66.人気




「あ~~~~…………そういう感じね」


 溢れ出る屍者達の群れを眺めながら、紫苑の死神グリム──【狩り手ハンター】はそう独り言ちた。


「ほらほらー、【爆滅ノ使徒ブラストバレル】ちゃん。拗ねてないで切り替えてこーよ、前向きに前向きに」


「………………(ガリガリガリガリバリバリバリバリ)」


「爪噛むの止めれ? てかもう爪どころじゃないし。指ごとイッちゃってるし。どうせ元に回帰するとはいっても見てて気分悪いよ」


「生きる意味が…………失われた…………もうダメだ……おしまいだぁ」


「ヘタレ王子みたいな事言わないのー。岩盤に埋めるよ?」


「むしろ埋まりたい…………生きてることが…………辛く虚しい」


「ゼツボーし過ぎでしょ、笑うわ。ま、生きてることが虚しいってのは同意ってか、そもそも生きてると表現していいのかわかんないよねー。厳密に言えば生物ってより現象に近い存在の筈だし。実感全然ねーけど。あっひゃっひゃーー」


 悲壮感の欠片も感じさせない軽薄極まりない口調──つまりはいつもの調子で【狩り手ハンター】は笑う。


「…………で? 何がわかったの、【狩り手ハンター】ちゃん」


「んー、あの【醜母クソババア】の狙いというか企みというか? 全部とは言わないけど、まあ当面の目的ぐらいは」


「へー…………まあどうせ碌でもないだろうからあんま興味ないけど」


「んんんそこは興味持って…………! 現在進行形で巻き込まれてんだからさ!」


「興味持たせたいならスピーディーに本題に入ってよ。今現在、どういう状況?」


「せっかっちんだなぁー、まったく。じゃあ言うけどね。オホン。今現在の湘南一帯におけるこの状況はズバリ──




 ──蠱毒こどくってヤツだね」




蠱毒こどく…………」


蠱毒こどく。」


蠱毒こどくかぁ…………」


蠱毒こどくだよ…………」


「「…………」」


 何とも言えない沈黙がしばし二人の間に流れた。


「…………あの、『オタク間でのみ通じる常識ランキング』第二位の蠱毒こどく?」


「いやその謎すぎるランキングは寡聞にして存じないけれども…………多分その蠱毒こどくで合ってる」


「サバイバル展開にうってつけだもんねアレ」


「コスパで考えれば最低最悪といっていい手段だと思うけどねー。まあ今回に関して言えば、あの勝手気儘大女帝サマが今更コスパなんざ気にする筈もないしさー」


 念の為、解説。

 蠱毒こどくとは、古代中国における呪法の一つである。

 小さな箱や壺の中に虫を始めとする多くの生物を放り込み、共喰いさせる──すると最後に生き残った一匹は呪詛の霊媒として格別の個体になる、というものだ。


「で、具体的に言うと?」


「ん。まあポイントはわざわざこの湘南一帯を『囲んで鎖した』ってトコかな? 閉鎖環境における群像認知を利用するつもりだと思う」


「…………それ具体的に言ってない」


 眉を顰めて【爆滅ノ使徒ブラストバレル】は不満を口にした。

 それを見た【狩り手ハンター】は少々悩みながらに解説の言葉を捻り出す。


「んー。えーっとね。死神グリムってのは『人類』っていう群像クラスタの共有潜在意識から生み出されたもの──っていうのは解るよね?」


「まあ、それはなんとなく」


「ん。加えてあの昨年のクリスマスからこの七ヶ月余り──いや、厳密に言えばあの死神女王が初めて顕在化した二百年前からこの『日本』という国内における死神の認知は徐々に高まり続けてきた。死神グリムという埒外な存在が、広い世界でこのちっぽけな島国にのみ集中的に発生し続けているのは偶然じゃないよ。この惑星ほしにおける世界というものの認識、その東の果ての吹き溜まりにこそ澱んだ死の理念イデアは濁り沈んで形を成したんだ」


「んー…………? あーいや、世界地図だと日本が東の果てなのは知ってるけど…………」


「そ。地図ってのはそのままズバリ『認識』だからね。みんな世界どころか日本だってくまなく自分の目で確かめたワケでもないの『日本ってのはこういう形だ』って頭に浮かべられるでしょ? 一番北は北海道、一番南は沖縄、って。だって日本地図を知ってるからね。それを世界地図に置き換えれば、世界中から日本はこう認識されてる事になる──世界の果てワールドエンド、と」


「大袈裟な…………一番端っこってだけじゃん」


「端っこってのがそれなりに重要なんだってば…………偏ってんのよ。偏在・・してたの、この極東国は。閉鎖的で孤立した島国だったのが致命的だったのか──あーいや、【凩乙女ウィンターウィドウ】達、『始まりの死神グリム』連中が顕れた時期を考えれば世界大戦で主要都市粗方丸焼きにされちったのがトドメだったのかなぁー。何にせよ死の認知が籠り易かったんだよね、この国。平和になってからも自殺率たっかいしさぁーあひゃひゃひゃ。…………だーからあの根腐れロリみたいな性根の曲がったおぞましいクリーチャーが生まれちゃうんだっての」


「脱線しまくってない? 話」


「してないね。──あのね、【醜母グリムヒルド】は全能ではなくとも万能だよ。人間の認識を自在に弄くり回せる。オレ達死神グリム生前・・をこの世から消し去ったような記憶への干渉だけの話じゃなく、ね。でもそれは多分この国限定。この日本という認識くにに寄生してるようなもんだから、あのババアは」


「力を──いや、認識ちからをこのちっこい島国に集中してるから、てことかな?」


「うん。グローバルなこの御時世とは言ってもこの国が世界から物理的に孤立してる事は事実だしね…………閉鎖的ってより自閉的って言った方がいいかもだけど、外から影響を受け辛く、それ故に内では影響を与えやすい。…………灰祓アルバなんて連中が其処ら中からぽこじゃか生えて来てるとこからもわかるでしょ。ありゃ死神グリムなんていう存在が暴れ回った事に対する必然的なカウンター、リバウンドだよ」


「そして、今のこの湘南──牢獄もまた同じこと、ってことだね? 閉鎖的で閉塞的で自閉的な──彼岸の向こう」


「スケールは小さいけど…………いや、小さいからこそ、だね」


 そう言って【狩り手ハンター】は笑った。

 否。

 それは、こう表現するべきだったかもしれない。

 、と。


死神グリムという幻想の存在をこの日本という箱庭セカイの中で現実としてみせた。さてさて、次の次元ステージへと進みましょうか──ってところでしょうよ。真夏の湘南なんていういかにも人口密度高そうで気質ノリが浮わついてそうな感じのチョイスもあからさま。さぞかし弄くり回しがいのありそうな事で。まあ隠そうともしてない…………っていうかなんなら気付いて欲しいのかもしれないってぐらいだけど。人類にとって新しい死神グリムを此処で確立させるつもりだろうから──と同じく、ね」


「──そっか。あの時も…………新しい死神グリムが生まれた。あの、白い半端者が」


 その通り、と言外に示すように【狩り手ハンター】は口元を歪める。


「あの時の渋谷もえらく騒ぎになったもんねー。オレちゃんはまだあの頃はフツーに小学生やってたから流石に詳しい事までは知らないけど、あの新種が──【刈り手リーパー】が色々やらかして一気に世間と死神グリムの距離が縮んだんでしょー? 今回もきっとそうなる。どんどん認知を広げて大衆の内で共有シェアしてかなきゃだろうしねー」


「ああ、そう言えばあの一件からだったっけ? 例の、死神グリム都市伝説フォークロアが世間に広まり始めたの。達でも情報統制しきれなかったっぽい。人の口に戸は立てられぬ。共有認知の膾炙…………だったっけ? まんま伝染病みたいな話だよねー。確かに閉ざされた環境の方が広まりやすいし煮詰まりやすい。病も、知識も、か。──ああ、だからこその【澱みの聖者クランクハイト】、【病死びょうし】の【死因デスペア】かぁ。【狩り手ハンター】ちゃんが他者の認識イジれるのも似たようなもんなのかな? 【毒死どくし】だもんねー。──伝染して感染して拡散して拡大する。時にその姿形を移ろわせながら、か。病も毒も、知識も」


「んっんー。間違っちゃいない、っていうかだいたいその通りなんだけどー。あのヒッキー小僧の【病死びょうし】とオレの【毒死どくし】を同列に語って欲しくはないかなぁ、よくも悪くも」


 いつも【狩り手ハンター】の顔に浮かんでいる笑顔。

 それがいつもの浮わついた笑みから、いつしか獰悪で好戦的な代物へと移り変わっていた。


「──やまいは死なせるもの、どくは殺すもの、だよ。ただそこにあるだけの病と違って、毒が命を奪うその時には必ず──と、と、がある」


 その、三つの意志こそが。

 自らの存在証明なのだと言わんばかりに。


「あひゃ♡」


 笑う笑う笑う。

 嗤う嗤う嗤う。

 楽しそうに、愉しそうに。

 可笑しそうに──犯しそうに。


「一先ず第一段階として拡散しやすい【病死びょうし】の【死因デスペア】でこの牢獄内の認知を塗り潰す気だろうね。まんまホラー映画みたいな手法もあながち馬鹿にしたもんでもない──わかりやすさ、感染しつたわり易さは極めて大事だ。言わずもがな恐怖ってのは伝染していくもんでもあるし…………あひゃあひゃ。でも、この作戦──っつーか、死神グリムという機構システム上避けられないアキレス腱がある」


「ほほー、その心は」


「──群衆・・に依存してるって事だよ。二度に渡る一連の渋谷での事件、どうやったら防げたか教えてあげよっか?




 渋谷にいる人間を予め皆殺しにしときゃーよかったんだ。




 そこに人がいなけりゃ死神グリムの介入する余地なんて何処にもないんだからね。何をどうしようが死神グリムは人を死なせる事しかしないし、出来ない。逆説的に言えば死なせるべき人間が一人もいなけりゃ死神グリムなんて何の意味も意義もないし、従って何の力も持たないんだよ」


「極論~~」


「極論はいつだって正論だ。だからいつまでたっても極論を言うヤツは消えないんだよ──あひゃ! あひゃひゃひゃ!」


 溢れ出る喜悦を抑える気もなく。

 いよいよもって【狩り手ハンター】は──最低最悪の死神グリムは哄笑し始めた。


「っっっっつううううぅぅぅぅワケでえええええぇぇぇぇっっっっ!!!! アガりまくっていきまっしょいぃぃ!! 【十と六の涙あちらさん】がこんだけはしゃいでんだから自重する必要なんて一毛たりとも無っいんっだッッッしいいぃぃん!!?? こちらとしても心置きなく躊躇いなくお構いなくぅ! 盤面を星一徹クラッシュしちゃいましょうかああああああひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」


「うわキタ急にハイテンション」


「いやいやいや! 大仕事なんだからテンションぐらいアゲてかなきゃでしょ! 【爆滅ノ使徒ブラストバレル】ちゃんもさあ、そっこーでこのお祭りお開きにしちゃえば、外に出られてソシャゲ出来るかも──」


「ついてこれなきゃ置いてくよ【狩り手ハンター】ちゃん!」


「変わり身はやーっ! でも頼もしー! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! んじゃ、目につくヤツから手当たり次第一人残らず老若男女容赦無しにッッッ!! れっつ、じぇのさーいど!!!! 歯応え手応えは無いかもだけれど、なになに全然気にしないっ! 何せこちとら狩人ハンターだから──鴨撃ちダッグハントは嫌いじゃないし、ねぇ? あひゃ! あひゃひゃ!あひゃーーーーひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃーーーーーー!!!!」





















「…………で、ちなみに。『オタク間でのみ通じる常識ランキング』、一位はいったい何なの?」


粉塵爆発ふんじんばくはつ



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