58.遺閃




 湘南、由比ヶ浜海水浴場。

 サマーシーズンど真ん中。当然ビーチは人人人で埋め尽くされている。

 海面も砂浜もひたすらに人々が犇めき合っており、視界凡てが人口過多。

 そんな大群衆の中、パラソルの下でスマフォを弄りながら寝転がる人影が一つ。

 夏風に白髪を靡かせ、赤い瞳をサングラスで隠しているのは──【死に損ないデスペラード】と呼ばれる死神グリムの一人。

 【刈り手リーパー】、時雨峰しうみね せいだった。


「あっちーーーーな。ったく…………アイツはまだ連絡寄越さねぇし」


 先にこの海水浴場で待っているとの連絡があった彼の後輩だったが、しかしそれ以降碌に反応が返ってこない。

 かといって、後輩との連絡を打ち切って一人でのんびり海水浴に勤しめる程にエンジョイ精神を持ち合わせていないのがこの男であった。

 或いは海で遊ぶよりも後輩との交流の方が余程大事だと思っているのかも知れなかったが。

 時刻は午前11時過ぎ。

 海の家が込み合う前にさっさと昼食を用意しておきたかったが、やはり後輩を置いていくワケにもいかない。

 日除けのハット帽を目深に被り、しばらく横になっていようと決めた矢先──


「あっ、いたぁー。センパーーーイっ!」


 ──と、待ち人の元気溌剌な声が聞こえてきた。

 彼の後輩死神グリム、【駆り手ライダー都雅とが みやこの声が。


「…………海で会おうって言い出したのお前なんだから既読ぐらい付けろよ。ったく」


「あーごめんなさい。今朝からずーっと泳ぎっぱなしだったんです。えへへー」


 ──そんな言葉を交わしながら、未だにせいは後輩の姿を目で見ていない。ハットを自分の顔に被せたままだ。


(……………………水着、だよな。海だもんな。泳いでたって言ったもんな)


 言うまでもなく、この海水浴場にいる者の殆どが水着姿である。無論、この二人も含めて。

 当のせい本人もまた、当然水着姿だった。無地の黒いサーフパンツのいう面白味の欠片もない格好ではあったが。

 ──さて。

 では、都雅とが みやこの水着姿は如何なるものか。


「………………………………」


 なんだかんだで人並み、或いはそれ以上に関心を持っていたせいであった。


「元気なもんだな。俺はまだ海水に触ってもないぞ──」


 などと言いながらに自然な動作を心がけつつハットを顔から退ける。そしてサングラスを外して煌びやかな視界へと飛び込んできたみやこの水着姿は──






「コー……ホー……コー……ホー……」






 シュノーケルマスクを付け囚人服を思わせる縞模様ストライプのウェットスーツを着込み足ヒレで砂浜をビッタンビッタンとならしながら歩いてくる都雅とが みやこの姿であった。


「チェンジっっっっ!!!!!!」


「何がぁ!?」


 切望の籠った絶叫をあげるせい

 それに素で戸惑うみやこ


「いや、ないだろソレは! あまりにもあんまりってもんだろう!」


「意味わかんないこと言わないで下さい泳ぐのに最適な格好してるだけです!」


「泳ぎたいだけならプール入ってこい! ビーチサイドに来たならそれなりの格好しろよ! するべきだろ! なんだその水着は! なんだその水着はぁ!!」


「キャ、キャラが…………センパイが夏の魔物に頭をやられている! サマーシーズン恐るべしー!」


 憤懣遣る方無い様を見せるせいと、キャラ崩壊気味のセンパイの様子に困惑するばかりのみやこであった。


「ったく、海女じゃあるまいしそんな潜水装備する必要ないだろ……」


「あ、流石センパイ勘がいいですね。当たりですー」


「は?」


 言いながらにみやこは腰からさげた網袋をせいの鼻先へと突き出した。

 ガラリ、とその袋から音が鳴る。


「サザエです。捕って来ました」


「密漁だ馬鹿!!!!」


 せいは正論で怒鳴った。


「え? そうなんです?」


「当たり前だろ。 漁業権持ってないだろが」


「えー。でも海は誰のものでもないじゃないですかぁ。自然のものを捕って何が悪いんです?」


「自然のものとは言い切れないから捕っちゃダメなんだよ。漁師が稚貝から育てたもんかもしれないだろうが」


「ほへー。稚魚は知ってますけど稚貝とかもあるんですね」


「畑の野菜を『自然のもの』とは言わないだろ。採ったら泥棒だろ。それと同じだ」


「むー…………それなら仕方ないですね。元の場所に戻してきます」


「そうしとけ」


 みやこはペッタンペッタンとヒレを鳴らして砂を撒き散らしながら海へと歩いていった。




 ~数十分後~




「センパーイ。サザエ戻してきましたよー」


「そりゃ結構…………そろそろ昼食にしたいんだが俺は」


「おおっと待ってください。昼ごはんの前にー」


 みやこせいの側へとしゃがみこみ、顔の前に手に持ったソレ・・を突き出した。


「ほれナマコ」


「おびょああああああああああああァァァァァァァァっっっ!!??」


 絶叫が響く。


「あっはははははは! おびょあーだって! おびょあー」


「ふっざっ、ふざけんなキモいわキモいキモいキモいキモいキモい!!!!」


 どびゅぐちょ。


「あー、内臓出た」


「はばなああああああああぁぁぁぁ!!??」


「あははははははははははははははは!!」






◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣

▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉






「もー、そんなに拗ねないで下さいよー。謝ってるじゃないですかぁー」


「うるせえよ…………拗ねてねえよ」


 海の家へと昼食を摂りにきた二人。

 しかめっ面をしているせいみやこがテーブルに顔を乗せながら謝罪していた。


「あー、それともアレですかぁ? ミヤコちゃんのせくしーな水着姿をそーんなに期待してたんですか? 期待しちゃってたんですかあ? このこのー」


「…………………………んなワケねぇだろ」


「うわっ、スゴい溜めた。何ですか、思春期丸出しですか」


「断じて違うわ。お前にそんな見応えねぇだろ」


「あ"ン?」


「…………いえ、その、なんといいますか、お前は、まだこれからという感じというか」


 みやこからドスの利いた声を浴びせられ、瞬時にヘタれるせいだった。


「…………ま、いいですけど。あたしがまだまだ可能性を秘めたお年頃というのは事実ですし」


 (無い)胸を張ってみやこは言う。


「…………死神グリムに身体的な成長はないけどな。老化もしない代わりに」


「そーーなんですよねーー。いっやぁ惜しいなー残念だなー。ホントなら今頃はすンごい感じに成長してた筈なんですけどねー。ホンっト死神グリムになってさえいなければなー、なーー! すーーーーんごいボディになっ、てた、のに、なあああああ!!」


 もしもifの話だからと言いたい放題だった。


「…………一年で?」


「一年でっっっ!!!!」


 断言した。

 自身の未来に大層な夢と希望を詰め込んでいるらしい。


「──ご注文のカツカレーとソーメンでーす」


「はーーいありがとございまーす。わーー」


「……どうも」


 そこで二人のテーブルに料理が運ばれてくる。


「まーーたセンパイは麺類ですか。ホンっト筋金入りですねぇ。細胞がタンパク質じゃなくて炭水化物で出来てるんじゃないです?」


「何とでも言え。食べやすくてなおかつ旨いだろうが、麺類。主食をパンや米にしちまったのは人類の進化における明確な失敗だっつーの」


「主語がデカいにも程がありますね。なんで麺類の話が人類進化論に繋がっちゃうんですかどんだけ麺類に魂売ってんですか」


 そんなみやこのツッコミをスルーしてせいは麺を啜るのだった。


「…………チッ。めんつゆが業務用のだな。大雑把な味だ」


「海の家の料理に何を過大な期待を寄せちゃってるんですか。あたしのこのカツカレーだってレトルト丸出しですけど美味しいですよー。こういうのは雰囲気で味わうものでしょうに」


「お前、バーベキューだと安物の肉でも美味しく感じるタイプだろ…………」


「嘗めないで下さい、みんなと一緒にワイワイやるならすた■な太郎だって美味しく味わってやりますとも」


「それもはや雑食なだけじゃねーのか…………?」


「人をゴキブリみてーに言わないでくれます!?」


「飯食ってる時にゴキブリの話すんな!」


 ぎゃーぎゃーと言い合う二人。

 …………やはりというか、根本的な価値観の方では全然噛み合わないようだ。

 しばらくそんな口論を交わしながら、共に食事を進めていく。

 せいがソーメンを啜り終わり、みやこがカツカレーと、追加の焼きそばとフランクフルトを平らげた後、更に店員がテーブルに皿を持ってきた。


「んぇ? もう頼んでませんけど」


「あぁ、これはサービスだ。青春してる若人にな」


 その日焼けした大柄の青年は微笑みながらに二人にかき氷を差し出した。


「………………死神グリムだな」


 冷ややかな視線でせいは青年──死神グリムを射抜きながら問い質す。

 対する青年死神グリムは肩を竦めて嘆息した。


「んな物騒な目つきすんなっての、この状況シチュで仕掛けてもソッコー返り討ちにあって終わりだろうが。手前の分は弁えてるっての。こりゃ純粋な差し入れ」


「そっか。じゃ、いただきまーす」


「少しは疑え!」


 せいの言葉もどこ吹く風にみやこはかき氷(いちご)に舌鼓を打ち始める。


「んん、やっぱ死神グリムだと頭キーンってなったりもしないんだね。…………で、あんた誰?」


 シャクシャクとかき氷を頬張りつつ、みやこが訊ねる。

 そしてその青年死神グリムは薄く笑いつつ、自らの記号を告げるのだった。


「【不沈鉄槌ディープハンマー】──【十と六の涙モルスファルクス】、六之三ろくのさんを任されてる。






 ──食い終わったら、闘おうぜ」



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