3Dインファイト一回戦
翌日、ヨハンは藤堂に車を借りて名古屋市内を移動する。
流石に世界に名立たる自動車メーカーが集結する都市だけでもあり、自動運転のためのインフラがよく整っている。ただ、発光する中央分離帯は日本全国にあるわけではなく、都市部や高速道路にしか設置されていないのが現状だ。
リクライニングチェアーに腰掛けて、ヨハンは優雅に朝食を取る。
カーテレビからは取り留めのない情報が流れていたが、その中の一つがヨハンの意識を突っついた。
『本日未明、光川重工の自律型ロボットASEMAが何者かに襲撃され、破壊される事件が起きました。容疑は材料工具メーカーに勤める男性、秋山智容疑者にかけられており、現在警察が行方を追っています』
「……ここでもロボット狩りか」
ヨハンは眉を潜め、琥珀色に澄んだ紅茶に唇を付ける。
去年にスペインで行われたリスボン会議において、人間型ロボットの自律能力についての議題が検討された。その内容は自律型ロボットと他律型ロボット、どちらの制御方式が優れているかを試すものであり、この会議でオブザーバーだった九基の超高度AI全てが『自律型ロボットは将来制御しきれなくなる』と回答した。
理由は色々あるものの、主な原因は自律型ロボットの長期運用によるトラブルであり、様々な環境下で独自に成長していくロボットたちは、人間の生活の中で利害を衝突させることがしばしばあったのだ。
以降、社会的な流れとしては自律型ロボットの排斥運動が活性化しており、ネットワーク経由のクラウド方式で制御されるhIEなどの他律型ロボットが主流になり始めている。といっても、まだまだ過渡期でもあるため、非常に質の良い自律ロボットはまだまだ数多く稼働しており、他律型ロボットのぎこちない動作とは比べ物にならない性能を発揮したりもしている。
「昔の人間はあんなにもロボットを愛していたというのにのう……」
ヨハンはチャンネルを切り替えて、ロボットアニメの動画を再生する。自動車の内部はすぐにシアターへと変貌し、ヨハンは会場に到着するまでの間、ロボットがロボットを破壊するアニメを視聴し続けていた。
しかし、アニメを見続けているうちにふと妙な感情を抱くのだ。
昔のロボットアニメですら、ロボットが壊れない作品など無いと言っていい。
もしかすると、ロボットは破壊されるからこそ美しいのだろうか、とも思う。
破壊の瞬間にこそ、人々は手に汗を握り心を沸き立たせ、打ち震えさせるのかもしれない。
人間は元来そうした感情を構造的に抱く生き物なのだろうか。
古来から繰り返されるロボットが破壊される様式美に考えを巡らせているうちに、藤堂の車は会場へと到着した。
ヨハンは車の駐車を待つと、恐る恐る運転席から降りる。駐車場にはところどころ監視カメラが備え付けてあり、無機質な視線をヨハンへと注いでいる。
ヨハンは窮屈そうにカメラの死角を探すと、身を滑り込ませた。
ヨハンは死角の線を辿りながら、覚束無い足取りでイベントブースへと向かう。普段は展示場として使われている建物だが、様々な要請と共にその用途を変える便利な場所であり、今日は『3Dインファイト』の大会が開催されるために、関係者で貸切になっている。
といっても参加者が直接ここまで足を運ぶパターンは非常に少ない。その多くが自宅でバイザーを付け、遠隔地であるここで3Dプリンターを動かし、自分たちのロボットを印刷することが多いようだ。
案の定会場は人がまばらだったが、この大会は動画配信もされるために意外と視聴者は多かったりする。ヨハンもロシアにいた時は、ネットで『3Dインファイト』の対戦動画をよく視聴しており、本拠地である日本への期待を膨らませたものだった。
この大会に出るのは、何だかんだで夢だったのだ。
テンションが上がらない方がおかしい。
「受付はこちらで行っております」
「ウォッカじゃ。エントリーナンバー03」
ヨハンは登録の際に使ったニックネームを名乗る。
「ご予約承っております。こちらが番号になりますので胸元にお付けください。また今回大会で使用するバイザーもこちらのものを使ってもらいますのでご容赦ください」
「うむ」
ヨハンはバッチとバイザーを受け取り、選手の控え室へと向かう。といっても、今回わざわざ会場まで足を運んだのはヨハンだけだったらしく、ほかの選手の姿は見えなかった。
開会式が始まり、司会者が簡単なルール説明を始める。ヨハンは控え室でモニターに映るリングの様子と、画面のところどころに現れる視聴者コメントに目を向けた。
『さて、第三十四回3Dインファイト名古屋大会を始めます! 今回のエントリー数は三十五名! トーナメント形式で勝負を争ってもらいます! 初見の方も居られることと思いますので、まずは簡単なルール説明をさせていただきます!』
画面上にはテキスト化された湧き上がる歓声。休日ということもあって視聴者数は千人を超えているらしい。
『ルールは簡単! 選手同士のロボットを争わせて、先に相手のロボットの制御回路――すなわち脳みそを破壊すれば勝利です! 3Dプリンターの印刷可能寸法以内ならどんなロボットでも、どんな材料を選択しても構いません! ただし機体に賭けられるコスト上限が決まっていますので、あまり装甲に高価な材料を使いすぎても中身がスカスカになってしまいます! ですので、選手たちには機体のデザインや構造もさる事ながら、コストも考慮に入れたバランス感覚が肝心になってきます! 印刷そのものにもコストがかかるので、自ら製作した部品の持ち込みも今大会のルールでは可能となっております!』
まあこんなことを言ってはいるものの、計算のほとんどをAIが代理してくれているので、コストに関しては最適な値が自動的に選ばれている。後はユーザーの好みでバランスを調整するくらいで、設計の質自体は大人がやっても子供がやっても出来は変わらない。
如実に勝敗に関わってくるのは、むしろ選手たちがどのような戦術や戦略を選ぶかによるだろう。あくまでAIは選手に対して選択肢を提示するのみなので、戦局によってどのような決定を選手が下すかで勝負は決する。純粋に選手同士の頭脳比べになるというわけだ。そういう意味では将棋やチェスなどといった遊戯に本質は近い。
『それでは大会を始めます!』
ヨハンのバイザーにトーナメント表が投影される。それを見てヨハンの口元に笑みが浮かんだ。
「ふむ、これも宿命か」
『第一回戦はエントリーナンバー03、ウォッカ選手! 機体名《
ヨハンはバイザーを起動させ、会場の3Dプリンターへと接続する。控え室から会場への廊下を歩きながら、バイザー内に映し出された各種武器情報の最終確認を終える。
イベント会場には司会者や運営以外の人の気配はなく、ヨハンはぽつねんと一人リングの傍に立つ。
『それではいよいよ始まります! レディ!』
対面する二機の3Dプリンターがそのままロボットたちの登場舞台となり、眼前の白タイルのリングを前に、両機とも唸りを上げて印刷を始める。
「さて、景気づけに一発行くか」
ヨハンは喉の調子を整え、芝居がかった仕草で叫ぶ。
「エントリーナンバー03、登録名ウォッカ。登録機体名《四喰》――出撃する!」
プリンターの扉が開け放たれ、中から緑の機体が躍り出る。
三種の複眼を切り替え、踵のタイヤで景気よくタイルを蹴り出す。まずはタイヤのゴムとタイルの摩擦のサンプルデータを取得し、摩擦係数の解析と共にゴムのグリップ力を数値化する。
対して対面のプリンタから飛び出したのは、八本足の蜘蛛型ロボットだ。
名前通りの姿かたちをしており、小刻みに節足を動かすと口元に密集している小マニピュレータが蠢いた。何かもぐもぐと咀嚼するような動きだが――
「《かたち》通りの機能か?」
蜘蛛の口から糸が放たれる。はなから《四喰》とは別の場所に糸を巡らせ、複数の糸を紡いでいく。何らかの罠であることは間違いが無いので、ヨハンは《四喰》を迂回させると、別ルートから距離を詰めにかかる。《四喰》の背中のジェットパックが唸り声を上げ始めた。
《土蜘蛛》は更に口元から黒い糸を紡ぐ。この黒い糸が遠方の《四喰》目掛けて振り下ろされた。《四喰》は右足の踵のパイルバンカーをリングに突き刺し、左足のタイヤで走り抜ける。そうすることで右足を起点に最小半径での旋回が可能となり、突如として軌道を変えた《四喰》を捉えきれずに――黒い糸がリングのタイルを切り裂いた。
『おっと、《土蜘蛛》の黒い糸は何かが違う! 床を真っ二つに叩き割ったぞぉ!? 《四喰》はこれを上手く回避しました!』
「随分と切れ味が良いのう」
甲高い馬の嘶きのような音と共にタイヤを滑らせる。ハイグリップ力を兼ね備えたタイヤを使用しているため、その分摩耗コントロールには気をつけなければならない。ヨハンはタイヤのグリップの残量を数値化したデータを眺めながら、背中のバックパックをいよいよ点火する。
ぼふん、と不抜けた音を立ててバックパックからは黒煙がもうもと立ち込める。
空中に飛び立つと予想していたのだろう、《土蜘蛛》は一瞬二本の節足を上空に向けるものの、地を走り続ける《四喰》を前に所在なさげに足を下ろした。
「くくっ……ジェットノズルの《かたち》をしているから、飛行機能があると思ったじゃろ?」
相手の選手に対する簡単なアナログハックだ。
アナログハックとは人間の意識をセキュリティーホールと考え、そこに漬け込んで意識を誘導する技術、あるいは性質のことを指している。
例えばヒトは子供を見ると守らなければと感じる。これには子供という《かたち》にヒトの意識が誘導され、その《かたち》に対して『愛しさ』であったり『守らなければならない』などの《いみ》を見出すヒトの性質が現れている。
この場合、ヨハンはバックパックの《かたち》から『飛行機能を持つ』という《いみ》を連想させて相手に警戒を与えた。これがアナログハックだ。
しかしあくまでもそれはブラフであり、本当の意味はこの煙の散布にこそ存在する。
《四喰》はリング上を走り回りながら、背中からの黒煙を巻き続ける。
『おっと、相手の視界機能を奪う気なのでしょうか! なかなかこっすい戦い方をします!』
視界の悪くなったリングの中を、《四喰》は三種の複眼を使い分ける事によって難なく移動する。サーモグラフィ方式に視界を切り替えつつ、《四喰》は更に煙の中に紛れ込ませた超小型ドローンによる集音作業を開始する。
《土蜘蛛》はこちらの攪乱を無視するように、せっせと蜘蛛の巣のようなものを作り続けている。どうやら、あえてこちらの煙幕を逆手に取った戦法を取っているらしい。相手もなかなか手の込んだ戦い方をするタイプと見たが、《四喰》は温度と音の視界によって完全に《土蜘蛛》の姿を捉えている。
その《土蜘蛛》が、《四喰》の三つの複眼よりも数の多い無数の複眼をぎょろぎょろとあちこちに向けている。そのどれもがただの視覚センサであると考えるほどヨハンは甘くはない。超音波センサや集音センサで周囲の情報は取得していると見ていいだろう。
「虎穴に入らんば虎子を得ず。蜘蛛の巣に入らねば蜘蛛を殺せずか」
ヨハンは煙の中に散布させていた小型ドローンを一斉に《土蜘蛛》へとぶつける。《土蜘蛛》は例の黒い糸でその悉くを切り裂くものの、それこそがヨハンの狙いだった。
ドローンの断片の中から、更に微細な集音機能を持った通信機が散布され、《土蜘蛛》の表面に張り付く。ヨハンは通信機からの更に詳細な音データを用いて周波数解析を開始する。
その瞬間、いきなり《土蜘蛛》が跳躍した。
《土蜘蛛》は次々と空間を蹴り飛ばし、《四喰》へと肉薄する。
『と、飛んでいる!? 空を飛んでいます! いや、これは空を走っているというべきでしょうか! 飛ぶふりをして飛ばなかった《四喰》とはまさかの逆パターン! 度肝を抜かれます!』
《土蜘蛛》はリングに張り巡らせた糸の上を足場に、こちらへと急接近しているのだろう。
《四喰》は足元のパイルバンカーを床に打ち付けて急制動を掛けるが間に合わない。
《土蜘蛛》が至近距離で糸を吐き出す。今度は放射状に広がった糸が《四喰》の片腕に付着。瞬く間に凝固した。その上に《土蜘蛛》がのしかかってくる。
『おおっとぉぉおおお! お分かりいただけたでしょうか! 煙幕で視界が見えづらいですが、《土蜘蛛》が糸を吐きました! 《四喰》拘束! これでは逃げられません!』
《四喰》はもう片方の拳で《土蜘蛛》の脇腹を殴り付け、《土蜘蛛》の機体を僅かに浮かす。ゴムの焼けるような匂いを漂わせながらタイヤで急発進し足を抜き取ると、《土蜘蛛》から距離を取ろうと後ろに下がる。
しかし、そこには既に《土蜘蛛》の巣が張り巡らされている。
粘性を持った白い糸が《四喰》の四肢に付着したまま離れない。異様な粘り気のせいで、タイヤの摩擦が完全に負けてしまっている。抜け出せない。
それでもヨハンは解析を続ける。《土蜘蛛》の跳躍軌道から、《土蜘蛛》の本体そのものの質量がその《かたち》からは想像ができないほどに軽いことを看破する。また《土蜘蛛》内部の反響音に周波数解析をかけ、《土蜘蛛》の持つ機構や構造の情報を収集、その踏破率が七十パーセントに達する。
苦し紛れに《四喰》の右手の指先から弾丸型の杭が打ち出される。小さな五本の杭は、しかしことごとくが黒い糸に切断されてバラバラになった。
微細な鉤爪のような《かたち》が糸表面に観測でき、更にはそれが微細に振動することで糸鋸のような働きをしていることが分かる。しかし原理が分かったところで《四喰》にその切断力を克服できるような機構は存在しない。
『《四喰》完全に動けません! 成すすべなしです! これは決まったかぁ! 視聴者の皆さんには、見えにくい煙幕の絵ばかりが撮れてしまったことを、この場を借りてお詫びします!』
《土蜘蛛》がその節足を振り上げる。その時誰もが《土蜘蛛》の勝利を疑ってはいなかっただろう。
ヨハンを除いて、の話ではあるが。
《土蜘蛛》は高く振り上げた節足で、そのままパイルバンカーでも打ち込むみたいに――自分の頭部を打ち抜いた。
『……………………へ?』
興奮が一気に冷えたような司会者の声が、人の少ない会場にこだまする。
《四喰》の左手が《土蜘蛛》の脚を掴んでいる。その爪の部分がもれなく全て、《土蜘蛛》の節足に突き刺さっていた。《四喰》のネイルバンカーが脚を突き抜け、そのまま《土蜘蛛》のボディを貫通している。
この杭のもうひとつの機能――
《四喰》は《土蜘蛛》の指揮系統にこの虚偽の杭――ダミー信号を送りこんだのだ。これにより一瞬だけ《土蜘蛛》の制御系は《四喰》の管理下に置かれ、《土蜘蛛》は虚偽の命令に従って自分の頭部を破壊した。
ヨハンは音データからの周波数解析で《土蜘蛛》の内部構造や制御基板の位置などを算出し、その部位をピンポイントで破壊する命令を送るウイルスをせっせと作成していたのだ。
『じ、自滅! 自滅です! 《土蜘蛛》は自らの集積回路を破壊して制御能力が失われました! 痛恨の操作ミスでしょうか!』
何も見えていない司会者が間抜けな実況を繰り返している。ヨハンは今後の戦いも見据えて余計な手の内は晒さずに、勝利の鬨を上げる素振りも見せずにその場を後にした。
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