52.廻欲




 ──それで王子は男に、「どうしたら天国に行けますか?」と尋ねました。

 男は「貧しさと謙遜によってだよ。私のぼろの服を着て、7年世間をさまよい歩き、惨めさがどういうことか知るようになることさ。金を受け取らないで、腹が減れば、情け深い人に少しパンをめぐんでもらえ。こうして天国にたどりつくことができる。」と答えました。──




 ──グリム童話「貧窮と謙遜は天国へ行く路」より。






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「えー…………ではこれより【十と六の涙モルスファルクス】の懇親会を──」


「ホルモンもう注文したか?」


「アホか初手ホルモンなんざ許されん暴挙や無難にタンでゆっくりエンジンを」


「肉奉行うざー」


「タンは焼くのに時間がかかります。取り敢えずロースをサラッと焼いてしまいましょう」


「まぁそれが妥当かな」


「ではお飲み物はどうします?」


「アルコール欲しい人先頼んでー! ソフトドリンクは後でー!」


「カルビはー? ねえカルビー」


「タン塩じゃない! 塩いらない! 僕タンは醤油派なんだ!」


「マイノリティですね。そう言うなら仕方ありませんが葱は乗せますので」


「肉ばっか頼まずに少しは野菜を…………」


「はー? 焼き肉屋きてなんで野菜食わなきゃなんないの? サラダバー行けば?」


「あーもう滅茶苦茶だよテーブルごとに仕切ろうぜ取り敢えず俺のトコはホルモンオンリーで」


「テメーがホルモン食いたいだけやろが黙っとれ」


ナマみっつー」


「あたしタピオカのみたいよー。タピオカー」


「飲み放題のメニューにないでしょタピオカ以外で」


「やーだー! タピるのー!」


「いやサーロインでいいじゃん! 奢りなんだからケチんないでよ!」


「いきなり特上はないでしょせめてザブトンぐらいから」


「五十歩百歩だろブルジョワどもめ…………」


 無秩序カオス

 卓上はその一言に尽きた。

 もはや闘争の域にまで達しようとしているその食卓で、リーダーのイザナはそれでも声をあげようとする。


「みんなぁ…………あのー…………私の話…………」


「おいごら誰やぁ! オマールテールの塩焼きなんざ頼んだ阿呆はぁ!」


「うぅー…………わたしだよ…………」


「あ、え、いや、構いません構いませんどんどん頼んでくださいねー【死姫アデライード】。ちょい【処刑者パニッシャー】、あんたちゃんと面倒みろや!」


「おいおいこんどはチヂミが来たぞだから焼肉屋なんだから肉を頼めっての」


「えっとー、シャトーブリa」


「おいヴァルそこの食い意地馬鹿の口塞げ」


「失礼します」


「むぐー! ふんがぐぐぐ、あがー!」


「かといって牛肉ばっかも食傷だよちょっとは豚と鳥も」


「奢りなんやからんなケチくさい真似せんでええやろが、どーせイザナさん持ちなんやし」


「シャトーブリむんぐぐーーー!」


「ちょっと火力上げすぎだってロースがすぐ焦げるだろ」


「ペース上げなくては焼ききれませんよ」


「じっくり焼いた方が旨いんだってば!」


「大勢での場合は回転数が命です。拘るなら一人焼き肉ソロプレイの時にどうぞご自由に」


「わ、私の話を聞けぇーーーー!」


 叫ぶイザナ


「「「「「……………………」」」」」


 一瞬、席に静寂が降り。

 そして。


「「「「「黙ってろ」」」」」


「あっハイ。さーせん」


 死神女王は何の抵抗も出来ずに撃沈した。


「おや? ロースまだありませんでしたっけ」


「十人前だぞ。まだもつ筈────テーブルの下だ! ストマックてめぇそれ生だろ! ざっけんなせめて焼いて食え! 焼肉屋だって何回言えばわかんだボンクラども!」


「くっちゃくっちゃくっちゃくっちゃくっちゃ、もぐ、はふ、んぐっ……焼いてるひゃいてる時間ひはん勿体無いほっひゃいなひ……ゴクン。焼く暇あるならわたしは喰う!」


「すみません上カルビ五人前追加を」


「肩ロースが食べたい。肩ロースを所望する」


「あっ、ハラミ頼んでませんでした。ハラミをお願いします」


「…………肉以下…………私の人望、肉以下…………っ!」


 顔面をテーブルに擦り付けながら、イザナは怨嗟の声を洩らす。


「ホッホッホ。まぁそう気を落とさずに、【醜母グリムヒルド】。冷静に考えてみてください。焼き肉以上の求心力を持つ人間など、そうそう居ませんよ」


「それが私だと…………信じてたのにっ!」


「マジですか。何を根拠に?」


「根拠なんていらねーよこの人の場合」


 現実に打ち拉がれる【醜母グリムヒルド】──太白神たいはくしん イザナにフォローを入れるのは、老齢といえる容姿の死神グリム

 その側で呆れた声を上げるのは、世話係二名──両木もろぎ より楽目らくめ おどろ


「とは言え、流石に首領にこの態度は少々頂けませんな…………皆さん、女王ヒルドが話をしたいと仰っています。傾聴下さい」


「「「「「はーい」」」」」


「なんっっっでクロ爺だと即答なのよ!!!!」


「いや、だから人望の差だって」


 世話係の辛辣な言葉をよそに、改めてイザナが配下の死神グリム達に呼び掛ける。


「ゴッホン! …………えー、それでは改めまして、今夜は我々【十と六の涙モルスファルクス】の懇親会ということで、みんな大いに寛いで貰って構わないんだけど、構わないんだけどぉ! ちゃんと! 私の話も聞いてね!!」


「はぁ」


「うい」


「ぇーい」


「気のない返事はノーサンキュー! えー、んじゃ出欠とりまーす。リーダーの【醜母わたし】は出席。元老院としてクロ爺──【時限式隠者クロックワークス】も出席と」


 ペコリ、と威厳ある老人の姿をした死神グリム──【時限式隠者クロックワークス】が一礼する。


「んで、メインメンバーだけど──まず十之一じゅうのいち、【紫の鏡ヴァイオレットヘイズ】は私が直々に脚本シナリオから出禁喰らわしてるんで欠席でーす」


筆頭エースに出禁喰らわすリーダーとは」


「はーほんとつっかえ」


「うっさぁい! あいつに出張られると脚本シナリオのジャンル変わっちゃうでしょうが! サイコホラーに興味はないの私は!」


 容赦なく飛ぶヤジに、怒鳴り声で応えるイザナ


「そういうことするから人望なくなるのにね」


「ねー」


「んで、十之二じゅうのに白銀雪姫スノーホワイト】。声はかけたんだけど欠席だそうです」


「チッ、まーたサボりかいなあんのクソアマ…………一言言わな気ぃ済まん」


 それを聞いた赤い死神グリムがスマフォを操作しどこかへ連絡を入れる。


「おいコラァ。あんたまぁたサボりよって何様んつもりや」


『なんや【処女メイデン】はんやないのぉ。そんなカッカしてどないしはったん? 髪だけじゃなく顔まで赤くしたいんか?』


「またサボりよってっつっとろうがシカトすな。たまには顔くらい出せやア■雪擬きが」


『あらら、そないに危ないこと口にするもんやあらへんよ? ただでさえそこかしこで醜態晒してるんやから、そろそろ立場も危うぅなっとるんちゃうんか?』


「あんたの煽りいちいち真に受ける程暇やないねん、詫びの一言ぐらい出せちゅうだけの話やろが」


『そうどすか。じゃあイザナはんに伝えといてくれますぅ? また今度会合がありましたら、東の無粋な店やのうてみやびな料亭を用意しますから、是非そちらから古都ウチのトコまで足を運んでくださいまし、て』


「てんめ……」


 ──ブツッ。

 通話終了。


「あ"あ"あ"あ"腹立つぅ!」


 床にスマフォを投げつける【処女メイデン】だった。


浪速なにわ女とみやこ女の溝は深い」


「仁義なき伝統の一戦」


 それを呑気に眺める周囲は他人事な台詞を言うばかりだった。


「…………ま、そういうわけ。で、十之三じゅうのさんもまたいつも通り欠席──」


「──とは限らんぞ」


 そんな声と共に襖を開き、広間へと入ってくる男がいた。

 どこか看守服を思わせる黒いデザインのコートに身を包んだその男は、空いていた席にゆっくりと座る。


「…………驚きましたね。【澱みの聖者クランクハイト】と並んで出不精の貴方が出席なさるとは」


 【処女メイデン】の隣に座る女性の死神グリム──【処刑者パニッシャー】が少し眼を見開きながらに言う。


「その【澱みの聖者クランクハイト】もまた出席済みのようだがな…………別段深い意味はない。議題に上がっていた者の中に顔見知りがいただけの話だ」


「いやいや、動機は別にどうでもいいって。よく来てくれたねー、【無限監獄ジェイルロックマンション】。うんうん、これぞ私の人望の──」


「まあ、肉が食えると言う話だしな」


「…………うん。動機は別にどうでもいいって。で、続き──」


「じゅうのし【死姫あでらいーど】、しゅっせきしてまーす」


 手を挙げてそう応えるのは、【処刑者パニッシャー】の隣、【処女メイデン】の逆側に座る少女──否、幼女と言うべき容姿の死神グリム


「はいはーい。よくご挨拶できたわね、るい。で、十之五じゅうのご澱みの聖者クランクハイト】も出席! 祝・引き籠り卒業だね!」


「卒業したつもりないけど。肉があるから来ただけなんだけど」


 そう言うのは、パーカーを着込んだ暗そうな雰囲気の少年。先ほど着けていたらしい黒死仮面ペストマスクが背後に置いてあった。


「で、十之六じゅうのろく少女無双ヴァルキリアス】はいつも通り出席と。真面目だねー、素敵だねー」


「【白銀雪姫スノーホワイト】の名代としての役目がありますので。【醜母グリムヒルド】のお言葉も拝謁しなくてはなりません」


「ホンマ、こんなええ子がなんであのクソアマの妹分やっとるんやろ…………」


 几帳面な受け答えをする少女の死神グリムを眺めながらに【処女メイデン】がぼやいた。


「で、十之七じゅうのなな首吊り兎ヴォーパルバニー】は、残念ながらやられちゃいましたー。黙祷! んで次、十之八じゅうのはち圧搾者エキスペラー】は無事出席ー。やー、クリスマスはよく逃げ切った!」


「へーどうも。死にかけたのはあんたのせいだけど」


「んなワケないじゃん。せいが襲ったんだからせいのせいじゃん。あ、駄洒落じゃないよ?」


「………………」


「はい次いこー」


「酷いね」


「クズだよなー」


 部下の不満には聞こえぬフリをしてイザナは引き続き話を進める。


「んで、十之九じゅうのきゅう砂塵の嘴デザートイーグル】もやられちゃったんでしたー。それについては、後でちょっと話するね」


「………………」


 【無限監獄ジェイルロックマンション】と呼ばれた死神グリムが、少しだけ眉を潜めた。


「んで十之十じゅうのじゅう奈落食堂ストマックフォール】も出席──出席なんだけどぉ! お肉を生で食べるのは止しなさいー! 焼こう! 焼き肉食べよう!」


「ガツガツムシャムシャモリモリクチャクチャ」


 一心不乱に生肉を喰い漁るのは、未だ幼い姿の──とはいっても【死姫アデライード】と呼ばれた死神グリムよりは年上、十歳前後の容姿をした少女の死神グリムだった。


「…………げぇーーーっぷ」


「汚っ!」


「マジで止めろお前! マナーという概念を知らないのか!」


「しらん。そんなの無くてもめしはうまい」


「野生児め……」


るい様、あれは決して真似してはいけませんよ」


「はーい」


 そんなやり取りを横目に、イザナは最後の点呼を取る。


「んで、次は六の面子だねー。六之一ろくのいち処刑者パニッシャー】、六之二ろくのに処女メイデン】、共に出席! いつもありがとー」


「お気遣いなく、イザナさま」


「感謝してくれてるならもうちょい気楽な案件回してくれます?」


「んで、六之三ろくのさん不沈鉄槌ディープハンマー】は欠席らしいんだけど…………それ以下はみんな音信不通なんだよねー。どうしたんだろねー?」


「「「「「は?」」」」」


 ハモった。

 【十と六の涙モルスファルクス】一同で。


「…………知らないんですか? 忘れたんですか?」


「ん? …………あー、そっか【爆走魔モーターギャング】はみやこちゃんにクリスマスでやられたんだったねー」


 あっけらかんに言うイザナ

 が、しかし。


「…………あのですね、イザナさん」


 呆れ顔をしながら、【処女メイデン】が口を開いた。


六之四ろくのよん以下三名──【裂き手リッパー】、【爆走魔モーターギャング】、【無理心中フォーリンラヴ】は






       とっくに全滅しとりますよ」





「…………んん?」


 首を傾げ。

 イザナは改めて【処女メイデン】に問うた。


「それは、つまり、簡潔に言うと」


「はぁ、つまり、【十と六の涙モルスファルクス】は今──【八と三の涙】になってもぅてますね」


「…………ふむ。ふむふむふむ…………」


 両腕を組み。深く何度も頷いた後で。




 両手で口を覆いながら、イザナは言った。






「うわっ……私の手下、やられすぎ……?」


「「「古っっっ!!!!」」」



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