71.異作動



「お…………終わった? 勝った?」


 儁亦すぐまた 傴品うしながそう呟いた時には、その場に立っているものは彼女以外にいなかった。

 致命傷を与えられた【澱みの聖者クランクハイト】は言うに及ばず。

 【駆り手ライダー】──都雅とが みやこでさえもその場に座り込んでいる。


「あーだる…………ギリケガレにあてられちゃったかぁー…………」


 気だるげな声色でそう呟くみやこを見るに、そこまで重体というワケでもなさそうだったが。

 ともあれ儁亦すぐまた 傴品うしなは。


「…………えーっとー。死んでます?」


 と、【病死びょうし】の死神グリムへと腰が引けながらも近づいていった。


「…………いや、まだだね」


「うぴゃあああああああああぁぁぁ! まーだ生きてたああああぁぁ! やめてやめて見逃してぇーー!!」


「…………自分から話しかけといて…………そのリアクションはどうなのさ…………」


 消滅寸前の死神グリムにそんなツッコミを入れさせる傴品うしなはやはりただ者ではないと判断すべきか。

 ともあれ未だ意識は残っているらしい【澱みの聖者クランクハイト】だったが──


「そんな怯える事もないよ。紛う方なき致命傷さ。鮮やかなる一撃必殺──いや、一撃じゃなかったか。さっきの飛び道具での雨霰、あれで庇ってる急所…………【神髄デスモス】の位置を見切られてたんだな。…………いやはや大したセンスだ」


 仰向けになりながら、【澱みの聖者クランクハイト】は悔しくもなさそうに素直な称賛を口にする。


「え、えぇっと、えーっと…………割と元気そうですね?」


「いや、全然元気ではないね。致命傷喰らってるからね。もう存在は一分も保たないだろうね」


 いともたやすく、【澱みの聖者クランクハイト】は自らの消滅を受け入れる。

 泣きも喚きもせず。

 ただ、あるがままに、なきものとなる。


「……………………死ぬの、こわくないんですか」


 傴品うしなは、そう問わずにはいられなかった。


「…………はは、灰祓アルバがそれを訊いちゃうかぁ。よくない兆候だよ、キミ。死と向き合うものが死に囚われるのは必然と言えばそれまでだけど」


「…………アタシの事はいいですって。質問に答えて下さいよ」


「んん。難しいような簡単なような質問だね。そもそも、僕ら死神グリムは皆一度死んだものたちだから」


「だからこそ、訊いてるんです。こわいか、こわくないか。こわくないというなら──何故、こわくないんですか。一度死んだら、慣れるものなんですか。慣れれば耐えられるものなんですか」


「──まさか。慣れる耐える以前の問題だよ。そもそも僕たち死神グリムにはなんてものは赦されちゃいない。ただ、消えるだけだ。…………いいかい? 死というのはね、なんだよ」


「特権…………人間だけ? そんな、事…………」


「いいや、事実さ。気がついてないならそれでも構わないとも思うけど…………曲がりなりにも死と向き合うものであるならば、覚えておくといい。生も死も、本来存在しないものでしかないんだ。正も誤も、本来存在しないようにね」


「………………生きるも死ぬも、同じって言いたいんですか」


「んー…………そうじゃなくってさぁ…………まあいいや。お節介なお説教は野暮ってもんだ。そろそろ、時間みたいだしね」


 そう言い終わるかどうかのうちに、【澱みの聖者クランクハイト】の足の先から崩壊が始まる。


「あ…………」


「そんな顔するもんじゃないよ。同情するならまだしも、君の場合はただ共感して忌避してるだけだろうに。ま、何にせよ僕はここで退場のようだが、君らにとっちゃここからが本番だ」


「あん? どういう意味?」


 やや離れた位置で眺めていたみやこが、そう訊き返す。


「今日という日は、ただのだってのを忘れちゃ駄目だぜってことさ…………僕を撃破したボーナスとして教えるけど、此度の祭宴の日程は。今日を越えてもまだ三分の一だ。精々気張っていくことだね…………僕を倒しちゃった以上、もう残りの刺客は大御所か超のつく武闘派のどちらかしか残ってないんだから」


「…………ご忠告どーも」


 みやこのその謝意は果たして届いたかどうか。

 とまれかくまれ病と穢を操る恐るべき死神グリム──【十と六の涙モルスファルクス十之五じゅうのご、【澱みの聖者クランクハイト】は、拍子抜けするほどにあっさりと、その存在を消したのだった。


「…………終わったかー。取り敢えずこれで、湘南オブザデッドは打ち切りってことで──」


 そこまで言って周囲を見渡すみやこ

 そこには。


「■■■■■■…………」


「■■■ー■・■ー■■──」


 相も変わらず、高徳院内を徘徊する屍人達の姿があったのだった。




「「…………あれ?」」




 思わず二人は間の抜けた声を上げる。

 無理もないだろう。

 【病死びょうし】の【死因デスペア】の持ち主である【澱みの聖者クランクハイト】はたった今消滅した。

 だというのに、【病死びょうし】の【死因デスペア】によって操られていた筈の屍人達は、相も変わらず動き続けてい──


「いや、違う…………


 直観的にそう悟ったのはみやこだった。

 目前の屍人達の行動原理──死因しいんが、変化している。

 虚ろだった筈の屍人達の目からは、これまでとはうって変わった、原始的なまでののようなものを感じる。


「いや、変わったというより…………移行うつったのか?」


 ──へ。

 【毒死どくし】と【病死びょうし】。

 これまでみやこは人間を媒介に拡散される【死因デスペア】を二つ、確認した。

 ならば、三つ目?


「違う…………人を媒介にしたのはあくまで【病死びょうし】で、それ以外ではない筈。【病死びょうし】の拡散性を利用して、異なる【死因デスペア】をもう一つ付与してた…………? いや、んな無茶苦茶な…………」


 ──【死因デスペア】とは、指向性を与えられた【死】のカタチだ。

 差別化され、独自性を得てこその【死因デスペア】。

 いずれも相反しあう筈の【死因デスペア】を、両立して付与する事など、果たして可能だろうか?

 例えばみやこ自身の【轢死れきし】などを。


「…………無いだろ」


 人が死するならば、その時はそれだけの要因が必要だ。

 車輪がない場所で【轢死れきし】するものがいないように、水のない場所で【溺死できし】するものがいないように。

 そのを体現するものこそが、死神グリムであり、【死因デスペア】なのだから。

 だから、ある筈がない。

 みやこはそう呟く。

 火のないところに煙がないように。


「何の理由もなく、人が死ぬことは──」


「いや、


 呆れたように儁亦すぐまた 傴品うしなは言った。

 それは、みやこに向けたものではなかったかもしれないが。


「■■■■…………」


「■■■■■■──!!」


 屍人達は、唸り声を上げ、口蓋から唾液を撒き散らしながらに迫り来る。

 鬼気、迫る。

 熱に浮かされたような先程までの様子とは、また別の気迫を以て。

 それは、まるでケダモノのように──原始的で、根源的に──






 、している。






「何も、ないから──死んでる…………!」 


 咄嗟に傴品うしなを抱え、みやこはその場から全速力で離脱した。

 ──こわかった、から。

 その屍人達は驚異としては、先程とさして変わらない。

 自身なら何の問題もなく、容易く蹴散らせると、そう理解していながら──みやこは泡を食って逃げ出した。


「──ヤバい」


「です、ね…………」


 みやこに担がれながらそう答える傴品うしなの息はあがっていた。

 その紅潮した顔色からみるに、熱があるらしい──【病死びょうし】の【死因 デスペア】の残り香に僅かながらに当てられたのか、はたまた夏場の熱気の中での死闘による熱中症か。

 そんな事は、最早みやこにはどーだって良かった。

 あの【死因デスペア】にどう抗うか。それだけに思考は埋め尽くされている。

 あれは、これまでに見たどんな【死因デスペア】とも違う。

 おそらくは【病死びょうし】と並んで、

 人の根源──原始的欲求に働きかける【死因しいん】。

 他の要因など不要。

 何もなければ、それだけで人はその死因しいんに命を奪われるのだから。

 飢えて、渇いて。


「この限定された閉鎖環境での生存競争サバイバルかよ──いや、そりゃそうだね! ! ああもう、あの女王ひとはホンっっっトに悪趣味な!」


 心底からうんざりした声を出し、みやこはその【死因デスペア】の名を叫んだ。




「──【餓死がし】の【死因デスペア】…………!」








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「あぁっちゃーー。ハイトやられちゃったみたーい」


「白々しい…………インドアな【澱みの聖者クランクハイト】を今の【駆り手ライダー】に馬鹿正直にぶつければ、そうなることは容易に予想出来たろうに。嘗めすぎていないか?」


 地獄の宴の、蚊帳の外。

 死の牢獄と化した湘南の外側で歓談する今宵の祭りの主催者達。

 両者はとある喫茶店にてのんびりと茶を楽しんでいた。


「失敬ねぇ。私ほどみやこちゃんを見込んでる奴はいないわよ。てか、別にハイトに勝ち目の無い戦いだったワケじゃないと思うけどねー。精々7:3でしょ」


「三割は充分に敗色濃厚と呼べる数字だと思うがな」


 我等が女王の無茶ぶりはいつもながらとはいえ、【無限監獄ジェイルロックマンション】は呆れた声を出すしかなかった。


「ま、これはこれでそれはそれでって感じなのよ。どちらに転がっても私達に損はなかった。みやこちゃんが目醒める為に──いや、為に、かな? この場合は」


「別に上手くないぞ」


「ちぇ、辛辣だなー…………ま、こうなった以上第二の予定プラン通り、みやこちゃんはに任すとするかなー。初日だし、今日はこの辺で切り上げても大丈夫でしょ。【餓死がし】の拡散も順調っぽいし、その点ではハイトはもう完璧に仕事を果たしてくれたわ」


「そうか。まあ、だとすれば同僚に称賛の言葉でも手向けておくかな…………アイツも【首吊り兎ヴォーパルバニー】同様、高位の死神グリムにしては妙に我執の薄い奴だった」


「いっやー、ハイトはむしろ我執アリアリだったと思うけどね。拗らせが一周回ってシンプルな思考回路ルーチンに至ったタイプっぽかったよ」


「…………何にせよ、今のところは脚本通りと言っていいのか?」


「うん。【狩り手ハンター】とそのお友達が悪足掻きしてるっぽいけど、そこはイルマがちゃんと手はうってくれてるんでしょ?」


「ああ、あの二人のところへ飛ばしておいた。適当にシメてくれるだろ」


「…………あの二人って、?」


「ああ」


「うっわっ…………エグっ…………非道ひどっ…………よくもまあ私を暴君呼ばわり出来るわねー、イルマも」


「現況、人間の数を他の【死因デスペア】で無闇に減らされるのはなかなか厄介だろう。牢獄内に蔓延する死因は【餓死がし】でなくてはならない。そこを即座に見抜いて突いて来る辺り、中々に優秀だ。女王おまえ脚本シナリオをひっくり返そうという目論みも、存外夢物語でもないかもしれん──お前と違って用心深いんだよ、俺は」


「心配性なだけじゃない? 現場での対応だけじゃどうにもなんないって。それ以前に決定付けてるんだから、こっちは。ま、念には念を入れるに越したことはないのも事実だけどねー」


 肩を竦める【醜母グリムヒルド】──或いは太白神たいはくしん イザナ

 その企みの行き着く先は、果たして。


「取り敢えず、この初日で【餓死がし】の拡散は粗方終わらせること。その目標はハイトのお陰でまあ達成させたと言っていいでしょう。問題は明日──盤面を大きく動かす時よ。何はともあれ、まずみやこちゃんをらないと話になんないんだけど、それはあの子に任せとけば問題ないでしょう」


「問題ないのか? 【刈り手リーパー】が黙っていないと思うが」


「それはそうだろうけど、別にコッチだって黙っているワケがないんだし? 何のために【十と六の涙モルスファルクス】全員集合かけたと思ってるのよ──や、全員は集合しなかったけどさ」


「は、そりゃそうか。中の同僚達はまだまだ無茶ぶりを押し付けられるワケだな、同情するよ…………やれやれ、【白銀雪姫スノーホワイト】が来ればもっと楽になったのかな」


「やー、あの子は今回みたいな窮屈な舞台は向いてないでしょ。牢獄ごとカチンコチンにされちゃうわよ」


「違いない」


 そう言うと【無限監獄ジェイルロックマンション】は静かにアイスコーヒーを口に運んだ。




「ともあれ、本日の祭りはこれにてお開き──明日に期待するとしましょう? 今日なんかとは比べ物にならない、ド派手で楽しい、愉快痛快極まるお祭り騒ぎになるんだから」






 【謝死屍祭グリムフェス】──初日、終了。











 ──ぐぎゅるるるる。

 湘南の何処かで。

 その音は、絶えず響き続けていた。











「…………お腹、すいた」











 二日目に続く。



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