Never Surrender

誇高悠登

第1話 死後(サレン)

 熱く激しく燃える炎。

 赤く、赤く、赤く。

 立ち上る煙はどこに消えていくのか、空へと流され消えていく。


「これは……」


炎の前に立つ男は、これだけ近くに居るにも関わらずに、炎の熱を感じないことに、疑問を感じているのであった。

いや、疑問なのは熱を感じないだけではなく、この燃えている景色に見覚えがあるからなのかも知れない。


「夢……か」


 これは過去。

 だからこそ、この炎は熱くないし――焼かれているあの家にも、見覚えがある。

 幼い時に、自分が住んでいた場所。

 それだけじゃない。

 ここは――。


「ほう、君の存在はここで形成されたわけか」


「……誰だ?」


 燃えている炎の中から現れた、金色の髪をした少女。長く美しい髪の毛は、少女の腰まで伸びていた。炎をまとった少女は神々しさと共にゆっくりと男の元へと歩いてきた。


「いやー。やっぱ、機嫌がいいね。最も、向こうは普通の男子の部屋みたいでツマラナイけど、こっちは、迫力があっていいねぇ」


 くるん。

 炎に焼かれていた、金色の髪をなびかせ一回転する少女。それほど勢い良く回ったわけではないが、その金色の眼を再び男が目にした時には、少女の炎は全て消えていた。

 元々、燃えてもいなかったのだろうか。

 焦げた後すらも少女にはない。


「……何を言っている?」


「さぁね、ただ――」


 これも世界の違いかもね。

 少女はそう述べた。


(世界の違いだと? こいつは何を言っている?)


 眉をしかめ少女の言葉を噛みしめる男。だが、どれだけ考えても答えは出てこない。


(ならば、考えるだけ無駄か)


 分からないのならば、少女の知っている事を聞き出せばいいだけ。

 男はそう判断する。


「ここはどこだ?」


「どこだなんて、自分が一番知っているはずだよ?」


 手を後ろで組み、下唇を僅かに噛んで微笑む少女。


「……そんな事は分かっている」


 この景色を男は忘れる事はない。

 忘れようとしても忘れられない――何事もなく、仕方ないとあきらめることが出来ればどれだけ良かったのか。


「だが、ここは、この場所は確かに滅んだはず」


「そうだよね。だからこそ、君は世界へと反攻続けているのだから」


 ピョン。と、一歩跳ね、男の懐に飛び込んだ少女。


「貴様……。俺の敵か?」


 上目に男を見る少女。

 そんな可愛らしさに、抱きしめたくもなってしまうかもや知れないが、この男はそんな事をするわけもなく、鋭い目つきで見下ろすだけである。

 だが、男の鋭い目つきにも怯まずに、挑発的な笑みを浮かべた。


「だとしたら、どうするの?」


「聞くまでもない」


 男は腰につけていた細長い武器を取り出す。

 刀とも違う器用な形の武器。

 柄から先端へと細くなっていくその形状は――。


「小型のランスか」


 良い武器だねぇ。

 少女へと向けられたランス。

 小型とは言えども、人の体を貫くには、十分すぎる大きさを持っている。

 鋭いランスの先端が、少女の肌を僅かに歪ませている。


「いやー怖いねぇ」


 ほんの僅かにでも動けば、自分を貫くかもしれないというにも関わらずに、少女は涼しい顔で手を上にあげるだけであった。


「ふざけるな。何が目的だ?」


「さーねー」


 上げた手をヒラヒラと振る。

 その仕草は、明らかに答える気がなかった。


「そうか、なら……」


 男は瞬時にランスを突き出す。小型ゆえに力の伝達が早い小型のランスは、少女の体をいとも容易く貫いた。

 用に見えた。

だが――。


「いやー、やっぱ怖いなぁ」


「なに!?」


 今まで、表情を超えてこなかった男が動揺する。自分の前に居た少女が、一瞬の隙に背後へと移動していたから。


(いや、隙を見てじゃない。確かにこの手には感触が……)


「なら!」


 後ろに居る少女へ、今度は振り向きながらランスを横に薙ぐ。

 遠心力をプラスした一閃。


「うおっ! 即座に攻撃をしかけるとは、やるねぇ」


 だがやはり、少女に、ランスは届かなかった。

 いや、届いてはいるのだろう。男の手にはしっかりと感触が残っている。

だが、ふわりと、男の頭上に浮いた少女には、傷一つ、服の乱れ一つないのだった。


「貴様……」


「そんな目で見ないでよ。攻撃が届かなくても仕方ないでしょ? だって私は神様だからさ」


「神? 神だと?」


 そんなものが存在するわけがない。

 男はランスを頭上に居る少女へと突き出す。


「そ、神様に何て勝てないよ。君が――一国の騎士団に勝てないように」


 耳元で囁く少女。

 何度、武器を振ろうとも、当たってはいるのだろうが、感触だけしか残らない。そんな虚しさよりも、少女が囁いた言葉が、男の動きを止めたようだ。


「…………」


「ふん? 分かってくれた? だよねぇ。身をもって知ってるもんね、絶対に勝てない相手が居ることをさ」


「…………」


「まあ。でも、私は君のそんなところを評価しよう。たとえ勝てなくてもね」


 励ますように男の肩に手を置く神様。

 しかし、神様の励ましすらも、この男は否定するのだった。

 自身の方に置かれた手を払いのけることで、《敗北》を否定するかの様に。


「勝てない? ふざけるな! 自分の意志ですらなく、暴挙を尽くす奴らに、俺が負けているなど在り得ない」


 男の声が僅かに荒くなった。


「さあ? でも、敵の数が多くて、怪我を負い、逃げ帰っているのが現状なのではないか?」


 神様である少女は、いや、少女だけでなくてもそう思えてしまうのが男の実際だ。

 挑んでは負け。

 負けては挑む。

 男のポテンシャルは相当に高い。少女も実際に太刀筋を見て実感する。


(だが、この世界――いや、全ての世界に置いて、一人で勝つことは難しいのかも知れない)


 世界を管理するのが少女の役目で神の仕事だ。

幾度となくそんな歴史を見てきた。


「……逃げてなどいない」


 それでも、負けを認めず、挑み続けるこの男には、教えてやらねばならない。

 現実と言うものを。


「どうだろうねー。敵さんはそう思ってるんじゃない?」


「黙れ!」


「君がどれだけ否定しようとも、君たちは死んでしまったのだよ」


 それが神様である少女が突きつけた現実だ。

 どれだけ負けを否定しようとも、男は無残にも殺されてしまった。


「死んだ? 俺が」


「そ、君の運も底をつき――と、言うか、ほら、流石の騎士団も、ちょっかいかけてくる君を面倒くさくなったのか、正面から相手してくれたんだよ」


「……」


「君が生き残っていたのは、騎士団に君を殺せと言う命令が出ていなかったから。だから深追いもしてこなかったのだけれど、流石に命令が出たみたいだね」


「それで……俺は死んだのか?」


 ランスを強く握る男。自分が死んだとはまだ受け入れられないでいた。


「まあ、そうなるねー。悲惨だったよ? 魔法に焼かれ、剣で刺され、見るも無残に殺されてしまった君の姿は」


「……」


 何も言わずに俯いた男に、


「落ち込まなくていいよ。君はそれだけの男だったって事さ」

 と、少なくとも慰めたつもりの神だったが、しかし、男が気にしていたのは、自分の死ではなかった。


「貴様、《君たち》と言ったな」


「うん」


 つまり、自分以外にも死んだ人間いが居るという事。


「じゃあ、あいつも死んだのか?」


 一人で戦い続ける男を、陰ながらに見守っていた存在。


「気になるの?」


「少しな。勝手に死ぬのは構わないが、俺を庇って死んだのならば、話は別だ」


「それは大丈夫だよ。って、言うか、ごめんね。言い方が悪かった。機嫌がいいと話が混ざっちゃうなー」


 金色の髪を掻く。


「……どういう意味だ」


「ああ、君を助けてくれていた彼女は、普通に生きているよ」


「なに? ならば《君たち》とはどういう意味だ?」


「もう、せっかちだな。後でゆっくり教えようと思っていたのに」


 少女は燃えている炎に向けて両手を突き出し、


「死んじゃったのは異世界の彼。いまつなげるからさ」


 と、男に言う。


「炎が動いていく……?」


 激しく燃えていた炎が渦を巻くように激しく一定の方向に回っていく。

大きく円を描いていく炎の中心は黒い。これまでにも男は炎を操る《魔法》は幾度となく見てきてはいるか、《魔法》とは違う、神秘的な炎の舞に目を奪われる。


「うーん、よし!」


 中心にある黒い部分が一瞬。明るくなる。映し出されるのは炎に焼かれた家の残骸では無くて、男からすれば考えられない光景だった。

 貴族しか住めない様なしっかりとした住宅が密集してそびえたっていた。


「これは……?」


「異世界の光景だよ」


「異世界……?」


「こことは違う世界。向こうも平和には平和なんだけどさ、一定の場所での争いはやはり絶えないんだよね」


 口を突き出す少女。


「争い……」


「どこの世界でも戦争、戦争。嫌になっちゃうよね」


 二人が話している間にも、景色が変わっていく。


「よし、ここだね」


 少女は目的の場所を見つけたのか、両手を下す。

 そうして移りだしたのは、一人の少年。

男と年は近いくらいの少年だ。


「こいつは?」


 年が近くとも、身に着けている衣服から表情まで、全く違う見たこともないものだった。


(まるで、子供か)


 純粋さが残ったその少年を男は一目でそう看破した。


「ええとね、椋木 朧くん」


「名前は別にどうでもいい」


「そうなの?」


 良い名前だよねとそれこそどうでも良い事を告げる少女。


「こんな虫も殺せない男を見せて何がしたい?」


「いやー鈍いな」


 ふふん。と、自慢げな表情をする。


「まさか、こんな弱そうなやつを俺が殺せば生き返らしてもらえるってわけじゃないだろうな」


「惜しい!」


 指を鳴らす神様は、二人とも死んでしまっているというにも関わらずにどこか、楽しそうだった。


「なるほど、生き返りはしないが……こいつを殺せばいいのか?」


 最後に異世界の人間を殺すのも悪くはない。


「いや、君はすぐ殺そうとするね・惜しいのはそこじゃなくて」


 殺すのでなければ、生き返るという事が惜しいのか?

 ならば、


「俺は生き返ることができるのか?」


「その通り。それに、彼を殺すって言っても、彼も君と一緒で死んでしまっているし」


 悲しいかな。

 彼は自ら首をくくって死にました。


「なに……?」


「だから、私は機嫌が良いんだよ」


 首を吊ったことで機嫌がよくなる神様。

 神の考えることは良く分からない。


「…………」


「なんたって、二人同時のタイミングで死んでくれたのがいいね!」


「二人……同時に?」


 それこそが、神様を上機嫌にしている根源らしい。


「そう、それを使えば、いろいろな事が省略できるのよ。神様感激だね」


 手を大きく広げて万歳する少女。


「……何をすれば、俺は生き返られる?」


 少女がどれだけ大きく喜びを表そうとも、男にとってはそれが一番重要だ。

 生き返ることが出来るのであれば、俺は生き返りたい。

 挑み続けたい。

 男はそう考えていた。


「君たちには入れ替わって世界を救って貰おうって訳さ」


「入れ替わる……だと?」


「ああ、心配しないでくれ。入れ替わるって言っても意識だけだから」


「ふざけてるのか?」


「ふざけてないよ。大真面目さ」


 ほい、と作り上げていた炎の渦が消える。

 そこに残ったのは燃え尽きた家を前に、涙をこらえる幼い少年。


「それで一体何がしたい?」


 その姿は男の過去。

 まるで、自分の生きる道を改めて確認させるかのようだ。

 死してなお、忘れられない光景。


「だから、落ち着いてって。ここからは、二人まとめて話すからさ、お楽しみは後でって事でね」


 金色の少女はそう言うと、男の手を握った。

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