53.牙等




「あひゃーひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! あっひゃっひゃひゃひゃっひゃっあっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


 ──某所。とあるタワーマンションの中。

 ワンフロア丸々をぶち抜いたサーバールームの真っ只中、墓碑を思わせる数多のサーバー郡に囲まれながらに隻眼の死神は哄笑していた。


「あっひゃあひゃっひゃあひゃひゃひゃっひゃひゃ! あー──」


『五月蝿い煩わしい声落として』


「──えっ。あっ、うん。ごめん…………」


 率直な糾弾を受け、紫苑色の髪を湛えた死神──【狩り手ハンター】は大人しく声量を自制した。


「なーにー? ひょっとして御機嫌斜め? 【爆滅ノ使徒ブラストバレル】ちゃん」


『いんや別に。ただ例のバイト以来ずっと寝てないからねー。あんま甲高い声は聞きたくないの』


「ありゃ、そりゃまぁ…………睡眠不足はお肌に悪い──てのは死神グリムには縁の無い話だけどさ。けど肉体面フィジカルはともかくとして精神面メンタルにまでは回帰も中々及び辛いんだからねー? 睡眠は大事だよ。睡眠てのは精神の休息なんだから」


『あー、脳は寝てる間に記憶の処理だのなんだのをやってるってやつとかね。まあそうはいっても十日ぐらいなら人間でも頑張れば起きてられるそうだし? 死神グリムなら尚更余裕だよねーって話』


「またソシャゲー? 今何作ぐらい平行プレイしてんの?」


『そんなにはやってないよ。今はもう三桁には届いてないし』


「リセマラ業者みたいなプレイスタイルだね相変わらず…………」


 呆れ声で返す【狩り手ハンター】は、しかし打ちっぱなしの冷たい床に寝そべりながらも怠けているワケではなかった。

 ラップトップのキーボードを叩き、何かしらの作業に耽っている。


『で、例のワンちゃん飼い慣らしマシーンは完成したわけー?』


「今最後の後詰め中ー。けどここ越えればひとまず形にはなるかな。勿論完成した後も引き続きアップデートは続けていきますとも~」


『へーほー。んで、その夢のソフトをわたしにも使わせては』


「あげらんないねぇ」


『ですよねー。ケチ臭いー。一人占めしちゃってー』


「いやいや意地悪してるワケじゃなくってね。んな誰でも何時でも何処でもスイッチ一つで気軽に悪魔召喚出来るようなぶっ飛んだソフトじゃないんだってば。赤スーツ来た車椅子男じゃあるまいし、んな埒外プログラムなんかくーめーまーせーん!」


『案外BASIC言語で10MBぐらいで組めたり?』


「しません。現状、使用する場所の偏在環境に左右されまくるのはどうしようもないね。予め大衆の偏在認知を煽るのにも限度ってもんがあるし、それだって天気予報みたいなもんだし。過去のデータから大体の予想を組み立てる経験則での方策だから、失敗する時はフツーに失敗する。ここぞって時に頼るには不安定過ぎるよ」


 ポリポリと頭を掻きながら、物憂げに【狩り手ハンター】はそう言った。


『…………それ、使い物になんの? この先はそろそろ女王ヒルドも本格的に重い腰をあげる頃でしょ。死神犬いぬを遣いっぱしりに出来たって焼け石に水なんじゃない?』


「オレとしては無いよりは有るに越した事はないと思ってるよー? お金と一緒だね」


『へーそー。財力だって戦力だって集められるだけ集めるってワケだ。ただでさえお金持ちだってのにあんなにかき集めてさー、えーっと、ほら、あれでしょ。マネーリンダリンダ』


「あっひゃっひゃっひゃっひゃ。誰がドブネズミみたいに美しいだ。ロンダリングね。資金洗浄マネーロンダリング。」


『ふーん。まぁどうでもいいんだけど』


「おいおいおいそれはないっしょ」


 珍しく呆れ声をあげる【狩り手ハンター】だったが、通話相手は何処吹く風。


『またガチャ資金が底をついたらお金ちょーだいね』


「いいよー? もちろんただじゃないけどねー♡」


『へーへーわかってますとも。ただより高いものはない…………んじゃ、またね』


「はいはいバイバーイ」


 プツリ。

 あっさりと死神達の通話は終了した。


「ま、確かに死神グリム相手の戦力としちゃー力不足ではあるけれど…………非力と無力は同じじゃないんだよね~。死神グリムってのはみんなその辺歯牙にもかけないんだから。だから格下に足元掬われるんだっばー、【砂塵の嘴デザートイーグル】のボンクラみたいにさぁ」


 あっひゃっひゃー、と【狩り手ハンター】は嗤う。


「──そろそろ灰祓あちらさんも切り札切って来る頃だしー? 舐めプしてるやつからドンドン墜とされる事間違いなしなんだからねー…………ま、死神犬いぬを飼い慣らす最大の理由は他にあるけど。だぁーってだってだってだってさぁ──」


 ニッタリと、粘着質に顔を歪め。

 【狩り手ハンター】は言った。


「──猟犬ハウンドのいない狩人ハンターなんて、間抜けだもんねぇ? あひゃひゃひゃひゃひゃ! あっひゃっひゃあひゃーーーーひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ──」






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「あはーはははははははははははははははは! あっはっはっははははははははぁははははは、あははははははははははははははははは! あは、くっ! あは、くすぐったぁははははははははははははは!」


「声落とせよ周りに迷惑だろうが」


「いやいや無理無理なんだこれくすぐった過ぎぃひひひひ、いひひひひひ!」


「乙女にあらざる悲鳴ね…………」


 センパイはしかめっ面で、オトメさんは呆れ顔でそういったけどいやこれ無理りりりりりりくすぐったくってしゃーないぃひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!

 おおっと、ここいらで現状説明をば。

 ここは宮城駅前。今いる店名は人造温泉ぽすと。

 このスパであたしのセンパイは闘いの疲れをいいいいいやしてるというワケだぁはははははははは。


「も、もう限界っ! …………ふぃー。ドクターフィッシュって初めて試しましたけども、想像を絶するくすぐったさでしたね」


「大して意味ないだろ死神グリムにドクターフィッシュは…………回帰によって常に最善万全のコンディションが約束されてるんだ」


 まーた無粋な事言っちゃうんだからこのセンパイは。


「んなこと言い出したらそもそもお風呂だって意味ないでしょー。てかマッサージ機に座って水素水飲んでる人に言われたくないですぅー。今日日水素水ってマジですか。そもそも水素水ってなんなんです? H2H2Oですか??」


「うっせぇ! ミネラルウォーターみたいなもんだろ!? ネチネチほざくな! 飲み放題キャンペーンやってんだから飲まなきゃ損だろが!」


「そういうとこホンットケチ臭いというかみみっちいままね…………まる一年経っても変わってないみたいでお姉さんは悲しいわ」


「うるさい。姉貴面するの止めろって何回も言っただろ。だいたいお姉さんってなんだお姉さんって。お前下手すりゃ実年齢は三桁──」


「壊すぞ????」


「………………」


「あ、黙った。センパイよわー。オトメさんつよー」


 そんな風にセンパイを黙らせる気迫と眼力の持ち主──オトメさんこと【凩乙女ウィンターウィドウ】さん。

 死神グリムとしては正真正銘の最古参である、『始まりの死神グリム』と謳われる神話級ミソロジークラス死神グリムの一角、とのことらしい。

 フツーに優しいおねーさんだと思うけどね。

 センパイはまぁデリカシーに欠けるから、怒られるのは必然だと思う。

 もっと女心を学ばねばいかんよ。

 せっかくあたしともあろうものが側をうろちょろしてあげているというのに。

 ともあれ、そんなオトメさんはあたし達を助太刀してくれる──筈だったんだけども、特に何をするでもなしに仙台を観光してたみたいだ。

 一応最後だけ顔を出してくれて、それに助けられた形になったので、あたしとしては何も言えないのだけれども。

 観光に関してはあたしらには何も言えないしね。うん。


「しかし、あの悪趣味なガキンチョ──【狩り手ハンター】、だっけ? 随分なクソガキだったけど…………りっくんはアレ、知ってたワケ?」


「…………だからその呼び方も止めろと…………ああくそ。あいつという個体についてはサッパリ知らなかったさ。ただ、最近の死神犬いぬ共の騒ぎの糸を引いてるやつ、それは居るだろうし、出てくるならあの場面だろうも当たりはついてた。それだけだ


「ふーん…………【死因デスペア】は【毒死どくし】だっけ? 大丈夫なのみやこちゃん、派手にやられてたけど大丈夫なの? 毒は」


「あー、はいはいはい、毒ね。毒ですね。──薬膳料理たらふく食った後砂糖水をバケツ一杯飲んだら治りました」


 復ッ 活ッ

 都雅とが みやこ復活ッッ


「アホくせ…………しかし、まったくもって」


 ジロリ、とセンパイはあたしを睨め付ける。

 なんだ。マッサージ機に揺られながら睨んだって怖かないぞ。


「お前は本っ当に、よく負けるな」






「はっああああああああぁぁぁぁ? 負ぁあーーーけてまぁせぇんんーーー。相討ちです引き分けですノーコンテストですぅ~~~~。クロスカウンターでのダブルノックダウンですテンカウントでとっくゴング鳴ってますぅーー。試合終了後にちょっとだけ早くあっちの目が覚めたってだぁー、けぇー、でぇー、すうぅぅぅぅ~」


「言い訳がすごいわね」


「そうか、お前いつの間にかボクサーになってたのか。そいつは寡聞にして知らなかった」


 センパイ方の冷たい視線が突き刺さるが、大丈夫大丈夫そんぐらいでいちいち傷付くほど繊細じゃないもん。


「立てー、立つんだみやこぉー! とかいっちゃいますー? まぁともかく! まだ決着はついてなーい! 今度会ったら! 跡形もなく轢き潰す! いざ尋常に挽き肉!」


「いいわよねー若者は血気盛んで…………りっくんもみやこちゃんを少しは見習う事ね。いい加減変に気取るのは止めなさい」


「あ? 俺がいつ気取ったんだよ」


「そりゃーまぁ、現在進行形で? みやこちゃんの前だと王子様気取りじゃない」


「はぁ!!??」


「おぉー!」


 なんと嬉しいアシスト!

 流石オトメさん、乙女の味方だ!


「今回の一件だって、みやこちゃんが心配でついてってあげたんでしょー? 今の貴方からすれば大して旨味の無い筈の一件だったもの。理由があるとすればそれくらいよねー?」


「別にそんなこと──」


「なあああぁんだぁ! そーゆー事だったんですかセンパイっっっ!!!!」


「うるさっ! だから声がデケーんだよお前は!」


 ほーらそんな素直じゃない台詞吐いちゃってー。

 なんだよもー。

 ツンデレさんもここに極まれりですなこのやろー。


「えっへへへー♪ そーですかそーですかセンパイは可愛いあたしを心配してくれたのですかー! ウヒヒヒヒヒヒ!」


「笑い方キメェ! 変な勘違いすんじゃねぇっつの──」


「『か、勘違いしないでよねっ!』入りましたー! ありがとうごっざいまーす! ごちそうさまでぇーすっ!」


「うっざっ! 絡み方うっっっぜっ!」


 ギャーギャーと言い合うあたし達。

 その様子を見ながらオトメさんが零した──



「素直になれないのは、お互い様みたいだけれど」



 ──という言葉については。


 うん。


 まぁ。




 言わぬが花、というやつではないでしょうか。



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