断崖ヒーロー──⑥
「…………雨が降って来たね。残念だな、綺麗に桜が咲いていたのに…………これじゃ直ぐに散ってしまう」
「ほーれ、黄昏てる場合じゃないっしょー。はよ現場向かいましょーや」
「うだうだと準備に手間取ってたのはキミの方でしょ」
「ひっどー⁉ いやそれはそうだけどあんたが山のように荷物押し付けるからっしょ! 毎度毎度!」
「それが一番効率が良いんだから仕方ない。私と肩を並べて活躍できるようになったら『荷物持ち』から『相方』に昇進させたげるよ――
「いっやあ…………それつまり一生荷物持ちしてろってことじゃん…………」
白髪の少女が無感動な声色で発する言葉に、糸目の少年――
「あーもー、だからこういう会話してる場合じゃないんですってば。一分一秒が人命を左右する状況だってわかってます?」
「一分一秒、人命、ね…………」
少しずつ雨脚を強くする春の空を見上げながらに、少女は言う。
「──一分一秒程度で左右されるような命に、価値ってあるのかな」
「…………いや、あるっしょ」
「あるかー」
「ありありっす」
「あるよねー」
▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉
◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣◉▣
――「蛇に睨まれた蛙」、という
『強敵に見据えられ、身動き出来ずに立ち尽くしている様』――転じて『恐怖で何も出来なくなったもの』の喩えとして使用される言葉である。
が、最新の研究で蛇に睨まれた蛙は何も恐怖で動けなくなったワケではなく、生き残る為に確固たる自身の意思で『動かない』のだということが判明したそうだ。
なんでも、蛙と蛇はどちらも一度動くと方向転換することが出来ず、それ故に先に動いた側がどうしようもなく不利な状況になってしまう――蛇は蛙に逃げられかねないし、蛙は蛇に食べられかねないとのこと。
つまり、こちらが深淵を覗く時深淵もこちらを覗いているように、蛇が蛙を睨むときは蛙もまた蛇を睨んでいる――自らの生死を賭して蛇の一挙手一投足を見逃すまいと構えいるわけだ。
『先に動いた方が負ける』、と。
そう、さながら西部劇のガンマン――或いは時代劇の剣豪の如くに。
何の話かと言えば。
今回
双方の彼我の力差は、蛇と蛙などよりも余程遥かに、長大に断絶されていた──というお話。
「避けッッッ――!」
「【
ジャララララ、という鎖がかき鳴らす音色と共に黒き死神、【
「へえ」
感心したような声が一つ、零れる。
それと同時に、投擲された分銅を中心として空間が歪み――黒き
ガシャン‼
という閉鎖音が即座に轟き。
「あ、が」
「
「まだだが?」
間髪入れずに腕を振るう【
その鎖鉄球が。
生きた蛇の如くに
「かはっ――」
「へし折れろ」
そうして【
「駄目っっっ! 【
が。
「無駄だ。もう捕らえてる――【
「お前ら逃げ
ガシャン
鎖鉄球を中心に、虚空が歪んで開かれたその牢獄の門は、まるで魔性の
そしてそれはあっさりと、
「 」
それを見て、
声にならない悲鳴だったかもしれないし、明確な言葉だったかもしれない。
何にせよ。
その言葉が響いて失せる頃には、
「まず、一人と」
黒衣の死神は鉄のような固く冷たい無表情でそう呟く。
その手に再精製した
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ──ふうぅぅぅぅ…………」
蒼白になった顔で、それでも
そして、考える。
自分に、何が出来るか。
隊長として何を成せるのか──
「──
ゆっくりした口調で、そう言った。
震えが声に出ないよう、必死に抑えていた。
「っ、何言って」
「隊長命令。意見は訊いてない。行け、
「ふ、ふざけんなよ! おれが残れば──」
「優先すべきはその子の命でしょ。防戦に関しちゃ私のが上手くやれる。最善を考えなさい」
「……………っ!」
ギリ、と音を立てて
理屈は、解る。
納得は、出来ない。
なら、どうする?
ブォン、ブォン、ブォン――と。
【
時間は、ない。
「行ってっっっ!
「おれ、は――‼!」
ぎゅ。
と。
その時、弱々しく
「――――」
その手の先にある、少女の顔に浮かんでいた感情は。
「う…………うぅ」
恐怖と、切望。それだけ。
それを見て。
「――大丈夫だ、助けるよ」
この上なくぎこちない笑みを浮かべながら、
片腕でその小さな身体を抱え、
振り返らずに、駆け出した。
「…………はあ。最後の最期で、大人にしちゃったな」
降りしきる雨の下で、俯きながらに
「ゴメンね。
そのまま
「――待っててくれてたの? 優しいんだ、案外」
「別に、
ニコリともしないまま、ただただ【
「――容赦はせんがな」
「知ってるよ」
問答はそこまで。
鎖の音が鳴り響き、
対する
ひたすらに回避、防御に徹し続け、勝ち目などない絶望の戦場に一秒でも長く留まろうとしがみつく。
(あー…………、こないだのデートで、もうちょっと大胆なことしちゃえば良かったかな?)
無慈悲な死神の猛威に晒され続け――そんな中で
(こういう時が来るかも、ってことはわかってたから、お互い変に一線引いてたもんなぁ…………あ、そういえば――一回も、はっきり言ってないや。好きだ、って)
パックリと口を空けて歪んだ空間が牙を剝き、
零れ落ちそうになる内蔵を抑え、なお走る。
(大丈夫かなぁ、
鎖に繋がれた
支えを失った身体は、音を立てて地面へと落ちて倒れる。
「終わりだな」
と、その声はもう
(私が…………『みんなのヒーロー』って呼んだら、
【
目前の命に、引導を渡す。
「――【
(…………『私のヒーロー』って、ずっと言いたかったんだよ?)
ガシャン。
■□■□■□■□■□■□■□■□
□■□■□■□■□■□■□■□■
「いやー。何というか予想以上だったなー。にっしゃんってばホントに真面目で勤勉だねぇ。わざわざ私が起きるのを
「我ら
「まーねー。けどまあ私としては指遊びじゃつまんなかったから今こんな感じになっちゃってるわけだけどー。えへへ」
春の花々を無粋に散らしゆく驟雨を眺めながらに、幼い少女と女性が二人で会話を交わしていた。
「まーそうは言っても、まだ本格的に動くにはちょーっと早いのよねぇ。だからまあ今日は挨拶ってことでいいよ」
「そうですか──近頃都内でにわかに巨大な気配が動いていましたが」
「あー、その案件に関しては多分今日中に片がつくからにっしゃんは気にしなくていいよ」
「そうなのですか? 出来ることがあるならば私も──」
「クロ爺とイルマが動いてる。これ以上聞きたい?」
「──いえ。差し出がましいことを口にしました。御許しを」
赤衣の
「はーい。許す許す。じゃ、今日の所はこの辺でね、にっしゃん。このあとちょっと服を見繕っておきたいんだ」
「了解いたしました…………服、ですか?」
「うん、喪服」
そう言って少女は──
「ごっめんねー、お姉ちゃん♡」
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「はっ、はっ、はっ、は──」
「…………大丈夫か」
「はいっ…………わたしは、だいじょうぶ、です、けどっ…………!」
少女──
当初の目標でもあった、霊園内に跋扈していた筈の低位の
だが。
その道行きには、数えきれない程の遺体があちこちに転がっていた。
(…………いつから来てたんだ、あいつっ…………!)
内心に戦慄を収めながら、
「もう少しだ…………もう少しで…………」
霊園の外へ、出られる。
逃れられる。
救える──
『【
ギギギギギギギギ。
と、地獄の釜の蓋が開く。
桜並木の元。
降り注ぎ舞い散る桜時雨の最中、囚獄を統べる死神は無情にも
「…………随分と遠くまで来てたな。逃げ足は速いらしい」
コキ、と首を鳴らし、
「あ…………あぁ」
幼い少女が、声にならない声を絞り出す。
恐ろしい相手に先回りされた絶望、などではなく。
黒き死神が、その手に、提げていたのは。
とある少女の
腰から上半分。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
何も言わないまま、
「抵抗は自由だ。動かなければ即座に脳天を砕いてやるが?」
「………………」
手に取った
それと相対する
「闘る気は無し、か? 諦めたか──或いは諦めてないからこそか。どれだけどこまで逃げても無駄だってことは教えてやった筈だが」
ジャリリリリ、と鎖の音が鳴り渡る。
「逃げられないなら、やることは決まってると思うがな。じゃあ終わらせよう──」
そして【
「賛成」
ドシュッ。
「………………あ"?」
その声は、【
目は驚愕に見開かれ。
口からは血が溢れ出ている。
「逃げられないなら、そりゃ、倒すしかないよね。うん」
黒衣の死神、その背後より。
──純白に瞬く、少女が飛来し、その背を刺し貫いていた。
「お"、前────誰だ」
血反吐でくぐもりながらに、【
その少女は、目前の死神を穿つ剣から手を離すことなく、どうでもよさげな口調で答えて見せた。
「無所属。
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