断崖ヒーロー──③




 【死神災害対策局アルバトロス】東京本局内。

 第二作戦室にて。


「おつかれさまでーす」


 そんな声と共に部屋に入ってきたのは、第五隊ファレノプシス隊長太白神たいはくしん ゆらであった。


「気の抜ける返事は止めたまえよ、太白神たいはくしん君」


「いーじゃないっすか靫負ゆげいさん。久しぶりだな、ゆらさん」


 ゆらの第一声を注意するのは、青白い顔の青年。

 そしてその隣に座っていたのは、ゆらと同年代らしき少年だった。


「あっれ? 靫負ゆげいさんはともかくとしてしゅう君まで来てるんだ? 随分と大仰だねぇ、【聖生讃歌隊マクロビオテス】がわらわらと」


「それだけ重要な案件と言うことでしょうね、ゆらちゃん」


 そう言ったのは、ゆらに次いで部屋に入ってきた大人の女性。


「あー、動橋いぶりはし先輩もお疲れ様です。てかこれで四部隊ですか。ホントに何が始まるんです? 死神グリムと決戦とかしませんよね?」


 ゆらの言った通り──ここに集いし部隊長達、総勢四名。

 第四隊ミモザ隊長、動橋いぶりはし 一颯いぶき

 第五隊ファレノプシス隊長、太白神たいはくしん ゆら

 第六隊モンクスフード隊長、仇畑かたきばた しゅう

 第九隊ラベンダー隊長、靫負ゆげい わたり

 【死神災害対策局アルバトロス】の最高戦力たる【聖生讃歌隊マクロビオテス】、その内の四部隊の隊長達がここへ集結していた。


鐔女つばめちゃん元気ですか? 動橋いぶりはし先輩」


「ええ、あの子はウチの隊員の中でも特に手のかからない良い子だから。いずれは私の後を継いでもらいたいものね」


「いやいやー、動橋いぶりはし先輩が後継の話をするにはちょっと早すぎるでしょ?」


「そう? けれど既に同期の中で一抜けして隊長を務めてる子がいるものだから、結構焦ってるのよ鐔女つばめも…………ねぇ? しゅう君」


「お前には十年はえぇって言ってやって下さいよ動橋いぶりはしさん。俺だって毎日ひーこら言いながら何とかかんとかやってるんですから…………」


「うんうん、立派だねぇ鐔女つばめちゃんもしゅう君も。まったくもう、ウチの問題児に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいねそりゃもうガブガブと」


 盛大にため息を吐きながら、ゆらはオーバーリアクションで自らの部下である少年を思いながらに言った。


「同級生の鐔女つばめちゃんとしゅう君からも言ってやってほしいなぁ。もう少し大人になれよってさ」


「はっ。生憎とその類の言葉は、一番あの正義猪が毛嫌いするもんですよ。耳にした瞬間、湯沸し器みてーに沸騰するのが目に浮かぶ…………鐔女つばめが十年なら、アイツは百年はえぇや」


「だよねぇ~~…………まあ正論が嫌いなお年頃ってことで。けどほらしゅう君はさ、あがなとは『強敵』と書いて『とも』と呼ぶ感じの仲でしょ? 私とはまた違う反応になるんじゃないかなーって」


「悪化する事はあっても良い方向にいくことはないと思うっすけど。俺は俺で、あいつの正義の味方ごっこ認めてねぇんで」


「うーんホントに正論だねぇ手厳しいなぁ。あがなのアレはもう性分だからと思って私も諦めかけてるし、その辺強く言えないからなぁ。ほら、あの子は──みんなのヒーローだし」


「…………ったく、結局ゆらさんが甘やかしてるからいつまでもあんな風なんじゃないっすかね」


「かもねー、あははははは」


 そんなどこか長閑な雰囲気を引き裂くようにして、最後の一人が入室する。


「──全員、揃っているな」


 厳格な人柄を隠そうともしない重苦しい声色でそう告げたのは、壮年の男性だった。

 名は、煦々雨くくさめ 泗琰しえん

 現【死神災害対策局アルバトロス】局長である。


「ではこれより緊急対策会議を行う。早速だが本題に入らせて貰おう──今日ここに諸君らを収集したのは、近日中に死神グリムによる大規模な襲撃が予想されているからだ」


 その言葉を聞き、瞬時に室内の意識が張り詰めた──【聖生讃歌隊マクロビオテス】隊長達としては当然の反応である。


第四隊ミモザ第五隊ファレノプシスの二部隊は既に承知だろうが、ここ数週間都内での死神グリムの動きが不自然なまでに活発化している。何体かは【死囚獄モリスアダムス】へと収監し、尋問しているが結果は芳しくない──わかったのは死神グリムどもが何かしらを企て、東京各地での灰祓われわれの配置等を探っているという事ぐらいだ」


「なるほど。それで本来管轄外である第六隊モンクスフードや我々第九隊ラベンダーまでもが収集されたわけですか」


「その通りだ靫負ゆげい隊長。無論一連の騒動がデコイである可能性は捨てきれんが…………高位死神グリムの気配が見え隠れしている現状の中、この国の心臓部である東京を無防備にしておくわけにはいかんのでな」


「優先順位というものがあります。妥当な判断ですね」


(…………あがなが聞いたらまた噛みつきそうな話だなぁ。ま、どうしようもない事は分かってるだろうからそこまで食い下がりはしないだろうけど)


 ゆらが内心でそんなことをボヤいたりしながら、会議は進行していくのだった。






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 ──深夜。東京某所。

 とある隠れ家バー、カウンターにて一人の男が静かに呑んでいた。

 看守服にも見える大仰な黒いロングコートに身を包むその男は、しかし店内において誰にも認知されていないかのように静かに佇んでいる。

 しかし、そこに一人の老人が現れ、男の隣の席へと腰を下ろす。


「──お久しぶりですな」


「…………二十二年ぶりだ。無論、時間の経過など死神おれたちにとっては虚しいものでしかないが」


「そうですかな? 虚しく感じるかは個人の裁量でしょうが──無為な刻などこの世に在りはしませんとも」


「ふ、よりにもよってあんたにそれを言われれば、閉口するしかないがな…………それで、どんな要件だ?」


「えぇ…………我らが女王、【醜母グリムヒルド】が再臨しました」


「…………はぁ。憂鬱な話だ」


 男は露骨にため息を吐き、厭そうな顔を隠そうともしない。


「とはいえ、前代の彼女が種蒔きを粗方終えていたようですので…………あとは事を興すだけということです。まずは芽吹いた種子の剪定から入るとの事ですので、声がかかったのが私と貴殿というワケですな」


「そうか…………やれやれ、面倒なことにならねばいいがな」


「あくまで始まりの始まり──熾火をつくる程度の事と聞いておりますがね」


「それで済んだら、確かに大した手間にはならんだろうさ」


 カラン、と氷でグラスを鳴らしつつ、彼は──【無限監獄ジェイルロックマンション】は【時限式隠者クロックワークス】へと語りかける。


「それで済んだら、な」






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 【死神災害対策局アルバトロス】東京本局、演習棟C。

 頭尾須ずびす あがなは日課の演習を終え、ベンチの上で一息ついていたところだった。

 そこに、無遠慮に隣にドサリと座り込む者がやってくる。


「こーんちはー。頭尾須ずびすさんですよねー?」


「…………そうだが」


 あがなの側に座り込んだその少年は、この上なくにこやかな表情で笑いかけてきていた──しかしその開いているか閉じているかもわからぬ糸目からは、友好的なものは一切感じられない。

 好きになれない人種タイプだ、とあがなは理由もなく確信した。


「やー、すみませんねー不躾に。けど一目見てみたかったもんで。噂のスーパーヒーローさんを」


「喧嘩売ってんなら買うが。二束三文で」


「いやーまさかまさか。僕の喧嘩は高いですよ。そんな安値じゃ売れませんねー。とか言っちゃって言っちゃって、ただの新入りなんですけどね僕」


 ケラケラと笑う糸目少年。

 が、楽しそうな雰囲気は微塵もない。


「どうりで見たことねぇ顔だと思ったよ。で、何のようだ」


「やだなー、見かけたから声かけただけですよー。用件がなきゃ話しかけちゃダメですか?」


「おれは用件がなきゃ話したくねぇな、少なくともお前みたいなヤツとは」


「たっはー! 手っ厳しー! ま、実際僕も暇潰し100%で話しかけてるので返す言葉もないんですけどねー! ほら、あそこのブースで演習してる男の子いるでしょ? あの子の付き添いでして」


「…………ならお前も演習に付き合えばどうだ、隊員なら」


「え、嫌ですよ。疲れますもん」


「そうか、おれは現在進行形で疲れてるよ」


「そーですかー、ごくろーさまでーす。…………あ、終わったみたいですね、よかったよかったー」


 途端にその少年はベンチから立ち上がり、速やかにその白い髪の男の子へと駆け寄っていく。

 どうやら掛け値なしの暇潰しであがなに声をかけたらしかった。

 …………そのままスルーすべきなのは承知していたが。

 しかし、不思議とあがなは問わずにはいられなかった。


「…………お前、名前は」


「…………」


 その問いに糸目の少年は足を止め、しかし振り向きはしないまま答える。


「──薙座ナグザ 御呉ミクレ。覚えなくていいですよ。ただの傍観者エキストラですんでー」


 そう言うと用は済んだと言わんばかりに、「おーいせいくーん」などといいながらにあがなを振り向かないままに白髪の男の子の元へと駆け寄っていった。


「…………帰るか」


 なんだか馬鹿馬鹿しくなったあがなは、自らもベンチから腰を上げてその場を立ち去る。


 が。


 白髪の少年が。


 その紅い瞳で、ずっと自らの背中を見据えていた事には──最後まで、気づかないままだった。




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