第二章 日常

日常/1

 さて、我らが二年三組の担任が教えてくれた相棒バディのことを、至極簡単。にまとめるとこうなる。


 一、相棒は自身(つまり僕)の努力によって成長する。

 二、相棒は自身の鏡である。節度のある生活を心掛けるように。

 三、相棒は進学、就職で見られる重要要素。それを念頭に置いて、育てるように。

 四、相棒ゲームにハマりすぎないように。学生の本分は勉学である。


 の四つだ。他にも色々言っていたが、まぁ長くなるし割愛。


「いくらなんでも長かった……そして辛い一日だった」


 一限だけかと思ったら、二限までぶっ通しだ。すげぇ疲れた。

 しかもそのあとが体育、英語。昼休みを挟んで数学Ⅱ、ヒアリング英語。死ぬかと思った。今日が金曜日じゃなかったら発狂している。


「にぃの相棒可愛いねぇ」


 僕がリビングのソファで突っ伏してる中、愛華はテラスと遊んでいた。といっても直接触れ合えるわけでもないので、ノートの上に丸を複数書いてけんけんぱで遊ばせている、が正しい。


「愛華はもっと可愛いのが出るよ」


 体を起こして愛華を見た。


「でも女の子の相棒が出るなんて珍しいね」


 そういえばクラス中の奴等にそう言われたな。


「そんな珍しいのか? 母さんのだって女の子だし、遥香だって女の子だったぞ」

「相棒って、普通は同性のが出るんだって」


 テラスが一つの丸を飛べずに転んだ。


「異性の相棒が出るのは一割未満って聞いたことあるよ」

「へぇ。ま、僕としてはありがたいよ。ナマコじゃないし」


 そんなことを言うと、テラスが僕を見て頬を膨らませた。


「あはは! ぷくーってなってる。可愛いねぇ」


 愛華はテラスへ人差し指を伸ばし、撫でる仕草をした。テラスは両目をきゅっと閉じて、それを嬉しそうに受け入れる。

 可愛いことは認めるが、こいつ本当に勉強の役に立つのか。


「ほらほらあんたら、そろそろお父さんが帰ってくるんだから、テーブルの上でも片付けてよ」


 母からの指示に、僕らは従いテーブルの上を拭いたり食器を用意する。


「あ、そうだ母さん。今日正詠と遥香が泊まりに来ていい?」

「あら、良いけど……二人とも明日は部活ないの?」

「ないってさ。相棒について色々教えてくれるらしいよ」


 母は僕を見てため息をついた。


「あんたゲームとか漫画とかアニメ好きなのに、なんで相棒にそんな無頓着なのかしらね」

「それな」


 はぁ、と母はさっきよりも大きなため息をついた。


「それとなんだけど、お猪口貸してよ。こいつにサイダーあげないと」


 テラスが物凄く嬉しそうにくるくると回った。少し鬱陶しい。


「え。飲めないわよ」

「いや、まぁ……こう神棚に捧げる感じでいけるかなと」

「あんたがそうしたいならいいんだけど……変な子ね」


 母は再三ため息をついた。



 食事を終えて風呂から上がると、丁度二人が訪ねてきた。二人は両親と軽く話すと、僕の部屋へと来た。僕は冷蔵庫からサイダーと母からお猪口を借りた。


「何するんだ、太陽?」


 正詠が首を傾げながら聞いてくる。「お祝いだよ、お祝い」彼の顔を見ずに言うと、お猪口にサイダーを注いで机に置く。


「ほら、これがサイダーだ」


 テラスは今までの中で最上の笑顔を浮かべ、それを見つめた。


「飲めないわよ、相棒は」


 遥香が母と同じことを言った。


「知ってるって。でも昨日あげるって言ったし、神棚に捧げる感じだ」


 自分は自分で同じように遥香へ返す。


「変なところは相棒思いね、あんた」

「うるせぇ」


 とは言うものの、遥香のリリィや正詠みのロビンも興味津々のようで、お猪口の回りに集まっていた。


「んでさ、相棒ゲームってどうやんの?」


 正詠に聞くが、彼は「その前に」と言いつつ左手を前に出す。


「なんぞ?」

同志宣誓コムレイド・オースだ」

「だからなんぞ、それは?」


 正詠は項垂れた。


「ごめん、私もわかんない」

「遥香は仕方ないにしても。太陽、お前本当になんも知らないんだな」

「うるせー。興味なかったんだから仕方ねぇだろ」

「同志宣誓ってのは……まぁ、簡単に言えばSNSの友達申請だ。同志宣誓しとくと、今後連絡や相棒ゲームでの意志疎通が楽になるんだよ」


 顔を上げた正詠は少しだけ照れ臭そうだった。


「何だよ、そんなことか。当然やるに決まってんじゃん」


 正詠に倣って左手を伸ばす。


「もち私も」


 遥香も手を伸ばす。


「少し気恥ずかしいけど口上を言うのが習わしらしいから、言うぞ」


 ごほんと咳払いをする正詠。


「高遠 正詠は誓う。天広 太陽と那須 遥香を友として、共に戦い、共に支え、共に信じ、共に進むことを」


 ロビンが今までいた机から、正詠の左手へと移動する。

 ちらりと正詠が遥香を見た。


「同じく言うの?」

「お前の言葉で言えばいい」

「えーっと……那須 遥香は誓います。天広 太陽と高遠 正詠を友として、これからもずっと……三人で支え合い、どのような苦境も乗り越えることを」


 リリィがロビンと同じように彼女の左手へと移動した。

 正詠と遥香が僕を見た。


「はっずいなぁ……天広 太陽は誓う。高遠 正詠と那須 遥香を友として。僕たち三人の絆は、えーっと、どのような壁にも屈しないことを」


 テラスが僕の手の上へ現れる。


「せーので同志宣誓って言うんだぞ?」

「おけ」

「うん!」


 正詠は一呼吸置く。


「せーの……」

「「「同志宣誓コムレイド・オース!」」」


 カッと三人の端末が光った。その光は細い糸となり僕たち三人を繋ぐ輪となる。


「おぉ……なんか、なんか、うん。特に変わりないな」


 本当に変わりない。僕が首を傾げると、テラスが両手を広げた。


「ん……これ、って?」


 テラスの前に何かが表示された。


 ・高遠 正詠

 ・那須 遥香


  共に至近距離。


 うわ、すげーいらねぇ情報じゃん。近くにいることを知ったところでどうしようもねぇじゃん。


「この情報……いる?」

「相棒ゲームのときにはもっとちゃんとした情報出るから。お前ホント相棒のことになると後ろ向きだなぁ」

「だからその相棒ゲームのこと教えてよ、正詠」


 正詠は頭を振った。


「ロビン。相棒ゲームバディゲーム、プラクティス。リリィとテラスだ」


 ロビンはこくり頷いて、リリィとテラスを見た。二人は頷いて、僕らを見た。


「ほら、やるぞ」


 正詠は手をグーに握っている。

 この動作は知っている。どこからどう見てもじゃんけんを始めようとしている。相棒ゲームっていうのは、確かシミュレーションゲームじゃなかったけ。何、これ。じゃんけんをシミュレーションするの、馬鹿なの?


「じゃんけんだよな、その動作」


 間違えてはいないと思うが、間違えていることを期待して聞いてみる。

 意外と冗談を言う正詠だ。「ははは、まさか」と言ってくれるはずだ。


「じゃんけんだ。練習にちょうどいいだろ」

「……マジかよ」

「マジだ」


 遥香を見てみると、別に気にしていないようだった。

 まぁこいつはあんまりゲームとか興味ないし、じゃんけんぐらいのほうがわかりやすいしいいんだろうな。


「よし、いくぞ」

「おう」

「うん」


 一呼吸おいて。


「「「じゃーんけーん、ぽん……!」」」


 三人が同時に手を下ろす。僕と遥香がグーで正詠がパーだった。

 ピピピ、という電子音が聞こえる。そしてロビンからパンパカパーンと気の抜けるような音がした。


「ロビンのレベルが上がったな」

「っておまっ!」

「安心しろ、練習だからな。レベルが上がったように見えるだけだ」

「え?」

「相棒ゲームってのは、有名なシミュレーションゲームだけじゃないんだぞ。今みたいなじゃんけんだって相棒ゲームに分類されているし、チェスや将棋、トランプにだって相棒ゲームってのは存在するんだ」

「よくわからん」


 正詠は自分の鞄からノートとペンを取り出して何かを書き始めた。そんな様子を見たテラスは身を乗り出して、正詠のノートをじっと見つめている。もしかしたらまたけんけんぱをすると勘違いしているのかもしれない。


「いいか、相棒ゲームってのは、相棒を使ったゲームの“総称”だ。さっきも言ったが、相棒ゲームには多くの種類がある。最も有名なのがVRバーチャルリアリティを用いたシミュレーションゲームだ。で、他にも相棒の特性を活かしたゲームは開拓され続けている。最近出来たので言えばテニスだな」


 正詠はノートに大きな丸を書いている。その中には相棒ゲームの種類が数個書かれていた。そしてその大きな丸の横には、小さい丸で例外とあった。


「例外って何なんだ?」

「あーこれは日本特有なんだが、武道に関しては相棒を使うことを一切禁じられている」


 あーなるほどね。武士道を重んじるのは日本人によくある特徴だもんな。


「はいはーい、質問でーす」

「なんだ、遥香」

「相棒ゲームってどこでもできるわけじゃないよね? じゃあどうやって今のロビンみたくレベル上げるの?」


 うんうん、その通りだ。自分を支えてくれる教育端末が弱いままではあまりにも頼りない。


「……あのな、そのために勉強して学力を上げるんだろ。相棒の手っ取り早い成長方法は学力を上げることだぞ」


 さもありなん。

 確かに担任もそんなことを言っていた。なんか色々納得いった。学力が上がれば自然と相棒はレベルも上がるし、色んなゲームやって更にレベルが高くなれば、多くの人と交流を持っていると見られる。

 なるほど。進学、就職に便利、か。相棒見れば今までの努力や趣味なんてすぐにわかるもんな。なるほどなるほど。

 それにしても……少し気になるところがあるからついでに聞いておこう。


「僕からもいいか?」

「おう」

「なぁんで勉強の機械にゲーム機能付けたんだ? 非効率だろ、遊ぶことになるし」


 うちの親父を見る限り、遊び心とか無さそうだし、公務員って。


「相棒が普及してすぐに天才がお遊びでプログラムを作ったら、爆発的に広がったらしいぞ」

「ん? じゃあこれって一般人が勝手に作ったのか」

「そうだ。そんであまりにも人気が出過ぎたから、国が丸ごと買い取ったんだ。まぁ、子供はゲームが好きだし、勉強とゲームを混ぜれば良い効果が得られると思ったんだろ」


 正詠はやれやれと肩を竦めた。内心その天才に感心しているに違いない。しかし、その後に小さくため息をついた。


「そしてここで悲報だ。これからの授業は今までと違ってさらりとやるらしいぜ。部活の先輩が言ってたけど、ほとんど解説なし、わからなかったら相棒に聞け、で終わりらしい」


 ぐぇ、職務怠慢じゃんそれ。


「というわけで、だ。今日出た数学の宿題と来週の英語の予習を行う」

「正詠、テメー……」

「あんた……」


 数学は遥香の苦手科目、英語は僕の苦手科目だ。


「あ、でも私ぃ勉強道具忘れたって言うかぁ」

「取ってこい」

「でも夜はきけ……」

「お前の家は斜め向かいだ、行け」

「……はい」


 肩を落として遥香は出て行った。

「ほらお前もだ。まずは数学から終わらせるぞ」


「へいへい」


 そして、相棒ゲームで遊ぶため、僕たちはまず相棒を強くする勉学に励むのだった。

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