57.豪遊




 八月に入ってから暫く経ち、夏真っ盛り。

 そんな頃に、あたし、都雅とが みやこの元へと電話がかかってきた。


『──俺だ』


「おっ! お久しぶりでーすセンパーイ♡ 珍しいじゃないですかセンパイから電話なんてー」


 我ながら浮わついた声色でセンパイからの電話に応答する。


「ま、センパイからわざわざ電話かけてくるってことはまたぞろ碌でもない案件なんでしょうけどねー。なんの様です?」


『察しが良くてありがたい──が、なんかやたら背後が煩いぞ。お前今何処にいる』


「あ、すみまっせーんそりゃ騒がしいですよね」


 まあ今あたしが居る場所を考えればうるさくないワケがないんだけども。


「甲子園のアルプス席でジョックロック聴きながらオムソバ食べてます」


『…………お前の行動はなんでそうおっさん臭いんだ』


「おっ…………!?」


 ちょ、純情で清純な乙女に流石にその言い種はあまりにもあんまりなのでわ!?


「いやいやいや! 高校野球ですよ夏の甲子園! 老若男女問わず熱くなるでしょ! オムソバも美味しいですよおっさんだけの専売特許じゃないですよ! 断じておっさん臭くなんてありませんむしろあたしからは女の子の可憐なフレーバーが漂ってますって!」


『お前の体臭は訊いてないし与太話してる余裕もないんだよ。…………イザナのヤツが本格的に動き出した』


「──あー…………なるほど。そりゃ確かに余裕もなにもないですね…………人類の危機ってヤツじゃないですか」


『そういうことだ。話が早くて助かる…………オトメがわざわざ忠告してきたからな。あまり楽観してられる状況じゃなさそうだ。いつかの四国の一件と同等か…………それ以上の厄介事になってもおかしくはない』


「うへぁ。あの根暗爺の時より大事ってちょっと想像できないっていうか想像したくないっていうかですね」


『心底同意ではあるが、イザナが──【醜母グリムヒルド】が本腰を入れ始めたとなれば尻込みしている余暇はない。俺は往くが…………お前は?』


「訊く必要あります? センパイらしくもない愚問ですね。往きますとも往きますとも。あたしがのんびりだらだら遊び呆けていたと思ったらビッグミステイクなのですよ──新しくなったニューミヤコを御披露目する時が来たようですねー」


「意味が重複してる。『新しくなったニュー』って何だそれ」


「そういうチマチマしたツッコミはやめてくださいよもー。ともかく! イザナさんが暴れだすってんならよろしい! 受けてたってみせようじゃないですかぁ!」


『その無根拠な自信に関してはまあ羨ましいがな…………連中は湘南に集まっている。呑気に夏を満喫しているだけならいいんだが、そうは問屋が卸すまい』


「湘南ですかぁー。レゲエ砂浜ビッグウェーブ!」


『選曲が古いんだよ』


「湘南かぁー、湘南ねぇー。ウチは熱海派だったんであんまいったことないんですよねぇー。鎌倉の大仏なら見に行きましたが」


 長谷寺拝観して大仏参拝して長谷通りブラついてっていう超鉄板コースだった。や、面白かったけど。弁天窟ワクワクしたし。


『ともあれ、連中──イザナ率いる【十と六の涙モルスファルクス】がいつ動き出すか、何をしでかすかは微塵も読めん。今すぐにでも現場に向かっとけ』


「アイアイサー。なんくるないさー」


 プツリ。

 通話終了。

 …………いやいや。

 あたしだって、そこまで能天気な楽天家ってワケじゃないですって。

 ヤな予感バリッバリするもん。

 相当クレイジーな案件だな今回は、多分。

 

「…………湘南、ね」


 センパイはもう先行してるのかな。

 ──うん、よし。




「一先ずは──



        ──水着、買っとこっか」






 【死に損ないデスペラード】、二名。


 【刈り手リーパー】、時雨峰しうみね せい


 【駆り手ライダー】、都雅とが みやこ


 ──参戦。






◐◐◐◐◐◐◐◐◐◐◐◐◐◐◐◐

◑◑◑◑◑◑◑◑◑◑◑◑◑◑◑◑







「紅生姜いる? 二人とも」


「あ、はい。いただきます」


「好きですよー。たっぷりお願いします。あ、けどネギは無しで」


「ん、わかった。じゃあ…………ここの一角は傴品うしなちゃんのね」


 【死神災害対策局アルバトロス】東京本局、第二食堂。

 テーブルを囲んでいる数は四名。

 【聖生讃歌隊マクロビオテス第零隊ヘムロック隊長、時雨峰しうみね れい

 未だ無銘の遊撃部隊、その隊員、弖岸てぎし むすび

 同上、儁亦すぐまた 傴品うしな

 そして。


「ほら傴品うしな、私にも分けてくれたまえよ。ちゃんといい具合に冷めたのをね」


「はあ、どーぞ【灰被りシンデレラ】さん」


「あーん……」


 ベチャリ。

 思いっきりソースにまみれたタコ焼が【灰被りシンデレラ】の口元に押し付けられる。

 狙いは大外れだった。


「あースミマセン」


「…………いやいいよ。君に頼んだ私が悪いさ」


「おー、流石【灰被りシンデレラ】さん。わかってるじゃないですかぁ」


「………………」


 釈然としない気分ではあるが、ここでこの少女に突っかかっても何の意味もない事を彼女も嫌という程思い知っていたため、なんとか無反応を貫く。


「…………で、時雨峰しうみね隊長」


「ん。なに、むすびちゃん」


「…………何でワタシ達、呑気にたこパしてんです?」


 そう。

 家庭用たこ焼き器を食堂のテーブルのど真ん中において、四人は手製のたこ焼きに舌鼓を打っていた。


「ん。たこ焼き、嫌いだった?」


「いや、んな事ないですけど…………むしろ好きな方ですけど」


「じゃ、いいね、別に」


 気ままにたこ焼きを口に運びながらにれいは言う。


「懇親会って、事でいいでしょ」


「今更ですか……?」


御呉ミクレが言ってた。常日頃から少しは部下を労えと。だから」


「故のたこパですか…………相変わらず」


 独特な感性をお持ちだ、などとはむすびは当然口に出さない。

 好意でやってくれているのは間違いないだろうし。


「で、その御呉ミクレさんは何処に」


「事務処理押しつけてきた。副隊長だから」


「…………労えと言っていたのは御呉ミクレさん本人に対してもだと思いますよ」


「え、ヤダ」


「さいですか…………」


 相変わらず家畜のようにこき使われてるなぁとむすびは同情せざるを得なかった。

 そんなむすびの内心などどこ吹く風でれいは言う。


「近々、大規模な作戦がありそうだから、ね。今のうちに、楽しんどかないと」


「…………そうですか」


 その言葉の裏にある意味を、当然むすびは察している、

 

 だ。


「現場は何処なんです?」


 それを知ってか知らずか、暢気な声で傴品うしなれいに訊ねる。


「湘南。最近、不審な体が、幾つもあがってるって」


「湘南ですかあー。アタシはこの通り色白なものですからあまりお日さまの下には出たくないんですけども」


「そうなのかい? どちらかと言えばインドアなのはわかるけど、そこまで外出を厭うタチでもないだろうと思うがね」


「日焼けがねー。苦手なんですねー。海だと日焼け止め塗っても泳ぐと落ちちゃいますし」


「何ナチュラルに海水浴楽しむ気でいるのよあんたは」


 呆れ顔で突っ込むむすび──とまあ、何だかんだでいつもの光景と言える。


「既に、【破幻隊カレンデュラ】の、いくらかの分隊は、現場に向かっているって、聞いたよ。八子やこさんとか」


八子やこさん達が…………そうですか」


 感情の窺えない表情でボソリと傴品うしなは呟いた。


「まあ、そういうわけで、束の間の休息を楽しんでおこう」


「…………ま、そうですね。わかりました」


「あ、からしマヨネーズありません?」


「マヨネーズは普通のしかないよ。からしは自分で取ってきな傴品うしな


「…………チッ」


「おいコラ君待てコラ君舌打ちしたか今君」


 ともあれ。

 周囲の局員から遠巻きに眺められながら、緊張感のない食事会は続く。


 だが。


 


 その、先刻の懸念が。






 事実、的中していることなど──当然、彼女らには知る由もないのだった。






 【第零隊ヘムロック】隊長、時雨峰しうみね れい


 弖岸てぎし むすび


 儁亦すぐまた 傴品うしな


 神話級ミソロジークラス死神グリム、【灰被りシンデレラ】。


 ──参戦。






◁▷◁▷◁▷◁▷◁▷◁▷◁▷◁▷

▷◁▷◁▷◁▷◁▷◁▷◁▷◁▷◁






「──例のサービスエリアまでもうじきです、八子やこ分隊長」


 湘南へと向かう道中、八子やこ 行平ゆきひらは部下からそんな言葉を投げ掛けられた。


「おぃーっす。ったく、キナ臭い案件が起きてんのは湘南で、ここはその通り道だろ?」


「そのキナ臭い案件が起き始めたのはこの先のサービスエリアでの爆発事故が起こってからなんですよ」


「でも、別段死神グリムの気配──偏在波長は感知されなかったって話じゃねぇか。無駄足だと思うがねぇ」


「どのみち往き道なんですから、ついでに調べても大した支障はないでしょう。現場に向かってる隊は私達だけってワケでもないんですから」


「あーあー、わかってるよ。ってヤツ──






 あひゃ♡






 ──ん? なんか聞こえたか?」


「はい? いや、何も」


「そうか」


 やがて車は事件現場。

 爆発痕が残されるパーキングエリアへと辿り着く。


「うわっは、こりゃーひでーな」


 八子やこは思わず呻かずにはいられなかった。

 ガソリンスタンドは跡形も無く吹っ飛んでいる。少し離れた位置のサービスエリアにまで火が及ばなかったのは不幸中の幸いだろう。


「しかし、ここまでものの見事に吹き飛ぶもんかねぇ? そりゃガソリンは危険だろうが、だからこそ対策してそうなもんだ」


「ええ、地下の大型タンクにまで引火、となると普通の事故では考えにくいです。偏在波長は観測されなかったとはいえ、やはり怪しいと思いますよ」


「そうなんでもかんでも死神グリムのせいにすんのも良くねーと思うんだがなぁ、俺は」


 改めて現場の周囲を見渡す八子やこ


「ともあれ、ここで不審な爆発があったことは確かなワケだ。ドカーンと」


「はい隊長。ドカーンと「「「 ド ッ ッ ッ ッ カ ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ン ! ! ! ! ! ! 」」」




 爆発した。

 大爆発した。


 既に爆発し消し飛んでいたガソリンスタンド跡が、もう一度爆発した。






「──がっ、はああああぁぁ!!??」


 爆風で派手に吹き飛び、爆熱で盛大に火傷を負った身体でどうにかこうにか受け身を取り、八子やこはひたすらに混乱した。


「はっ、ハッ、はっ、ハッ、はっ、ハッ──はあ? ハアアアアアぁぁぁーー? な、ななっなっな、なんにが──「へーーーーーいらっしゃあせえええええええぃ!!!!!!」


 ジャキン、と。


 半分黒こげになった八子やこの頭部に銃口が突き付けられる。


「ン鉛弾一丁入りまあああぁぁッッす!!!!」


 BANGばんBANGばんBANGばんBANGばん

 弾ける薬莢。

 吹き飛ぶ脳漿。


「はいいいいいぃぃぃぃ次のお客様どっぞおおおおぉぉ!!!!」


 周囲に四散した他の隊員達へと歩み寄る、射手。


「ご注文いかがになさぃやすかああああぁぁ!!??」


「あっ、ひ、たった、たたっ助け──ムグゥ!!??」


「Heyお待ちぃ! 鉛弾、どうぞお召し上がり下さいませえええええええ!!!!」


 BANGばんBANGばんBANGばんBANGばん

 口腔内に銃口を突っ込み、容赦なく弾丸は連射される。


 ──しばらく、そんな感じの風景が流れた。


「ごちゅうううううううもんは以上で宜しかったでしょおかあ!!?? まったのご来店を心よりお待ちしておりまあああっっす!!!!」


「【狩り手ハンター】、取り敢えずその女性客の寄りつかないラーメン屋みたいなノリ止めて」


「ん、あ、ごめん…………」


 奇天烈な声を上げるのは、紫苑色の髪の眼帯死神グリム──【狩り手ハンター】。

 そんな彼女を冷ややかに嗜めるのは、今もスマフォでソーシャルゲームに勤しんでいる──【爆滅ノ使徒ブラストバレル】。


「でーもさー。テンションは上がっちゃうよねアゲアゲだよねハイにならなきゃ損ってもんだよね祭祭祭まーつーりーお祭りだよ? 夏祭りー。どいつもこいつもあいつもそいつも死んで死んで死んで死んでいくんだよ死に放題だよ狂喜と狂気がブギウギっちゃうよ楽しいな愉しいな楽しいな愉しいな喜ばしいな悦ばしいな喜ばしいな悦ばしいな御祭パーティ祝祭パレード祭典フェスティバル謝肉祭カーニバルだ! わたしとあの子とあの子がいた夏が遠い夢の中から大手を振ってカムバックさてんてこ舞いが大盤振る舞い宴宴宴宴騒げ騒げ騒げ騒げのたうち廻って踊り狂え! 嬉しいぞ嬉しいぞ嬉しいぞ嬉しいぞ根刮ぎ抉るまで遊び放題戮力協心にエンジョイしなくちゃ愉快愉快愉快愉快愉悦愉悦愉悦愉悦忙しいな忙しいな大変だな大変だな満漢全席選り取り見取り食べ放題のバイキングだああああああああぁぁぁぁぁぁッッッッッッひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっっっっっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃーーーーひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ──────っ、ケホッ。噎せた…………」






 無所属。


 【狩り手ハンター】。


 【爆滅ノ使徒ブラストバレル】。


 ──参戦。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る