるね、三人とも……」


 日代と平和島は別行動だったのだが、まさかの偶然で合流した。


「俺までこいつらと一緒にしないでくれ」


 正詠は頭を振った。


「あ。遥香ちゃん、はい」


 平和島はホットドッグを三つ遥香に渡す。それを遥香は受け取ると、タコ焼きを頬張りながら遥香へとお金を渡した。


ありゃがとぉありがとー。あ、たべぅ食べる?」


 遥香は口をもごもごとさせながら、平和島にタコ焼きを一つ串に刺して差し出した。


「いただきます」


 ぱくりとそれに食いついた平和島はインコのようだった。


「おいしい」


 平和島がこくこくと頷いたのを見て、遥香はまた食事を再開する。


「あ、わたひの焼きイカー!」

「早いもん勝ちだ、びゃーかばーか


 何で出店の食いモンはジャンキーな味なのに、こういう日は美味く感じるのだろうか。


「すまん、この馬鹿共はまだ食うだろうから、放っておいてくれていいぞ」


 正詠が日代と平和島に言うが、「別にいい。ここで少し休もうぜ、透子」と日代は答えた。それに「うん」と可愛らしく平和島は頷く。


 日代は出店から自分と平和島の分の椅子を二脚借りて、僕らの近くに座った。


「日代、ほれ」


 僕はまだ余っていた焼きそばを日代に渡す。


「お、おう」

わたひやきしょばー焼きそばー

ひゃるか遥香食いすぎだりょー食いすぎだろー


 うめぇうめぇ。


「あ、にぃ!」

「んぁ? おーみゃなかー愛華ー


 そういや愛華も見学に来るとか言ってたっけか。


とみょだちか友達か?」


 愛華の隣には大人しそうな男の子がいた。


「ううん、彼氏」


 ……彼氏。彼氏?


「……かれひ彼氏?」

「うん、彼氏」


 彼氏。恋人。男性の恋人のことを主に指す時に使われる代名詞。


「愛華、この人誰? めっちゃ食ってるけど」

「私のお兄ちゃんだよ」

「あっ、えっ!? にぃって、そういう意味!? えっ、あの、は、はじめまして! あ、愛華さんとお付き合いさせていただいている近藤 剛こんどう たけしです!」


 礼儀正しい。顔立ちも整っている。歯並びも良い。頭も良さそうだ。


「……かれひ彼氏?」

「は、はい!」


 愛華はまだ15歳。今年高校に入学したばかり。我が天広家でも特に親戚に可愛がられ、将来を色んな意味で期待されている妹だ。それがこのようなどこの馬の骨かもわからぬ男と付き合っている、だと!


「お、おみゃ……!」

「こ、これ、食いますか!?」


 近藤がずいと林檎飴を差し出す。もちろん僕はそれを受け取り、一口囓る。

 美味い。


「良いかれひだ彼氏だてぁいせちゅ大切にしろよ、愛華」


 うむ。良い奴だ。


「お前ちょろすぎだろ」

「ちょろ太陽」

「ちょろいな、天広」

「ちょっとちょろいかな、天広くん」


 みんな好き勝手言っているが、こいつは良い奴だ。人の内面を見られない奴は駄目だなぁ。


「じゃあ応援してるからね、にぃ」

とうひゃんとかあひゃんは?父さんと母さんは?

「デート中」


 にっこり笑って言うと、愛華達は人混みに紛れていった。


「……彼女欲しいブヒィ」


 ごくりと食物を飲み込んで呟いた。


「しばらく諦めろ太陽」

「あんたにはひばらきゅみゅりしばらく無理

「お前には無理だ、天広」

「えーっと、テラスちゃんが天広くんにはいるじゃない」


 みんな、優しくない。


「そういやそこら中にあるディスプレイは何なんだ?」

「決勝戦は校内にあるディスプレイで中継されるんだぞ」

「あーそうなんだ」


 正詠は焼きそばを食べ終え、ゴミを近くにあったゴミ箱に入れた。


「そろそろ始まるぞ」


 正詠がそう言うと、タイミング良くディスプレイが点いた。


『皆さま、本日は陽光高校の校内バディタクティクス大会決勝戦にようこそ! チーム・太陽の応援団第一番、海藤です!』

『チーム・トライデントの応援団、夏目なつめです!』

『今大会は去年に引き続き二年生が決勝戦進出という、まさに大・注・目! の大会となります!』

『去年の優勝チーム、トライデントも二年生で決勝戦へ進出した強者つわものですね。まさに先輩と後輩との戦いになります!』

『校内のアンケートでは、八対二でトライデントの優勝が予想されていますね、夏目先輩』

『ですねぇ。トライデントは圧倒的な強さで今までも勝ち進んでいますから、チーム・太陽がどこまで耐えられるか、というところがこの戦いの見所でしょう』

『あらあら、耐えられるか、だなんて、まるでチーム・太陽が結果負けるみたいな言い方ですね』

『おやおや、そう聞こえるように言ったつもりですよ、海藤くん』

『はっはっはっ』

『はっはっはっ』


 水面下で実況が戦っていた。


「海藤の奴、熱くなりすぎたろ」


 日代は額に手をやった。


『ではここで挑戦者チャレンジャー、チーム・太陽の今までの名場面を振り返りましょう』


 ぞわりと、嫌な予感がした。


『それなら……あんたらの誇りは、僕らが継いでいく!』


 僕とテラスがドアップで映し出された。


「ちょっ! なんで僕が言ったことまで!」

「校内で映し出されるやつには声が乗るんだぞ」

「最初に言えよばかー! 超恥ずかしいじゃん!」


 冷静に言う正詠の襟元を掴んで、前後に揺らす。


「スッゴクカッコイイヨ、タイヨウ」


 わざとらしく棒読みかこの野郎!


『今はまぁ上から眺めてくださいよ、チャンピオン。僕たちの舞台に引きずり降ろしてやりますから』


 いやー!


『いやぁかっこいいですねぇ。二回戦はあまり見所もなかったので、準決勝です。この試合は色んな意味で見物みものでしたよぉ』


 海藤が楽しそうなのが余計に腹立つ!


『何で、何でよぅ……透子! リリィを助けてよ! …………助けてよ、太陽』

「きゃあぁぁぁぁ!」


 両頬に手をやり、遥香が叫んだ。


『黙れ馬鹿野郎。俺のダチはいつでも馬鹿野郎だ!』

「あんの野郎!」


 日代が立ち上がり、丸めたゴミをディスプレイに投げた。


『見捨てなくていいなら、私もセレナも戦います!』

「あぅ……」


 平和島は顔を真っ赤にして、体を縮こまらせ、下を向いた。


『俺、頭良いんすよ。その模試で五十位以内に入れる程度には』

「ぐっ……はずいな、やっぱ」


 正詠は頭を掻いた。


『チーム・太陽は激熱な展開や胸熱な言葉を口にしてくれるから、編集しやすかったです、と放送部が言っていました。では夏目さん、どうぞ』

『はい。ではチーム・トライデントのハイライトです!』



 画面にフリードリヒと王城先輩が映し出された。


『良いだろう。貴様らのプライド、ズタボロにしてやる』

『くだらん。この王城に掴みかかりたいのなら、まずは黒帯を巻いてから来い!』


 くそっ……なんかかっけぇ!


『行きますよ、イリーナ。今日も最高の演奏をしましょうね』

『ふふ。イリーナ、ジェントルマンを特別ステージへお送りましょう?』


 なんか風音先輩はイメージが違うなぁ。


『放て半身! 正射必中!』

『逃がさねぇっての! 俺と踊遊鬼が逃がすわけねぇだろうが!』


 うん。晴野先輩はイメージ通りだな。

 そして場面が切り替わる。


「太陽」


 それを見た正詠の声に緊張が混じる。


「あぁ……準決勝だな」


 ディスプレイにはさすがにあの蹂躙は表示されなかったが、ブラウンを鷲掴みにしているシーンが映し出されていた。


『面白い。お前の仲間と俺の仲間。どちらが早く着くか賭けてみるか?』


 そのときの王城先輩の顔は、気味悪く笑っていた。

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