ⅵ
「灯里~っ、久しぶりぃ~!」
「カオル!ほんとに、カオルだっ」
「当たり前だよぉ。わぁ~ん、元気だったぁ?灯里ぃっ、会いたかったぁ」
1年以上も離れていた相棒の存在を互いに確かめるように、灯里とカオルは強くハグをした。
世界的人気アーティストJ.Oのツアー同行で、シンジとカオルは2日前に日本入りした。今日一日の休日を挟んで、明日あさっては日本公演が開催される。
「明日は公演でしょ、ホントにいいの?」
「うんっ。明日のリハーサルは午後からだし、今晩は一緒にホテルに泊まって話そうよ!シンジも楽しみに待ってる」
カオルと一緒にホテル内に入り、エレベーターに乗る。12階で降り、カオルに手を引かれるままに廊下奥の1室の前へ来た。
カオルがベルを押すと即座に、部屋のドアが開いた。
「おお、灯里!」
「うゎあ~、シンジ。久しぶりぃ」
カオルの時と同じように、ひとしきり再会を喜び合って部屋の中へ通された。
「宴会の準備はできてるぞ」
シンジに言われてテーブルを見ると、飲み物やルームサービスの食事などがすでに並べられていた。
「早速、乾杯しよっ」
そうカオルが言って、3人は缶ビールをそれぞれ手にした。
「再会に!」
「シンジの成功に!」
「あたしの悪運の強さに!」
シンジ、灯里、カオルがそれぞれそう言って缶を合わせる。
「なんだよ、カオルだけ自分に乾杯ってどういうことだよ」
「いいじゃん、シンジったらちっちゃい」
「ちっちゃい、だとぉ?」
相変わらずケンカするほど仲の良いふたりに、灯里はデジャブを覚える。
ああ、そうだった。あたしたちはこんな風に、いつも3人で過ごしていたんだ。ちっとも変わらない、こういうところは。
「でも、シンジ。ほんとに凄いよ、J.Oの世界ツアーのバックダンサーだなんて」
興奮するように言った灯里に、シンジは嬉しそうに眼を細めた。
「うん。このツアーの間、もう毎日が刺激的で勉強になる。俺、こんなにひりひり生きてる感がするの初めてだ」
「ねぇ、灯里。シンジったら、前より断然シャープでカッコよくなったと思わない?」
会った瞬間に気づいていた。
シンジの躰は鍛え抜かれていた。躰は一回り大きくなり、でもシャープに引き締まっていて、表情にも雰囲気にも自信と充実感が漲っていた。
「うん。セクシーで、引き締まってて、ダンサーとしても男としても滅茶苦茶カッコいいよ」
「まじ?」
嬉しそうにシンジが頭を掻く。
「なによぉ、灯里に褒められると凄い嬉しそうにするんだから」
正直に感情を出すカオルが、可愛い。
「そういうカオルも、いいオンナになったよ。大人になったし、色気も…うん、ちょこっと出てきたし、相変わらず健気だし」
「色気…ちょこっとって…。でも、ま、いいや。そうだよ、シンジ、あたし健気でしょ?」
「健気っていうか、強引だろ。ちゃっかりマギーに取り入って、ツアーにくっいてくるんだから」
シンジがカオルの頭を乱暴に撫でる。
なんだかその仕草が前より親しい気がして、灯里は部屋を見回した。
「このツインルーム…」
「ん?」
「もしかして…」
灯里の言葉に、シンジが赤くなって、カオルの顔が嬉しそうに輝いた。
「そ。シンジとあたしの、ふたりの部屋だよ」
「つまり…」
今度はシンジが、照れくさそうにしながら認めた。
「ま、そう言うこと」
灯里は胸の奥に熱いものが込み上げてくるのを感じながら、叫んだ。
「おめでと-!!」
思わずカオルに抱きついてしまった。灯里のハグする腕の中で、カオルがごにょごにょ言っている。
「祝福してくれるの?灯里…」
灯里はハグの腕を緩めて、カオルの顔を覗き込みながら言った。
「当ったり前じゃん。ホントに、おめでとう!あたし、嬉しくて泣きそう」
「バカだな、灯里。大袈裟だろ」
照れたシンジがそう言ったけれど、全然大袈裟なんかじゃないと灯里は思った。嬉しかった、こんな幸せな気分は本当に久しぶりだった。
翌日は、特別にリハーサルから観させてもらい、本番の公演もかなり前の席でシンジの踊りを堪能した。
シンジは、圧倒的に上手くなっていた。スピード感、キレ、表情、表現力、どれを取っても、一流のダンサーだった。そして輝いていた、誰よりも。
灯里は涙を流しながら、会場の全員とともにスタンディングオベーションをした。
✵ ✵ ✵
「ただいま、あら、お客様?」
玄関に見慣れぬ靴を見つけて、織江はそう言いながらリビングのドアを開けた。
「あ。お、お邪魔しています」
見知らぬ若い男性が、父親と一緒にマルチモニターを見ていた。
「おかえり、織江。ああ、彼は野々村柊くんだ」
野々村…?
記憶の底にある何かが、織江を捉えた。
まさか…偶然?
でも確か、あの赤ん坊、柊っていう名前だったような…。
「あ、あの。初めまして。スミマセン、いきなりお邪魔してて」
「謝ることはないだろう。誘ったのは私だ。いや、拉致かな?」
「拉致?」
物騒な表現に、織江が眼を剥く。
「ふぉふぉふぉ。彼は、野々村くんは逸材だ。織江、私はとうとう見つけたぞ、育ててみたい弟子を」
夏目老人がめずらしいほどの上機嫌で笑った。
「何言ってるの、お父さん。だって拉致なんでしょ。あ、あの野々村さん?ご迷惑でしょうから、ハッキリ断っちゃってください、弟子の件」
「い、いや、僕は…」
「何を言う、織江。勝手なことを言うんじゃない」
「勝手なのは、お父さんでしょ。なに、年寄りの道楽に若い方をつき合わせてるんですかっ」
そして、柊は気づいてしまった。
記憶の片隅にある織江という名前。
そうか、この人が灯里のお母さんなのか。
え? ってことは? このご老人…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます