70.抑




「──やっぱ決定打にはならないか」


 ブチ、と指のヨーヨーの糸を千切りながらに独り言ちる。


「うわわわわわ、ぐっちゃぐちゃになってたのにめっちゃ治ってる──というより元に戻ってるぅ。動画の逆再生みたい。キモーい」


 灰祓アルバであるならば初めて見る光景というワケでもあるまいに、傴品うしなは表情を歪めながら極めて緊張感に欠ける声色でそう言った。


「~~~~…………っ」


 あたしの放った車輪達にその身をズタズタになるまで轢かれた【澱みの聖者クランクハイト】は、声にならない声を漏らしながらに身体を回帰させてゆく。

 追い撃ちをしたいところではあるが、またぞろあのケガレを周囲に集めているので近づく事もままならない。

 …………あーもーホントに鬱陶しい性質タチだなぁこいつ。

 もっとスカッとわかりやすい闘いにしてほしい。


「本来はヨーヨーやフリスビーは再利用リサイクル出来るんだけど…………あいつのケガレに触れたら即座に捨てなきゃなんないのがしんどいわー。赤字確定じゃんか。何十個も持ってるワケじゃないってのに」


「ど、どの道回復されちゃうんじゃ大して効果的じゃないんじゃないですかね?」


「いや、どんだけ強大な死神グリムだったとしても資源リソースには流石に限りがあるよ。【死因デスペア】に【死業デスグラシア】や存在回帰、いずれも無尽蔵に使えるワケじゃない。いくら神話級ミソロジークラスとはいえ必ず限界が存在する。他でもないあたし自身がそうだからね」


 そりゃお前が半端者だからじゃないのか、などとも言われてしまいそうだが、この件に関してはちゃんと裏付けは取ってある。神話級ミソロジークラスだろうがなんだろうが無限の体力スタミナを持ってるわけではないのだ。

 何を隠そう、あのイザナさんが以前教えてくれたんだもんねー。

 女王様がそう言うんならそりゃそうなんでしょうさ。


「…………で、あの死神グリムの限界はいつ来るんでしょうか? さっきの攻撃なら何回ぐらいで倒せます?」


「…………んー、さっきのなら…………まあ…………二、三十回ぐらいぶちこめば」


「無理でしょ!!」


「無理だけどさ」


 しゃーないだろ。

 神話級ミソロジークラスともなればそんぐらいは要るよ。

 限界はあるけどその限界は途轍もなく遠いよ。そういうもんなんだよ。

 ──あたしが死神グリムになって丸一年。それなりに色んな死神グリムと闘ってきたけど、神話級ミソロジークラスを殺しきれた事は、正直殆どない。

 本気で神話級ミソロジークラスを仕留めようと思うなら、それはもう死神グリムとしての心臓、急所、核である【神髄デスモス】と言われるモノを潰すしか無い。

 …………勿論、言うは易く行うは難し、というヤツなのだけれど。

 当然ながらどんなヤツでも弱点はガッシリ守ってるもんだし、その位置はどこだかさっぱりわからない。

 まあ頭か心臓かの位置にあるのが多いが、それも比較的というだけで確信には至らないのだ。


「全身まとめて跡形もなく潰したり出来れば文句無しなんだけど、まあ机上の空論ってヤツだよねー」


「どどど、どうすんですか! つまりジリ貧の打つ手無しって事じゃないですか!」


「んー、いや、そこまで悲観したもんでもないよ。実際。勝ち目は見えないけど敗けの目も見えないし。今んトコ」


「はひ?」


 確かにあの周囲に張り巡らされたケガレのせいでなかなか決定打を与えられそうにない。飛び道具は効くけど数に限りがあるから多分殺しきれない。

 が。

 向こうもあたしに対しては碌な攻撃手段が無いのだ。

 見たところあのケガレの範囲はなかなかだが、スピードはそこまで大した事ない。あたしからすれば鈍重極まりない速度だ。ぜっっっったいにあたしには追いつけやしないと断言できる。使役してる屍人達も同様だ。


「つーまーりー。あたしはあいつに攻撃できないけどあいつもあたしに攻撃できないってこと。少なくとも、現状ではね」


「…………仰る通り、だ。このままだとどれだけやりあっても決着はつかないだろうな」


 粗方回帰を終えた【澱みの聖者クランクハイト】が身体をパッパと払いながらに言った。


「そだねー。泥試合は個人的には嫌いじゃないんだけど、どうする? する?」


「断固拒否させてもらう。そういうのはこれっぽっちも柄じゃないんでね」


「そっか。まあそれは見ればわかるけど…………それじゃどーすんの? 【死因デスペア】とか【死業デスグラシア】禁止してステゴロ対決とかやってみる?」


「わかってて訊いてるだろ…………やなこった。僕の場合、自分からあくせく闘うのがもう向いてないんだよ…………まあ弱音吐いたってどうにもならないのは百も承知だけどね」


 【澱みの聖者クランクハイト】がそうやって愚痴を溢している内に、足音もたてずに静かに新たな屍人達が集まってきていた。


「…………またぞろパシりを闘わせようっての?」


「ああ。僕の攻撃じゃ追いつけない以上、他力本願といかせて貰おう。ま、バクチの類ではあるけどね。このままグダグダ闘るくらいなら、さっさと運を天に任せて決着といこう」


「おー、いいね。そういうわかりやすいのは大好きだよ」


 【澱みの聖者クランクハイト】が両手を自らの眼前で交差させると、纏っていたケガレが周囲に控えた屍人達、計三人を包み込み──収束していく。


「──混ざって弾けろ。【変異蝕ミューテーション】」


 その言葉は、紛れもなくまじないだったのだと思う。

 大禍津日神オオマガツヒノカミ

 死の国の穢れを象徴し、災厄を司るとされた禍津神マガツカミ

 それが今、やまいという人類種を絶えず蝕みつづけた絶対的な死の形として、鳴動する。


「■、■■■■■■■■■■────!!!!」


 屍人達は世界を劈くかのような慟哭を響かせると──、とそのシルエットを変動させた。


「な──」


 思わず絶句。

 するあたしに構うことなくそれらは膨れ上がり、互いに互いをゆき、やがて5mはありそうな巨体へと変貌していた。


「…………これ、病気ってレベルじゃないでしょ絶対」


 そうツッコまざるを得なかった。


「突然変異ってやつだ」


「便利な言葉だね! 滅茶苦茶過ぎるわ!」


「僕が病気だと思ったら病気なんだよ──じゃ、ダメか?」


「むぐぅ…………!」


「あ、それで取り敢えず納得はするんですね」


 傴品うしなうるさい。

 あたしは良い子だから自分の事を棚に上げたりしないというだけの話だ。


「僕の全精力、この変異体にぶち込んだ──さて、決着をつけよう」


「了解。…………傴品うしな、タイミングは好きにしていいから、あんたがヤバいと思った瞬間にあの黒い技使いなさい」


「丸投げですねぇ…………てか、いいんですかそんなアバウトな感じで。アタシが勝手してヘマする可能性とか、考えてないんです?」


「考えてなくもないよ? その時はその時。ってか、そうなったら潔く負ける」


「はあ? 自殺志願です? 別に死んでもいいってワケですか?」


「んなワケあるか。あたしは死んでも死にたくないっての。でも、あんたを使えると勝手にこの闘いに引っ張りこんだのはあたしの判断だし? それが裏目に出たらそりゃあたしのポカじゃん。あんたを信じたあたしの自業自得だよ」


「…………耳が遠くなりましたかね。えっと、アタシを信じるとか言いました?」




「え、うん。信じてるよ?」




「……………………」


「あんた、性根はクソだろうけどは本物でしょ。勘だけどねー。だからそれだけは信じてあげる」


「………………よく堂々と言えますね、んな事。これだけは言っときますけど──


「そだね。あたしはあんたみたいなの一番嫌いなタイプだよ。けど、好き嫌いの話はしてないから。信じるか信じないかの話だから」


 体勢的に、あたしは傴品うしなの表情を窺い知れない。

 が、間違いなく碌な表情はしてないだろうなぁ、とは思う。


「…………嫌いなヤツを、信じられるんですか、あなたは」


「うん」


 当たり前じゃね?

 さっきも言ったけど、好き嫌いの話はしてないじゃん。


「……………………何それ、キモッ」


「おいこらマジなトーンで吐き捨てやがったなテメェ」


 そんな風にあたしらがギャーギャー言ってる内に。

 あちらの準備も整ったようだった。

 あちこちが青紫色に膨れ上がった肉の巨人は、幾つもの腕やら頭やらが生えてきていてそりゃーもーグロい。例えるならアレだ、TとかGとか、そういうの。


「■■■■──■■■■■■!!!!」


 あたしを前に用意するのだから、と察してはいたが、巨人はその大きさからは想像もつかない程の速さで襲いかかってくる!


「──三速」


 が、やはりあたしに追いつける程ではない──しかしそれでも充分なのだろう。

 何せ体格が、即ち射程リーチが桁違いだ。

 まあ背後の大仏様にはまだまだ及ばないものの、5mを越える巨体が暴れれば質量的にそりゃヤバい。

 そしてそれだけではなく──あたし達に向かって振るわれたその腕。それが命中の寸前に、

 まるでさながら網のような形に!


「んゲッ!」


 どうやらその腕は元々一本ではなく、複数の腕が束ねられて象られたものだったようで、速さと長さに加えて広さ、広面積の攻撃を叩き込んできた。


「いやこれ、網っつーかハエたたきか!」


 あたしの自慢の速度は迎撃されればそのまま仇となる。

 当たらなければどうということはないなどと言うのは簡単だが、逆に言えば当たればヤバいのだ。そりゃそうだ。

 ただ、当然。

 あたしはハエ程大人しくない。


「死神走法──君影草スズラン双輪そうりん!」


 網の目を一撃目でぶち破り──二撃目を足掛かりにして巨人の身体を駆け上がる。


「追撃のぉ──向日葵ヒマワリ一輪いちりん!」


 そして巨人の頭部目掛けて渾身の一撃を叩き込む。

 頭部はボチュリという湿った嫌な音を立てて爆散した。

 返り血──或いは返り体液?──を浴びないよう勢いのままに突っ走ろうとしたところに、すかさず巨人のローキックが放たれた。


「頭は関係ないんですかぃ!」


 傴品が悲鳴を上げるが、構ってられない。三速のスピードでそれを跳躍して避ける。

 だが、攻撃直後の硬直を狙われ、そしてそれを更に回避したあたし達の身体は宙に浮かんでいた。

 相手がそれを狙っていた事に気づいたのは、コンマ数秒後。

 巨人が、跳んだ。


「フ、フライングボディプレスぅぅぅ!!」


 頭部を失った巨体は、しかしまるで衰えを見せずにあたし達を押し潰そうとする。

 着地するのはあたし達のが一瞬早い。その一瞬で逃げ切ってみせる──と思った途端、再び巨人の身体がバラけた。

 さっきの腕一本どころではなく──全身が。


「マジかよっ…………!」


 範囲が広すぎる、避けきれない──



 ズズゥン…………




 轟音。

 砂埃。

 それらを。


「──【冥月みょうげつなまめぼし】!」


 黒き満月が、貫き祓った。

 落下してくる巨人の身体を食い止め、僅かながらに傴品うしなは押し上げてみせる!


「充分! ぐっじょぶ!!」


 すかさずあたしは傴品うしなを真横へとぶん投げた。


「え──」


「後は任せな。勝つから」


「バっっっ!!!!」


 この一撃を防げたならもう充分過ぎる。巨人はさっきのあたし達同様、身動きの取れない空中で隙を晒している。


「余すとこなく──死に花、咲かせろおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」


 三速の速度であたしは宙の巨人を網羅するかのように車輪で轢き倒す。


「死神走法──鳳仙花ホウセンカ五輪ごりん!!!!」


 五つの轍を刻み込まれ──病の巨人は炸裂する。

 中に詰まった、ケガレを溢れさせて。


「んなコトだろうと、思ったよ!」


 あたしはすかさずヨーヨーを射出。

 またぞろケガレの中へと引っ込もうとする【澱みの聖者クランクハイト】の身体を捕らえた。


「あ、ヤバ」


「スットロいっての、引きこもりがああああ!!」


 まだ拡散されきってないケガレの海をお構い無しに突っ走る──この距離と量ならなら【死因デスペア】に犯される前に踏破出来る!


「これでぇ! お終いッッッ!!」


 ぎゃりん、と車輪が軋む。

 決着を告げる音だった。






 ──【死に損ないデスペラード都雅とが みやこ&儁亦すぐまた 傴品うしな 対 【十と六の涙モルスファルクス】【澱みの聖者クランクハイト】。

 勝者、都雅とが みやこ&儁亦すぐまた 傴品うしな



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