school-14 キミの一番

「あ!イチが来てる!」


 玄関に並んだ靴の中にイチ君のスニーカーを見つけた光は、嬉しそうに園帽を脱いで鞄を放り投げた。


「光っ!お姉ちゃんはまだお勉強中だからあとでね!」


 イチ君に遊んでもらおうと思ったのだろう。

 勢いよく階段を半分まで駆け上がっていた光は、私の言葉を聞くととてもつまらなそうに下を向いた。


「……パパも!」


 トレイに飲み物をのせて二階に上がろうとしていたもう一人にも声をかける。


 雪くんは光と同じように少しだけつまらなそうな顔をして渋々店に戻った。


 あの日、彼とアイスを買いに行ってから明らかにスッキリした萌の表情。


『好きなやつが出来たかぁ……』


 それとは対称的に雪くんの顔はかなり寂しげで『父親』そのものだった。


 萌はしばらくの間とても不自然で、呼び掛けてもぼーっとしていたり何かを思い出して急に赤くなったりしていたが、イチ君に付き添われジャージ姿で帰ってきたあの日様子が完全に変わったことに気が付いた。


 恋する女の子の顔だった。


 洗濯しようと汚れた制服を広げた時に見つけた、ポケットの中の折られた紙飛行機一つ。


『萌、これ?』


 そう聞くと、萌は真っ赤になり私の手からそれを奪い取り隠す。


『間違えたやつ……自分で捨てるから』


 ――イチのこと――


 それだけしか書かれていなかったけど何があったか理解するには十分すぎるメモだった。



「ふふふっ」


 目の前で、全く仕事にならない彼を見て思わず笑みがこぼれる。


「何笑ってんの。なんか上、静かすぎないか?!ちょっと見てこようか!」

「僕も!」


 少し不機嫌な二人を私は再び呼び止める。


 大丈夫よ。

 まだだめよ。


 私にそう注意された彼らは、また二人揃って残念そうに下を向く。顔立ちの似た二人がもっとそっくりに見えた瞬間だった。



「あっ!イチ!」


 一時間ほど過ぎて部屋から出てきた二人に、光はすぐに気が付き声をかけた。

 それとは逆に、雪くんは全く気にしていなかった素振りを見せたから私は可笑しくて仕方がなかった。



『あ、あの!萌のことちゃんと大事にします!』


 帰り際、イチ君はハッキリとした声でそう言った。


 昔、前の夫と対峙した雪くんと今のイチ君の雰囲気がどことなく似てるとふと思った。


 ――真っ直ぐで強い人。


 娘が彼と似た人を選んだような気がして私は何だか嬉しかった。


 けれど彼の気持ちはそこにはいなかったらしい。


『イチ、まず!』


 直球で向かってきた彼に、雪くんは笑顔も見せずに門限や決まりを細かく話して聞かせたものだから、すっかり萌に嫌がられてしまった。


『そこは、わかったよ!でいいじゃん!パパの意地悪っ!』


 イチ君を送る娘の怒った後ろ姿を目の当たりにして、明らかに元気のなくなった隣の彼を慰めてあげようと思う。

 私が入れたココアは、彼のよりも少し落ちるが彼を癒してあげられるだろうか。


 大丈夫。


 あの子にとって、あなたの存在はとてもとても大きいから……素敵なイチ君でさえ、きっとなかなか追い越せないわ。


 いつか、彼の順位が一番になった日が来たとしてもあなたは決して悲しまないで。


 その日は、あなたが殿堂入りした日だと私が教えてあげるから。




 ―END―



 ただ、いつも、この街で。school編 最終話

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