十五 恋は捨鉢

私は結局、梨緒のことをどう思っているんだろう。

嫌いじゃないけど、少し怖い、かもしれない。

私のせいで梨緒が傷つくのはもう嫌で、でも一緒にいられるのは梨緒だけ。

心から安らげる友達は梨緒しかいない。

どうしたらいいんだろう。

私はどうしたらいい?


**************************


 私の生気は梨緒にすっかり吸い取られてしまった。吸い取られた分、「死にたい」という毒が体中を一気に回って、それでも死ぬのは苦しいだろうな、このまま消えてしまいたいな、などと考えながら、義務感だけで機械的に足を動かす。

 そんな私の気も知らずに、梨緒は機嫌よく鼻歌を歌っている。ジャクジャクという鋭い足音がメトロノームのように鼻歌に合わせて辺りに響く。

「私も、鈴ちゃんと同じ夢、見られるかな?」

 私は何も答えなかった。しかしそのことについて特に何も触れず、鼻歌を再開し、梨緒は軽やかに歩き続ける。

 梨緒は、私と同じ夢を見て、それで何がしたいんだろう。

 昔から疑問だった。私の真似なんかして、何になるというのだろう。

 私は昔から成績がいい以外に何の取り柄もなく育ってきた。顔もスタイルもそんなにいいわけじゃない。真似したくなる要素なんてないはずだった。どうして私なのか、高校生の頃からずっとわからなかった。

 しかし、それを梨緒に聞くことはできずにいた。聞いたらそれまでのようにはいられない。そんな気がしていた。


 紗友里が死んだであろう池に差し掛かった。よく見ると紗友里が着ていたコートのカーキ色が氷の向こう側に見える気がしないでもない。自分の悪事がどこに行っても見透かされるような感覚、うまくこの罪悪感から逃れたいという思い、私を苦しめる色々が、次から次へと湧き上がる。

 我ながら往生際が悪いというか、もう認めてしまえばいいものを、まだ紗友里の死体を見ていないのだから死んだとは言えない、違う違う紗友里じゃないあれは池の色だと目を背けて自分に言い聞かせてしまう。


 身体が死にたさにすっかり侵されて、私は本当に死んでしまおうかと考える。絶対に私は梨緒を突き放すことはできない。確信している。離れられるのはきっと、どちらかが死んだとき。しかしもし私が死んだら、梨緒も後を追うのは確実。本当の意味で離れられるのはきっと、梨緒が死んだとき。

 死にたいと思っていたはずなのに、私はどうしたら梨緒が死んでくれるかを考え始めていた。結局のところ私は梨緒から逃げたいだけで、本当に死にたいとは思っていないのかもしれない。だって死ぬのは怖くて、具体的に考えることなんてできやしない。

 でもきっと、私の真似をするためであれば、梨緒はできるのだろう。紗友里を殺すことすらできたのだから。

「あのさ」

 私は、梨緒の背中に向かって呼びかけた。

「昨日より、もっとすごいこと、言っていい?」

 動悸が止まらなくて、息が切れる。切れる息に合わせて私は、ゆっくりと言葉を継いだ。

「いいよ、何?」

 そう言いながら、梨緒は体ごと私に振り返る。私も梨緒の顔をまっすぐに見ているので、髪型も服装もそっくりな私たちはまるで鏡合わせのよう。

「さすがにこれは言えないと思ってたんだけど、あたしね」

 いったん言葉を区切って、私は息を吸い直した。冷たい空気で肺が満たされて、動悸が少しマシになる。

 心がすうっと落ち着いてきたのを感じながら、私は話を切り出した。

「自殺しようとしたことがあるの」

 死ぬのが怖い私は、梨緒を殺すことにしたのだ。

 梨緒が困惑している間に私は作り話を続ける。もう、後には引けない。

「あたしがいじめられてたのは知ってるでしょ? 中学のときもいじめられてたんだよね。高校のときよりもひどくてさ、あの頃はどうしても辛くて」

 嘘だ。中学生の頃は尊敬こそされたけれどいじめられはしなかった。

「死のうとしたの。首吊って」

 それでも、解放されるにはこうするしかない。

「夜中に公園の桜の木でやろうとしたんだけどね、そしたら塾帰りでたまたま通りかかった親友が助けてくれたんだ。首にロープかけて、踏み台を蹴った瞬間だった。踏み台にあたしの足を乗せて、ロープを解いて、下ろしてくれて」

 自分でも不思議なくらい、息をするように自然に嘘を並べ立てている。次から次へと物語を伴って出てくる言葉は、私が生み出しているとは到底信じがたい。

「今が辛くても、生きてればいいことあるって、言われたんだよね。呪われてるみたいだし、まだそんな実感ないんだけどね」

 私は自嘲するように笑ってみせた。

 何が「呪われてる」だ。自分で呪われにいったくせに。自分の無責任さに辟易する。でもこの数日間で嫌というほどわかった。私というのは結局、こういう人間なのだ。

「そんなに辛いことがあったんだ」

 悲しそうに梨緒は呟いた。まるで自分のことのように。

「知らなくてごめんね」

 やっぱりそうだ。どんなに荒唐無稽なことを言っても、梨緒は信じてくれる。梨緒のこの、純真さというか、人を心から信頼しているような感じは、正直羨ましいかもしれない。

「いいよ、言わなかっただけだし。中学の頃の話だしね」

 私はもう、自分がどうしようもなく真っ黒なことを自覚している。梨緒のように真っ白な状態で生きるのは、もう絶対的に無理だ。

「でも親友には、知っておいてほしいかなって、思って」

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