雛鳥
子黒蓮
雛鳥
風の強い夜だった。
わあわあと木々が悲鳴をあげていた。ざあざあと雨がふるように草花がすすり泣いていた。そんな夜だった。
道からの砂埃が風を伝って駆け上がり、その葉の端々にぶつかって更に雑音が増幅されていた。
都会から郊外へ向かったとある町。スーツ姿の男がひとり、人気のない道を歩いてきた。三十を少し過ぎたくらいの年恰好。夏物のスーツは風に撚れ、表情は仕事での疲労のせいか少し曇っている。背中から少し大きめの仕事用の肩掛け鞄を腰に下げて、少し早足で歩いてきた。
片側が市有林、もう一方が住宅。少し田舎へ行けばそんな道はざらにある。そんな道で男は家路を急いだ。
街灯も少ない。等間隔に並んだ街灯はところどころぼんやりと白く道を染めている。そんな男の前にふと、灯りが照らしているように見える場所があった。水銀灯の明かりではなく、昔の白熱灯でぼんやりと照らしているようなそんな明るさの光だ。
その明かりで照らされた辺りにはっきりと少年の姿があった。
小学校中学年くらいか、もう少し小さいか。髪の毛は耳までで綺麗に切り揃えてあり、着ている黄色いシャツも半ズボンもキチンと折り目のついたものだ。
そんな男の子が、夜中に道端にしゃがみこみ何かをしている。
男は初め少し遠くからその少年を眺めていたが、わずかに口元に笑みを浮かべると少年のそばへ静かに近づいた。
しゃがんだ少年のそばにはいつの間にやら段ボール箱がある。それ以前からあったのかもしれないが、男からは道の暗さも手伝いそれ自体を目視できなかったようだ。
男はそれを確認すると少し驚いたような表情をしてさらにそのダンボールと少年を覗き込む。
段ボール箱の中からはびしゃびしゃとなにやら無数の鳴き声のようなものが聞こえている。箱の中に何かがぶつかっているのだろうか? 中からばたばたという音とびしゃびしゃと沢山の鳴き声がしている。
子供はその段ボール箱の中に両方の腕を突っ込んでいる。突っ込んだ腕は、肩の辺りから何やら動いていて、近づいてきた男にもまるで気がつかないようだった。
――心不乱。
そんな言葉がとても似合っている。
男は、また急に嬉しそうな表情になると少年へと一歩一歩音の立たないように静かに近づいてゆく。それでも少年はその段ボール箱の中を覗いてそれから目を離そうとしない。
男の口が何か声を発しようと開きかけた途端。少年の顔が男の方を向いた。
少年の瞳は男の内臓をえぐるように鋭く、そしてどこか虚ろなようにも見える不思議な色をしていた。男は何か居心地の悪そうな表情になりながら固まった。
「おじさん、ひよこっておいしいね。」
子供はそう言うと、両手に一羽ずつのひよこを掴みだし、一羽の方を首からいきなり食いちぎったかと思うと、もう一方を男の鼻面に差し出した。
嬉しそうに笑う口元は血でべとべととしており、手に持ったひよこの足はどこかへ逃げようとしているのか少年の指と指の間をもがいている。
顎に白く貼りついたものは、内蔵のようにも見える。
その内臓はまだ少し蠕動を繰り返しながら次第に収縮を弱めてゆく。
男の顔から血の気が引いた。
「おじさん急いでるからかえる」
とだけ少年に言って、その場を駆け足で立ち去った。
子供の視線はただ男の後姿をぼんやりと眺めていた。
風の強い夜だった。わあわあと木々が悲鳴をあげていた。ざあざあと雨がふるように草花がすすり泣いているような、そんな夜だった。
雛鳥 子黒蓮 @negro_len
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