bread-15 fight
「……だる」
やっぱり風邪ひいたかな。
デスクの上に広げてある新作シューズの受注リスト。数字がブレて仕事にならない。
「菊地さん!これ!また俺食っていいんすか!」
ささのベーカリーの紙袋を見つけた後輩の加賀が隣で喜ぶ。
――今朝。
土曜日だから、久々に約束のない普通の朝。
調子がイマイチだということもあって、今日は走るのも止めてギリギリまで寝ていた。
寝ていた……といっても、体のスイッチはいつも通りの時間に入ってしまう。
いつもと同じ時間に覚めた目で、暫くぼーっと天井を眺めた。
毎朝、15分も取られることは本当ならちょっと厄介なことで……。約束したはいいけど、面倒だなと思う部分も勿論あった。
『捨てないで持っててもいいですか?』
昨日、電話番号の書かれたレシートを宝物のように両手で包んだ彼女。
俺のどこがそんなにいいんだろう。
不思議でしょうがない。
『菊地さん!これ、良かったら食べて下さい!』
『え?今日土曜……』
『わかってます。でもちゃんと食べなきゃ疲れに勝てませんよ!』
今日は無理矢理、紙袋を押し付けられた。
『中身はあんぱんと栄養ドリンクです!』
あの日、粒の方を選んだのは、ただの消去法だったのに。
『ちゃんと粒あんの方ですからね!』
自信たっぷりに……嬉しそうに笑う彼女の顔が頭にこびりついて離れなかった。
「食いたかったんすよ!!菊地さん全然持って来なくなっちゃって、自分で買いに行こうかと思ってたんすから!」
加賀はそう言うと当たり前のように袋に手を伸ばしたが、俺の行動を見てすぐに残念そうにした。
「菊地さーん!」
加賀の反対側へと遠ざけた紙袋。
「これ、俺の」
「もうやらないから、予定通り自分で買ってこい」
嘆く後輩に聞かれた店の場所。
何でそう言ったか自分でもイマイチわからない。
こいつだって、駅の売店の方が買いやすいかもしれないのに。
「東高の横の道、ずっと上がってったとこにあるよ」
なぜか、本店の場所しか教えなかった。
『何だ……俺』
――きっと体調が悪いからだ。
いつもより弱っているところに、彼女が優しく触れるから。
見せないように隠してきた心の奥にスルリと入ってくるから。
紙袋の中からドリンクを取り出す。
ラベルの端に、さりげなく彼女の字があった。
『fight』
ただ一言。たった一言。
『頑張れ』でも『お疲れ様』でもない、その言葉に思わず顔が緩んでしまう。
「ファイト……か」
蓋をひねり一気に飲み干す。
彼女がくれたドリンクは本来の成分の他にも何か入っているのかもしれない。
『菊地さん!!ファイト~!!』
朝日に両手を掲げるように、俺に向かって両手を掲げ微笑む彼女の姿を、その日は何度も思い浮かべた。
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