ただ、いつも、この街で。

嘉田 まりこ

Office-1 はじまりの日

 『職場から近い』

 もちろんそれも大きな決め手になった。

 ――けれど、それよりも。


 私は、この街に一目惚れしてしまったのだ。


 都会なのは間違いないのに、レンガ造りの駅舎、石畳の坂、アンティーク感溢れる建物。昔遊んだシルバニアを並べたような街並み。ここに住もうと即決だった。

 さっき買ったクリームパンを公園のベンチに座り頬張る。


「なにこれ!すごい美味しいっ!」


 やっぱりこの街に決めて正解だった。

 少し先にあったレストランも近々行ってみよう。お洒落な名前の……えーっと何だったかな。


「ア、ア……?」


 ――と、とにかく可愛いお店だった。


 見上げると、緑の葉っぱがキラキラ光り、私を歓迎してくれているようだった。

 遠くから小さい子の遊ぶ声が聞こえる。そうかと思うと、体育のホイッスルのような音。


「幼稚園と大きな高校があるって不動産やさん言ってたもんな」


 なにもかもうまく行きすぎていて怖いくらいだった。憧れのあの会社に入れたことも、この街の一員になれたことも。


「運ぜーんぶ使っちゃったかも!!」


 私は大きく伸びをして体いっぱいに眩しい光を浴びた。何でもうまくいきそうな、そんな気がする。



 ふと名前も知らないあの人のことが思い出された。入社式の時に見かけた素敵な人。


 背が高くて。

 顔が小さくて。

 足が長くて。

 そこらへんの俳優より断然かっこいい。

 細身のスーツが似合ってて……


 知りたい。部署と、名前。



「同じ部署だったらどうしよう!!」



 神様、仏様、どうか宜しくお願いします!

 麻生あそう 紗良さら、もうこれ以上は望みません。

 だからお願いします!



『素敵な出会いがありますように』

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