73.夜鳥





「あっ、ひゃーーーーひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! ウケる! わーらーえーるーーーー! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 死神の牢獄へと堕とされた湘南の一角にて。

 死怨の死神グリムはいつものように大笑していた──否。いつものように、とはいっていない。

 その声色が、逼迫している。

 余裕からくるいつもの侮りも嘲りも、感じられない。


「洒落んなんなんなんなんないってばぁー。どーすんのよ【狩り手ハンター】ちゃん」


 そう言いながらに並走するもう一人の死神グリム──【爆滅ノ使徒ブラストバレル】もまた、いつもの緊張感の無さが何処かへいってしまったようだった。剣呑な目で【狩り手ハンター】を睨んでいる。


「どーもこーもどうにもなんないよねぇーこれは。死ぬ気で逃げるっきゃなくねー? あれらと真っ向勝負する気なんかサラサラ湧かないし、勝負したところで勝ち目なんかほぼないし、万が一勝ったとしても得るものなんてないしぃー」


死神グリムの死ぬ気なんてものほどありがたみの無いものも無いでしょうに」


「あっひゃ! 言ーえーてーるぅー。で、どーする? あのお二人足も速いからちっとちゃっと話してたら追い付かれるよ? お得意の絨毯爆撃でもしてくれない?」


「やっても良いけど無駄だと思うよー、多分足止めにもならないし、下手すりゃ視界が狭まる分自分達の首絞めちゃうかも。…………あーもーなんでこんな事になったんだか。後で報酬割り増ししてよね」


「えー? これは流石に不測の事態が過ぎるしさぁ。おれも大ピンチなワケだからほら、お互い様じゃね?」


「うっさい。労災でしょ。金寄越せ」


「うーーーん相変わらず守銭奴だねーーーー」


「守銭奴なのは私じゃない。ソシャゲの運営だ。もっと天井を低くしてくれればいいんだ」


 そんな何の緊張感も無い軽口を叩きながらに逃げ回る二人の死神グリムを追う者。

 それは両者共に真夏に似合わぬ純黒の衣服に身を包んだ、最古の死神達である。


「ええいっ! 厭悪カニャッツォ!」


 その追跡者目掛けて銃撃する【狩り手ハンター】だったが──


 ──パン。

 と、間の抜けた音が響く。

 追跡者の片割れ──やや青みがかった艶やかな黒髪をなびかせる女性死神グリムが、煩わしい小蝿を払うかのように手を振るう。それだけで【毒死どくし】を宿し、猟犬の如くに標的を追尾する──筈の弾丸は、呆気なく消し飛んだのだった。


「児戯ね」


「うげーーーーっ。ミヤコちゃんも手こずったヤツなんですけどぉーー!」


 勘弁しろと表情で語りながらに、【狩り手ハンター】は湘南の街をひた走る。

 厳密には街があった場所というべきか──既に【爆滅ノ使徒ブラストバレル】の爆撃によって周辺の建築物は粗方爆破されているのだから。

 そんな瓦礫の上でも速度を維持し、彼女らを追跡する者達──


「例の車輪娘といい、昨今の若いのは威勢と逃げ足は一丁前らしいな」


「いやねぇ、ザ・年寄りみたいなこと言っちゃって」


「年寄りだからな」


「だからって心もジジイになっちゃってどうするのよ。若々しさは精神から湧いてくるものなのよ? 知ってるかしら、『最近の若者云々~』って文言はソクラテスだかプラトンだかも言ってたそうよ? 年寄りって生き物は何千年も前から進歩してないと証明しちゃう事になっちゃうじゃない」


「んな事いくらでも証明させとけばいいだろうが。小童どもがいきがるのもまた何千年も前から変わっとらんのだろうしな」


「典型的頑固爺ねぇ、全く」


 【慚愧丸スマッシュバラード】。

 【凩乙女ウィンターウィドウ】。

 両者共に『始まりの死神グリム』に数えられる、原初にして最高位の死神グリム達である。


「無駄話は終わりだ、先にいくぞ」


「あらそう。どっち獲るの?」


「爆竹娘の方だ」


「お茶してたところをお店ごと吹っ飛ばしてきたのはあの娘だものね、了解。じゃ、あの毒々娘は私が担当。前にもおちょくられた借りがあったし」


 そこで会話は打ち切られ、両者の体はまともに視認出来ない速度に達する。

 標的目掛けて、一直線。


「うぎゃーーーー! キタキタキタキターーーー!」


「あー、痛いのやだなぁー…………」


 泣き言を漏らしつつ、迎撃態勢に移る少女二人。

 だったが。


「ぬん」


 【慚愧丸スマッシュバラード】のその殴打は、防御した【爆滅ノ使徒ブラストバレル】両腕もろとも顔面を撃ち抜き。


「たあ」


 【凩乙女ウィンターウィドウ】の死鎌デスサイズによる一閃は、【狩り手ハンター】が受け太刀した筈の死鎌デスサイズごと身体を両断した。


「はきゃっ」


「おぶぇ!」


 双方共に正反対の方角へと吹き飛ばされる──見事に分断された形だった。


「…………きゃ、あが」


 死神グリム一の剛腕による一撃を見舞われた【爆滅ノ使徒ブラストバレル】の顔面は見るも無惨に砕かれている。

 が。


「…………ふん。やはりな」


 その巌のような表情を微かに歪めながら、【慚愧丸スマッシュバラード】は先程振るった自らの腕を眺める。

 その右腕は前腕の中程から先が、消し飛んで焼け焦げていた。


「儂の一撃にカウンターで合わせた奴なんざ何年ぶりだったか──あの車輪娘でも叶わんかった事だが。いやはや」


 くつくつと笑みさえ漏らす【慚愧丸スマッシュバラード】。

 最悪の強敵のそんな様子をよそに、何とか負傷を回帰させつつある【爆滅ノ使徒ブラストバレル】は相変わらずの無表情のままに立ち上がる。


「…………あーあ。こういうドンパチってホント柄じゃないんだけどなぁ。ねぇ大先輩おじいちゃん。ホント、爆破に巻き込んじゃったのは謝ります。ごめんなさい。私が悪かったです。でもそれは死神グリムとしての仕事の一環って事でどうか見逃してくれないかなーと思う次第です」


「は。まあ確かにそうやって素直に謝るなら見逃してやらんでもない。やらんでもない、が──」


「が、とかいいですからそのままお目こぼし下さいませんでしょうかー」


「そうはいかんな。久々に骨のありそうな相手だ。たまにはしっかりと運動しておきたいという年寄りの我が儘だ。若人なら大人しく付き合え」


「えーーーー。そういうのはほら、もっと血の気の多い死神達ひとらに頼んでほしいというかぁ。私はこの通りゲームばっかしてるインドアなんで。ここにいるのもゲーム代稼ぐ為に嫌々なんで。ほら、その、【狩り手ハンター】ちゃんが主導者かつ首謀者なのでそっちの方にいくべきじゃないかなーと。ただの小間使いをいびっても面白くないですって」


「あの眼帯娘か。確かにあれはあれで一癖も二癖もある──まだまだ底は見せておらんと見た」


「そうっすねー。あの子まだ本気だしてないだけ、みたいな。そんな感じなのでほら、さっさとそっちに──」


「それらを考慮した上で、それでも──




 ──お前、【狩り手アイツ】より強いだろ」




「………………」


 【爆滅ノ使徒ブラストバレル】の言葉が、そこで途切れる。

 やがて、当の本人しか聞こえない声で何かしらをブツブツと呟いた後──自らの真髄を、解放した。




「…………【爆虐大魔ベリアル】」




 ──その名はを意味するという、旧き魔神。

 瞬間、赤黒い爆炎がその手の中で炸裂したかと思うと──その爆炎は【爆滅ノ使徒ブラストバレル】の手の中で収束する。


「ほぉ──さっきの眼帯娘といい、最近の死神グリムは【死業デスグラシア】までハイカラなもんだ」


 その手に現れた死の形。

 それは──擲弾射出器グレネードランチャーと呼ばれる兵器だった。


「…………老害」


「断る」


 そうして、互いの暴力と死をぶつけ合うべく、双方の死神は激突する──





 ──その、一方で。


「さて──そろそろ貴女が何を企んでいるのか、教えてもらおうかしら? 悪戯好きの【狩り手ハンターちゃん】」


「…………前にミヤコちゃんに言ったのが全てなんだけどなぁー。何にしてもあんたに言う義理ゃぁ無いっての」


 吹き飛ばされた先で立ち直った【狩り手ハンター】の身体にはもう傷は無かった。

 元来死神グリムでは死神グリムを滅ぼす事は出来ないから──というのもあるが、それを考慮に入れてもあまりに速い回帰速度である。


「あっそ。まあそう言うのならこれ以上は訊かないわ。興味はあるけどそれだけだもの。取り敢えず──貴女を徹底的に壊してあげる。原形が無くなってもその上から延々と【死因デスペア】を擦りつける。数日は回帰出来ないまでにね。そこまでやればそのうちがやってきて引導を渡してくれるでしょう」


「おっとなっげねーーーー。はあーああ。今回なんっでこんな災難ばっか降りかかってくるのかなぁ! やること成すこと邪魔入っちゃうんですけどぉ! 酷いよ! なんでみんなよってたかっておれをいじめに来んのさ! おれはこんなに一生懸命頑張ってるのに! 真剣に努力してるのに! 他人に意地悪して何が楽しいのっ! 心が痛んだりしないの!? この鬼! 悪魔ーっ!」


 その目に涙さえ滲ませながら、【狩り手ハンター】は訴える。






「おれが一体何したって言うのよーーーー! 何も悪い事なんかしてないのにいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!」






 ──【爆滅ノ使徒ブラストバレル】対【慚愧丸スマッシュバラード】。


 ──【狩り手ハンター】対【凩乙女ウィンターウィドウ】。


 ──開戦。



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