ロボットアニメ
ヨハンは藤堂が持っていたロボットアニメの動画ファイルに片っ端から目を通す。
日本におけるロボットアニメの歴史は古く、百年以上も前からロボットの存在は愛され続けてきた。原子力で動くロボットや猫型のロボットを始め、様々なキャラクターが存在したが、中でも藤堂が強く推して来たのは1970年代のスーパーロボット系で、マジンガーやゲッターは最高だと何度も勧めてきた。
ただ、ヨハンの好みはどちらかというとリアルロボット系に偏っており、特にボトムスにどハマリした。
「最近リメイク版も放送はされてるんだけどな、やっぱり見るなら原典を見ないとだめだぜ」
百年近く前の古典的作品ではあるが、その良さは今なお色褪せないものだ。
ヨハンと藤堂は度々意見の相違でみっともなく取っ組み合ったりいがみ合ったりしたものの、最後には熱い友情を芽生えさせてお互いに強い握手をする。
「なかなか見所のあるやつじゃ」
「お前も今時のガキンチョにしてはよく分かってるじゃねぇか」
お互いにそんな馴れ合いをしているうちに、藤堂の家に『3Dインファイト』の小包が届いた。二人で飛びついて包装紙を破り、中のタブレット端末を取り出す。
ヨハンは早速指紋及び網膜認証でユーザー登録を済ませると、ソフトを起動させる。
「ほおおお……」
ヨハンは設計画面を開き、バイザーを取り付けて外部脳による入力を行おうとした。しかし画面がうんともすんとも動かない。
覗き込んでいた藤堂が訝しげにパッケージを見直す。
「なんだ、不良品か?」
「こういうのは叩けば治る」
ヨハンはこつこつとバイザーを叩き続ける。藤堂は呆れたが、しばらくするうちに動くようになって更に呆れた。
「ふふん、これでよし。さて……設計を始めるとするかの」
「よし、まず羽をつけろ。サングラスみたいな形状だと尚いいぞ」
「お前は少し黙っておれ。これはワシのロボットじゃ」
ヨハンは唇を引き結んで集中する。端末のAIがバイザーからの情報を解釈、どのような《かたち》なのかを抽出した後に、それに合わせて物理的に存在できるように、自動的にゲーム内部に用意された材料及び構造モジュールの中から最適解を模索していく。
ユーザーがロボットの材料や強度を意識することはないが、端末のAIがユーザーの意思を汲み取り、可能な限りその《かたち》を実現できるように材料や構造の中身を選択しているのだ。
「むむ……やはり色は緑がいいかのう」
2070年代は国際人工知性機構――通称IAIAが国際政治の舞台で地位を確立したこともあり、計算力を何に使うかわからない汎用AIはIAIA条約締結国の会議が通りにくくなった。そうした背景からAIは専門性を高めることを求められる事となり、この『3Dインファイト』を管理しているAIもその流れの一つとして生み出されたものだった。
すなわち、3Dプリンターの性能を遺憾なく発揮するための、材料強度計算特化型高度AIが誕生したのである。
「踵にパイルバンカーが欲しいのう。車輪も付けるか」
ヨハンが選択した武器を実現するための機構が画面内に追加され、その強度解析は瞬きの間に終わっている。少し昔の世代のエンジニアなら、この一つの作業だけに一体どれだけの時間をかけていたか。数時間では下らないだろう。
例えば材料解析の一つの手法である有限要素法は、材料に対して格子を設定し、境界条件を付け加えるなどプロのエンジニアが考えなければ誤った答えを導出してしまうような方法だった。
しかし現在ではこのプロが行うべき仕事をAIが代行し、AIが有限要素法における専門性の高い条件を全て設定する。後は馬鹿みたいに発達した計算能力でガリガリ計算式を解いた後、ユーザーには簡略化された意思決定のみを求める仕様となっているのだ。これが人間を超える超高度AIレベルになると、プロのエンジニアですら誤りを生み出す可能性を持つ存在でしかなく、足でまといになってしまう場合もある。
「おい、ヨハンこれ……ボト――」
「これが『ワシがかんがえたさいきょうのろぼっと』じゃ!」
緑色の人型の機体に三つの複眼。踵の側面には車輪が付いており、いざという時、踵からは杭が打ち出される機構となっていた。いわゆるパイルバンカーである。
インスパイア元があまりにもバレバレな機体ではあるが、背中のジェットパックやくびれた腰元など改良点も少しだけ見受けられた。
「いやはや……完璧じゃな」
「まあいいけどよ……規定に引っかかったりしないのか?」
「寸法制限は守っておるぞ」
「そういう意味じゃねぇよ」
藤堂は頭をかいていたが、フケがぼろぼろ落ちてきて非常に汚い。
「これで機体の登録は完成じゃ。後は大会に参加するだけじゃな」
「大会か……どこでやってんだ?」
藤堂が端末で調べると、ここから一番近い3Dプリンタのある闘技場は、名古屋市内の店舗にある事が分かった。
「データはあるんだから、家から現地のプリンタにデータ送って印刷する事もできるらしいぞ。自宅でバイザーを装着して遠隔操作もできるみたいだ」
「馬鹿者。現地に行って自分のロボットが印刷される様子を見ないでどうするのじゃ! 今から会場へ向かうぞ!」
「大会は明日から開催らしいぞ」
「なら明日の朝一で出発じゃ!」
「俺は朝は無理だ。一人で行ってこい」
「む?」
ヨハンは片眉を上げるものの、その白い顎に指を置いて納得する。
「まあ良い。確かにお前と一緒に行動する理由は別にないな。ならワシは一人で楽しんでくるぞ。その代わりお前の車を貸せ」
「へいへい。事故るなよ」
「ワシが運転するわけないじゃろ」
藤堂はひと仕事終わったかのように伸びをすると、部屋の奥へと消えていく。何日も風呂に入っていなかったのだから、藤堂は本来何らかの作業中だったのだろう。
ヨハンはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、再びロボットアニメの視聴を再開した。
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