第6話 彼とJK
あれから数日が経った。あの日、漫画のような出会いをした彼と、今私は付き合っている。彼は二年生で少し髪を遊ばせた、何処にでもいそうな普通の高校生だった。顔はイケメンとは言えないが、その優しさは本物であると信じることが出来た。
彼と過ごす時間は幸せだった。一緒に昼を食べ、放課後には喫茶店で勉強しようとか言ったにもかかわらず、結局勉強することも無く会話だけで終わり、小さな悪口を笑いながら言い合った。夢だった他愛もない会話が出来た。何を思ったのか、彼は私と同じマグロ同好会にも入ってくれた。どんどん彼に惹かれていった。
次第に彼の友達とも親交が出来ていった。更にそこから広がっていき、その友達の部活の後輩である私のクラスメイトとも少しずつ仲が形成されていった。気付けば私の周りには多くの人がいた。
水原達のイジメも時が経つにつれ静かになっていき、すっかり無くなりつつあった。彼女達の恨めしそうな視線は一向に消える気配は無かったが、気にしないように努めた。私の学園生活は以前からは想像も出来ないほど華々しいものになった。
唯一の心残りといえば、ジジイだった。あれ以来私は会っていない。今の私がいるのは間違いなくジジイのおかげだ。お礼の一言を言いたかったし、今の幸せな生活を伝えたかったが、それは中々叶わなかった。そして、その幸せも長くは続かなかった。
私の幸せな生活を見て、水原が動かない訳が無かった。
ある日、いつもの様にマグロ同好会での活動を終え、相変わらず慣れないクロックスを履いて、彼としょうもない会話を弾ませながら、あの活気のない商店街を歩いて帰っていると、数人の髪を染めた集団に出くわした。彼らは私達と同じ高校の制服だったが、制服の着崩し方は数年の学生生活で築き上げられたプロにしか出来ないものだった。彼らは見た感じ三年生のようだった。それを見た瞬間に私と彼はこの後の展開を察した。
「ミーコちゃんだよね?」
集団の中央に居た一人が言った。五人の集団は皆、余裕の笑みを浮かべていて、それがあまりにも怖かった。不安な眼差しで私は隣にいた彼の方に目をやった。彼は私とも集団とも目を合わせようとせず、道端に落ちていた汚い軍手を凝視していた。よく見ると口元が微かに動いていたが、何を言ってるのか聞き取るのは困難だった。わかりやすく足は震えており、地獄を見ているかのような顔だった。
そうこうしてる内に、いつの間にか私たちは囲まれていた。
「ちょっと来てくれる?」
そのまま私たちは人けのない通りへと案内された。そこには、やはりというべきか、水原達が待ち構えていた。
「久しぶりだね、お話するの」
低いトーンで言った。私と水原は黙って見つめ合っていた。ここで目を逸らしてはいけないと思ったからだ。後ろには三年の集団が立ち塞がっており、逃げることは不可能だった。隣の彼は一向に震えを抑えることが出来ず、お世辞にも頼りにはならなかった。完全に詰んでいた。だからこそ相手のぺースに呑まれてはいけないと私は必死だった。
「前、言ったでしょ?男紹介してあげるって。だから、ほら…いっぱい…」
所々で笑いを含みながら、そう言うと彼女は後ろの三年を指さした。それでも私は動揺を見せないよう努めた。
「水原、この娘のこと好き勝手やっていいんだよな?」
三年の内の一人が確認を取ると、水原は静かに「ええ」と答えた。三年は歓声を上げ、何度もハイタッチを交わした。これには終始震えていた彼も流石に黙ってはいられなかったようだ。
「いや、それはっ…!」
「あっ?」
一度は声を荒げたはずだったのだが、彼は三年のたった一言に押されると、すぐに畏縮して黙り込んでしまった。そして私に目を向けることも無く、聞こえない声でブツブツと何かを言いはじめた。彼は完全にやられてしまったようだった。万事休すだった。
やがて三年が私に近づいたその時だった。隣の彼が私の腕をグッと掴んだのだ。彼は私の腕をつかんだまま、三年の方へと走っていった。私も含め皆が一瞬だが、彼の突然の行動に驚いていた。しかしその行動は私を引き連れて逃げるだとか、三年に一発かますとか、そういったものでは無かった。
彼は私の腕をグイと振り回して、三年生目がけて私をぶん投げた。そして彼は三年生をヒラリとかわすと、全速力で商店街の彼方へ消えていった。あろうことか彼は私を囮にして逃げ出したのだ。
彼が消えてく光景を茫然と見つめていた。もちろん全員がである。水原達がヒソヒソと会話を始める。「流石に酷くね?」「あれはクズだな」と。初めて水原達と意見が一致した瞬間だった。
「と、とにかく!始めよーぜ」
三年が必死に気を取り直そうとしてるのに不覚にも同情しそうになった。私のメンタルはもうボロボロであり、何もかもがどうでもよくなっていた。三年達は私を取り押さえ、私の制服を脱がしはじめた。前髪を上げた女は携帯で動画を撮りはじめた。「ジジイに会いたいな…」などと考えながら、なすがままにされていた。しかし、私の願いは思った以上に早く叶うこととなった。
大きな足音をゆっくりと立てながら、小さな人影が薄闇から近づいてきた。そう、ジジイだ。
己の貧相な胸と、ちゃちなブラを見られたが、そんなことは気にせず、私は小さく笑って、か細い声で言うのだった。
「遅いよ…」
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