断崖ヒーロー──②




「──これで何度目だ? 命令違反独断専行。お前の脳には海馬が詰まってないのか?」


「うるせぇ…………終わったことをいつまでもグチグチ言うなっての、お前もゆらも。粘着質な」


「んなガキ臭い台詞言うくらいなら粘着質な方がマシだがね俺は。大人になれとは言わないが、ちっとは常識ってもんを学べや」


「目の前の人間見捨てる常識なんざおれは知らねぇ」


「すげえこと言うよなお前。今日日少年漫画の主人公だってなかなか言わねぇぞそんなクサい台詞」


「そうやってクサいだの青いだのいって正しさから逃げるようになることが大人になるってことなら、おれは一生ガキでいいさ」


「『不器用だな』…………とか言って欲しいのか? あれ不思議な言葉だよな。客観的に見ればどう見てもダメ人間な奴でも『不器用』って言えばなんか許されちゃうもんな」


「喧嘩売ってんのかテメェ」


 【死神災害対策局アルバトロス】東京本局、第五隊ファレノプシス作戦室。

 二名の少年の会話が響く。


「身勝手をするなら自分で責任を取れる範囲でやれって事だ。お前が好き勝手すればその皺寄せは全部隊長であるゆらにいくんだからな。そこ、自覚してるか?」


「…………それは」


「しててもしてなくても大概だがな。ったく──



 ──いつまでも惚れられた弱みにつけこんでんなよ男らしくねぇ」


「なんっっっでそういう話になるんだふざけんな陽汐ひしお!」


「何でも何も、見たまんまだろ。偶には一番近くで見せつけられてる俺の身にもなって欲しいもんだ」


あいつとはそういうんじゃねえって何度も言ってるだろうが」


「じゃあそういうのになれ。さっさと。煮え切らない事この上ない」


「ならん! 断じて!!」


 そんな風に言葉を交わす男子二人。

 唐珠からたま 陽汐ひしお頭尾須ずびす あがな

 共に【聖生賛歌隊マクロビオテス】第五隊隊員である。

 そして、もう一人。


「あ、いたいたー。もー、冷たい隊員達だなあ隊長を待ってくれてるもんじゃないのフツー」


 第五隊隊長、太白神たいはくしん ゆらが部屋に入ってきた。


「待ってただろ。こうして隊室で」


「甘いな。女の子は駅まで迎えに行かなきゃだぞあがな


「面倒が過ぎるっつーの」


「ほらまたそう言って憎まれ口叩くんだからー、あがなは。ああ、幼いころはもっと素直で可愛いコだったのに…………」


「記憶を捏造してんじゃねえ。おれがお前と初めて顔合わせたのは中学上がってからだ」


「ノリも悪ーい…………んで? 私を抜きで何を話してたのかな二人とも?」


「…………別に」


「あー、気にしなくていい。男同士でしか話せないようなことだから」


「ンなっ…………⁉ 男同士でしか話せないことっ…………!?」


 顔を真っ赤に赤らめてゆらが仰天する。


「やっだもー何話してんのよ! これだから男子は! 破廉恥! 思春期っ!」


「破廉恥も思春期もお前だ。飛びすぎだろ発想が…………エロガキ」


「まーまー、ゆらもお年頃って事で」


陽汐ひしお同い年タメだしあがなに至ってはいっこ下でしょうがい!!」


 パタパタと両手を振りながら憤慨の意を伝えようとするゆらだった。


「わざわざ他家よそまで出向してきた隊長をもうちょい労いなさい! はー疲れた疲れたー! やーしんどいなーみんなの隊長は急速に疲労していってますなー!」


「へいへい、手間のかかる隊長なこって…………」


「出向してきたのはおれもなんだがな」


 陽汐ひしおが冷蔵庫まで足を運び、あがなはしかめっ面で嫌味を言う。


「あそっか。あがな煦々雨本家に呼び出し食らったんだっけ? やーいやーいざまーみろー」


「清々しいまでにクソガキだなテメーは。あいにくだが大した用事でもなかったよ。物分かりのいいお嬢様に指導しただけだ」


「…………お嬢様? へぇ」


 途端にゆらの目が据わり、声色が刺々しく変質した。


「麗しいお嬢様に手取り足取りナニ取りしたわけだ?」


「ナニって何だ。アホ。まだ小学生ぐらいの子だったっつーの邪推すんな」


「小学生! JS! やっぱりね! はー、やっぱりね! あがなってばロリコンだもんねー!」


「ぶっっっ飛ばすぞなんだその根も葉もない汚名は! ふざけんな!」


「いーや見え透いてるね、あがなってば絶対ロリコンだもんね、年下の女の子に異様に優しいもんねー!」


「普通年下の女子には優しくするもんだろが! なんだその独断と偏見に満ちた恣意的なものの見方は確証バイアスじゃねーか!」


「はいはいその辺にしとけー。ほらレモンの蜂蜜漬け」


「ひゃっぽーい陽汐ひしお特製おっやつー!」


「変わり身はえーよ」


 一転、喜色満面でタッパーに入ったレモンに飛び付くゆらとそれを白い目で眺めつつも自らも手をつけるあがな


「で、指導って具体的に何したの? 煦々雨くくさめ家は冗談みたいな時代錯誤の名家なんだし、大抵の専門家は一声で呼びつけられる筈だけど」


「おれなんかが教えられる事なんか一つしかないだろ…………対死神グリム戦術についてだよ」


「へぇーん。あがなが他人にモノを教えられるほど大人とは思えないけどねー。さぞかし苦労したんでしょ?」


「や、それが全然」


「はぁ? ウッソだぁ」


「そう言いたくなるのもわかるけどな。その生徒役──本家の姫様ってのがおそろしく出来がいいもんで、おれが教える事なんかそうそう無かったし、あっても即覚えて終わりだったよ。あー…………あれは俗に言う天才ってヤツなんだろうな」


「天才…………か」


 その単語ワードに、ゆらはどこか神妙な顔になり、言った。


「全国模試で一位だったり、IQがギャグみたいな数値だったり、チェスや将棋が無闇矢鱈と強かったりしたの?」


「なんだその取って付けたような天才描写の群れは。お前の中の天才像チープ極まりないな」


「後はほら、暇さえあればルービックキューブとかやってたり」


「しねぇっつーの。あとルービックキューブほどパターンとルーチンがモノを言うパズルはねえから、天才でも何でもなくてもしっかり練習すりゃ割りと解けるぞアレ」


「うっそだぁー。私三日かけても全然解けなかったし…………んで、その天才お嬢様とめくるめく甘い時間を過ごしてきたワケだー? あがなは」


「いつまで引っ張るんだよその路線。さっきも言ったろ。凄まじく物覚えが良いもんで、一通りの説明だけすりゃ即こなしちまったんだよ。なんの達成感もない仕事だったぜ」


「ふーん…………ならいいけどさ。私と違って楽できたようで何より」


「ん…………で、お前は何処に出向してたんだよ?」


「…………時雨峰しうみね家」


 若干顔を固くして、呟くようにゆらは返答した。


「はぁ? あそこ、分家の中でも技術開発メインの家だろ。戦闘員のお前が何で呼び出し食らうんだよ」


「まあ私もそう思ったんだけどねー。ほら太白神ウチみたいな分家の中でも更に落ち目の三下は、同じ分家にも強く出れなくてねー。媚び売ってかないとヤバいのよ色々」


「リアクションに困る自虐は止めろ。何て返せばいいんだよ」


「笑えばいいんじゃないかなっ?」


「全然まったく微塵も笑えねぇ」


「そかー」


 そこで気が抜けたようにはにかむと、ゆらは語りだした。


「奇しくもあがな同様に、時雨峰あそこの長女に稽古つけて欲しいって言われてね。こないだ入局したてなんだってさ」


「ん…………分家の入局者、今季いたか? 記憶にないな」


「ま、時雨峰しうみね家は技術畑の裏方メインだからねー。バリバリの武闘派な神前こうざき家や日前ひのくま家に比べれば、そりゃ知名度低いし話題にならないのはむべなるかなって感じ?」


「ふーん…………で、なんでその裏方の筈の時雨峰しうみねが長女を戦闘員として入局させて、あまつさえ太白神おまえにわざわざ稽古つけさせたりすんだよ」


「あーうん…………私も疑問だったけどね…………会えば、てゆーか見ればわかるよ。──さっきあがなは『俗に言う天才』って言ってたけど」


 どこか遠くを見るような目でゆらは言った。


「あの子は──俗に言わない天才・・・・・・・・って感じかな」






「ま、その子の弟くんがめっちゃ私好みの美麗ショタで死ぬほど眼福だったから私的には大変美味しい仕事だったんだけども」


「どの面下げて他人をロリコン呼ばわりしやがったテメェ!!!!」



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