4

 後で聞いたことだ。

 この日を境に、あの事件を纏っていた空気は大きく変わり始めたらしい。そうらしいが、私達はそれを感じる事はこの日はあまり無かった。

 何故なら、それは殆どが裏だって動いていた事であり、その内の1つが表に現れたのは、この日の夜遅くの事だったからだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 私達は多福さんから渡されたあの事件の捜査資料を、昨日の夜から読み続け、気になった所はルーズリーフに箇条書きしていった。それも似ているな、と澁谷さんに言われながら。

 藤谷さんの無言の圧力でベッドに潜ったのは4時前の事で、さすがにその藤谷さんが起こしてくれるまで起きる事は無かった。

 朝昼兼用のご飯を食べて、昨日決めていた通りの時間帯に私達は森町先生の家にお邪魔する。


「黙認も犯罪になるのか?」

「なるだろうね。というより、そうやって触れて、持って、読んでいる時点で完全な共犯だろうね」

「うへえ」


 柳谷教授も一緒に捜査資料の箇条書きを読んでもらい、森町先生の頭にインプットしてもらう。


「この肌色は……うむ、やはり静電気を受けたぐらいの色だね。神経が焼ききれている」

「えぐい事をやるなあ」


 捜査資料と老眼鏡を置いた先生は私を見て、つられて教授も捜査資料を置き自分のお茶に口をつける。そこまでためた先生は、私を見つめながら一言。


「私が実験台になるからやろうか」

「はい」


 ブッ! と、私と先生の間を緑色の粉末が舞う。


「今も昔も変わりませんね」

「それが私だからさ」


 学校での先生を知らない2人が戸惑うのを置いて、先生はおもむろに立ち上がって扉の方に向かう。私もそれについていき、2人も「ちょっ」や「えっ」と漏らしてからついてくる。

 実験室は地下にあり、すでに換気扇や暖房はまわっていて、ステレオを使ってオーケストラを聞くには良い空間になっていた。しかし、この部屋にあるのはステレオではなく。


「よし、動くな」


 部屋の中央に鎮座する椅子、その上にある理髪店で をする時のあれみたいな物、そしてそれらを囲う多くのパソコンだった。

 電気系の具合をさっさと確認した先生は、腕時計を外し、靴をその場に脱ぎ捨てて、ドカリと少し埃の積もった椅子に座る。


「お、おいっ」

「彼の電磁波なら何回も受けてきたから大丈夫さ」

「教授は2人の同窓生のサポートをお願いします」

「なっ!? ……そこまで話す仲だったのか」

「兄弟共々ね。さて、繊細さが増してくれていると嬉しいんだけどね」

「過敏症の人が反応しなくなり、飛んでいる電磁波の強さがわかるぐらいなら」

「それは心強いね。2人は部屋の縁に」

「……わかった」

「はい」


 2人が大人しく離れていったのを見届けてから、私は先生を指差す両人差し指に意識を集中させる。

 高校の時、先生が実験台になって私達の魔法で他人の手足が動くか否か実験した要領を思い出しながら、魔法を整えていく。

 そして、形になった所でパーマの時のあれを被っていた先生の両肩に人差し指を乗せる。


「ん」


 ピクン、と微かに先生の体が跳ねるがいつもの事なので、まずは先生の腕に広がるように集中する。

 そして、それを完了してから、未知の範囲である先生の胴体に広がるよう集中する。


「くっ」


 頭がズキッとして、広がっていく事にそれは規則的になっていく。胴体や両足の回る頃には、吐き気がしてくるほどだった。


「くあっ」


 だが、先生の方が苦しそうだった。それこそ、私よりもずっとというのが一目見てわかるほどに。


 バチン!


 先生を見るために意識をそらした直後に、手元の電磁波が暴走を始め、最初にそんな音をたてた。


バチバチバチバチッ!


「くっ」

「きゃっ!?」


 音を立てて、周りに広がっていく。柱に、機械に、地面に、ドアに、そして人に。

 だが、それを気にする前に脳の許容量を越えたらしく、視界が黒くなる。


「順二君!?」


 先生の声が聞こえて、意識も黒くなった。

 目が覚めたのは、それから3時間後の事で、その時もまだ頭は痛んでいた。


「大丈夫?」

「はい」

「タオル、変えるわね」


 澁谷さんが変えてくれた冷たい が心地よく、また意識を手放しかけるが、先生と教授が客間に入ってくる音が聞こえたので手にする。

 そして、主に教授からあの後の顛末を知らされる。先生は痺れてしばらく動けなかった事、警察が凄まじい早さでやって来たため教授が追い返した事、そして先生が出した結論を。


「司法解剖であった順一くんの脳内出血。あれは、ドラゴンを操った時に起きたものだと言える」


 と、先生は断言する。


「ですが、それだけでは……」

「ああ。警察にとっては更なる証拠と見るかもしれない。他人、つまり真犯人がドラゴンを暴れさせという証明が出来れば良いんだけどね」


 だが、捜査資料を見返してみてもそこまではわからず、私達は夕方には先生の家を出る。


「まだ痛む?」

「大丈夫ですが、急に動いたら危ないかと」


 なので、ゆっくりと席に座りつつ多福さんの家に帰る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る