断崖ヒーロー──⑤




 ──東京、青山霊園。


「──第五隊ファレノプシス現着しました。現在位置を死神災害区域に指定、隔離を急いでください」


 第五隊ファレノプシス隊長、太白神たいはくしん ゆらが司令室へと通信を入れる。


「これより区域内の死神グリムの掃討を開始します──いくよみんな」


「了解」


「おう」


 隊長に追従する二人の隊員──副隊長、唐珠からたま 陽汐ひしおと隊員、頭尾須ずびす あがな


「報告によると霊園内に多数の死神犬いぬ空白ブランクが出現中──ただし、大っぴらには暴れだしていないって」


「釣りだな。100パー灰祓おれたちを誘き寄せる為の陽動だ」


 迷い無くそう断言するのは、副隊長である陽汐ひしお


「ん、そうだね――だったとしても、当然見過ごすわけにはいかないけど」


 ゆらは再び通信端末を起動。周囲一帯の灰祓アルバ達に呼びかける。


進明隊ディステル並びに破幻隊カレンデュラは包囲網を形成後、徐々に範囲を狭めていって。民間人の保護を最優先に。死神グリム達は第五隊ファレノプシスが掃討します」


「――ということらしいけど、なんか言うことはあるか? あがな


「ねえよ。嫌味ったらしいこと言うなっつの」


 薄くニヤつきながら訊ねる陽汐ひしおに、あがなは不貞腐れた表情で返す。


「おし。そんじゃあ二人とも、急ぐよ。さっさとここは終わらせないと――生装リヴァース転装、【真白ましろ】!」


 声と共に、ゆらの手の中に純白の直剣が現れる。


「わかってるって――生装リヴァース転装、【閻魔えんま】」


 陽汐ひしお生装リヴァースはその両腕を包む大きく重々しい手甲ガントレット型の生装リヴァースだった。


「…………それが例の新型か。ゴッツいなおい」


「んー、サイズには俺もツッコんだんだけどな。性能を発揮させるためにはどうしてもこの大きさになっちまうんだとさ」


「ま、新発明はそりゃあ大きくなっちゃうもんなんじゃない? 縮小していくのは技術が進んでからでしょ。えーと型式モデルの名称は――変質型トランスタイプっていうんだっけ」


「ああ。装備者の基礎的な偏在駆動や偏在強度を引き上げるのを目的とした兵装だってさ。いくら鍛えたって上位の死神グリムを相手にするとなったら素の身体能力じゃ限度があるからな…………っと、世間話は後にすべきだったな」


「ああ、急ぐか――生装リヴァース転装、【裂黒ザクロ】」


 黒き閃光を煌めかせて――漆黒の刀剣をあがなは腰に佩く。


「時間との勝負になるよ。みんな、準備はいい? ――第五隊ファレノプシス、出動します!」


 ゆらのその気勢と同時に、第五隊ファレノプシスの三人は駆けだしてゆく。


「雑魚掃除は後ろのみんなの仕事! 私達は高い偏在反応を片っ端から潰していく! 一定以上の死神グリムを掃討し終えたら撤収ね!」


「あ? 撤収? 最後までやらなくていいのかよ」


「隊長の話はちゃんと聞けよあがな。時間との勝負って言ってたろ」


 ひた走りながら、陽汐ひしおは眉をひそめながらに言った。


「さっき言ったようにこれは十中八九陽動だ――ならこの後に本命の事件ヤマが来る…………或いは」


 その言葉は重い声色でゆらの背中に投げかけられる。


「もう、ここではないどこかで本命ソレは起こってるかもな」


「………………そうなのか? ゆら


「やれやれー。勘のいい副隊長を持って私は幸せだったり残念だったり」


 ふぅ、と一つ息を吐いてからゆらは言った。


「目前に集中してほしいから言うつもりは無かったんだけど…………さっき指令室から連絡が入ってきてた。――【死囚獄モリスアダムス】に高位死神による大規模な襲撃だって」






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「【死囚獄モリスアダムス】…………死神グリムを捕らえる、とは名ばかりのからの鳥籠ですか。の癪に障るのは、まあむべなるかなといったところでしょうかね」


 コツ、コツ、コツ、コツ、と、甲高く杖の音を響かせて歩くのは、格調高いスーツに身を包んだ老紳士。

 【時限式隠者クロックワークス】と謳われる最高位の死神グリムであった。

 場所は【死囚獄モリスアダムス】、ステージB。

 入口を容易くこじ開け、配下である数多の死神グリムを引き連れて――彼は第二階層であるここまで歩を進めていた。


「――随分と好き勝手に暴れてくれてるじゃねえかよ、爺さん」


 牢獄内を闊歩する老いた死神の眼前に立ちはだかるのは、【聖生賛歌隊マクロビオテス】――仇畑かたきばた しゅうを隊長とする第六隊モンクスフードの面々だった。


「これは失礼した。生憎と行儀のいい破獄の作法など心得ていないものでしてな」


 それを目にした【時限式隠者クロックワークス】は朗らかに破顔しながら応答する。


「ここ最近、空白ブランク共が散々ここの情報を嗅ぎまわってた…………何人か関係者が狩られたよ。強大な死神グリムサマが随分とまあ用意周到なことじゃねえか。それ程までに重大な目的がここにあるってことでいいのか?」


「ほっほ、いやいや別段この牢獄に用件があるわけではありませんとも。この場所を標的にしたのは、単なるの趣味でしょうな」


「あぁ? 趣味、だと?」


「ええ。貴方がた達が大勢集まるならばどこだろうと構いませんでした。…………個人的にはここの最低にて眠る旧友に挨拶の一つでもしておくというのもやぶかさではありませんが、まあそれは私情となりますでしょうな」


「…………へえ。標的は施設でも何でもなく、俺達――灰祓アルバそのものってわけだ」


「然り。予めわざとらしく蠢動する様を見せていたのは、その方が貴方がたを効率良く集められると思ったまでです」


「ハッ。それじゃこの状況はお前らの計画通りってワケか? ――随分とまあ舐め腐ってくれやがるじゃねえか」


 仇畑かたきばたはそこで牙を剝くような獰猛な笑みを浮かべる。


灰祓おれたちがどれだけ大勢でどれだけ備えようともものの数じゃねえとでも言いたげだな」


「言いたげ、ではなくそう言ったつもりだったのですが…………伝わらなかったのであれば私の言葉足らずでありましたかな、申し訳ない」


「…………にこやかなツラして嫌味な爺さんだなオイ。その顔微塵斬りにして後悔させてやるよ!」


 殺気を漲らせた声を上げ、仇畑かたきばたはその両手に自らの得物を呼び出す。


生装リヴァース転装、【武剣タケツルギ】――






「貴殿と同格程度のが、気配からしてこの場に十人以上――それなりに戦力を集めて下さったようですな。善哉善哉」


 仇畑かたきばたのすぐ背後からその言葉は響き渡り、それと同時に。


 ボトり、という音。


 落ちた音。


 仇畑かたきばたの、右腕が。


 生装リヴァースを、持ったまま。


「失敬。名乗りもせずに始めてしまいましたな――余りにも鈍重でじれったかったものでして」


 老死神のその手にあった杖。

 それの持ち手が変容し、気付けば死鎌デスサイズへと変容している。


「私は【時限式隠者クロックワークス】。『はじまりの死神』の一角にして──『最速の死神グリム』などとも呼ばれております。」


 その言葉を最後に、老死神の姿は全ての灰祓アルバ達の視界から消え失せ。


 ――この牢獄内にて、死の嵐が巻き起こる。






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『グオオオオオオ!!』


 霊園内に轟く咆哮。

 それは正しく断末魔だった。


「だぁから、弱い犬かませがキャンキャン吠えんじゃねえっつの」


「ほら軽口叩かない! 見くびれる相手じゃないでしょあがな!」


 立ち並ぶ墓石群を容易く打ち砕く膂力を誇りながらに、二足歩行の人型の獣、【狼人リカントロープ】が唸りを上げる。


「見くびれるだろ、この程度に遅れ取ってられるか──よぉ!」


 大振りに右腕が薙ぎ払われるも、あがなは容易くその一撃を見切り、スウェーバック気味に回避。そして躱し様に愛刀【裂黒ザクロ】を一閃する。

 血風が舞い飛び【狼人リカントロープ】が怯んだその一瞬を見逃す事なく、ゆらは白き直剣【真白ましろ】を疾らせ相手の足の甲、続けざまに太腿を容赦なく突き刺す。


『ギャイイイイィィ!!』


 苦悶の叫びを上げた【狼人リカントロープ】であったが、状況は既に決定されていた。

 巨腕を構えた陽汐ひしおが、渾身の一撃を見舞う。


「ぶち抜け、【閻魔えんま】」


 ズドオオオオォォォん!


 と、大きな大きな破砕音が霊園に響き渡る。

 次の瞬間には【狼人リカントロープ】の姿は跡形もなく消え失せていた。


「討伐完了、だね」


「目ぼしい偏在反応はこれで最後だろ。お疲れ」


 ゆら陽汐ひしおの二人が一息吐く。

 が、その二人から離れた位置であがなは隠れていた民間人へと歩み寄っていた。


「──怪我はないか?」


「…………っあ、はい。大丈夫です。歩けます」


「そうか、偉いな」


 未だ年端もいかない少女に、目線を合わせて語りかけるあがな


「ロリコンだな」


「ロリコンロリコンー」


「黙ってろテメーらは!! …………あー、名前は?」


音奈ねな、です」


「そうか。音奈ねな、家族の人や友達は来てるか?」


「ううん…………私一人で、お墓参りに来ました」


「そうか。よし、じゃあおれたちが安全な場所まで送ろう。ついてきてくれ」


「は、はい」


 音奈ねなというらしい少女の手を引き、あがなは歩き出す。


「ホラ、つーわけだからさっさと帰るぞ。【死囚獄モリスアダムス】の方の救援も急がなきゃなんねーんだろ」


「ん、それは間違いなくそうだね。急いで離脱しちゃおう。残敵掃討は他の隊に任せて大丈夫でしょ」


「ああ、ただでさえ三下が殆どだったんだ、もう碌な死神グリムは残って──









『──【獄門ごくもん出獄しゅつごく】』






 ギ、ギ、ギ、ギ、ギ、ギ、ギ、ギ、ギ。


 宙に、皹が入る。

 空が歪んで、亀裂が走る。

 歪な歪なそのは、甲高い異音を立てて開いてゆく。

 ──ドン、と重々しい音を立てて、門から出でし黒衣の死神は着地した。


「…………ふぅ。思ったよりは早かったな。結構結構。気の乗らない仕事はさっさと終わらせるに限る」


 ──その死神グリムは、看守服を思わせるスーツに大仰なコートを羽織っている。

 夜のように深く、暗い髪と瞳を光らせながらに、彼は第五隊ファレノプシスの目前へと立ち塞がった。




「──【無限監獄ジェイルロックマンション】だ。覚えなくてもいい。死ぬまで忘れられないだろうからな」



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