「灯里~っ、久しぶりぃ~!」

「カオル!ほんとに、カオルだっ」

「当たり前だよぉ。わぁ~ん、元気だったぁ?灯里ぃっ、会いたかったぁ」

 1年以上も離れていた相棒の存在を互いに確かめるように、灯里とカオルは強くハグをした。

 世界的人気アーティストJ.Oのツアー同行で、シンジとカオルは2日前に日本入りした。今日一日の休日を挟んで、明日あさっては日本公演が開催される。

「明日は公演でしょ、ホントにいいの?」

「うんっ。明日のリハーサルは午後からだし、今晩は一緒にホテルに泊まって話そうよ!シンジも楽しみに待ってる」

 カオルと一緒にホテル内に入り、エレベーターに乗る。12階で降り、カオルに手を引かれるままに廊下奥の1室の前へ来た。

 カオルがベルを押すと即座に、部屋のドアが開いた。

「おお、灯里!」

「うゎあ~、シンジ。久しぶりぃ」

 カオルの時と同じように、ひとしきり再会を喜び合って部屋の中へ通された。

「宴会の準備はできてるぞ」

 シンジに言われてテーブルを見ると、飲み物やルームサービスの食事などがすでに並べられていた。

「早速、乾杯しよっ」

 そうカオルが言って、3人は缶ビールをそれぞれ手にした。

「再会に!」

「シンジの成功に!」

「あたしの悪運の強さに!」

 シンジ、灯里、カオルがそれぞれそう言って缶を合わせる。

「なんだよ、カオルだけ自分に乾杯ってどういうことだよ」

「いいじゃん、シンジったらちっちゃい」

「ちっちゃい、だとぉ?」

 相変わらずケンカするほど仲の良いふたりに、灯里はデジャブを覚える。


 ああ、そうだった。あたしたちはこんな風に、いつも3人で過ごしていたんだ。ちっとも変わらない、こういうところは。


「でも、シンジ。ほんとに凄いよ、J.Oの世界ツアーのバックダンサーだなんて」

 興奮するように言った灯里に、シンジは嬉しそうに眼を細めた。

「うん。このツアーの間、もう毎日が刺激的で勉強になる。俺、こんなにひりひり生きてる感がするの初めてだ」

「ねぇ、灯里。シンジったら、前より断然シャープでカッコよくなったと思わない?」

 会った瞬間に気づいていた。

 シンジの躰は鍛え抜かれていた。躰は一回り大きくなり、でもシャープに引き締まっていて、表情にも雰囲気にも自信と充実感が漲っていた。

「うん。セクシーで、引き締まってて、ダンサーとしても男としても滅茶苦茶カッコいいよ」

「まじ?」

 嬉しそうにシンジが頭を掻く。

「なによぉ、灯里に褒められると凄い嬉しそうにするんだから」

 正直に感情を出すカオルが、可愛い。

「そういうカオルも、いいオンナになったよ。大人になったし、色気も…うん、ちょこっと出てきたし、相変わらず健気だし」

「色気…ちょこっとって…。でも、ま、いいや。そうだよ、シンジ、あたし健気でしょ?」

「健気っていうか、強引だろ。ちゃっかりマギーに取り入って、ツアーにくっいてくるんだから」

 シンジがカオルの頭を乱暴に撫でる。

 なんだかその仕草が前より親しい気がして、灯里は部屋を見回した。

「このツインルーム…」

「ん?」

「もしかして…」

 灯里の言葉に、シンジが赤くなって、カオルの顔が嬉しそうに輝いた。

「そ。シンジとあたしの、ふたりの部屋だよ」

「つまり…」

 今度はシンジが、照れくさそうにしながら認めた。

「ま、そう言うこと」

 灯里は胸の奥に熱いものが込み上げてくるのを感じながら、叫んだ。

「おめでと-!!」

 思わずカオルに抱きついてしまった。灯里のハグする腕の中で、カオルがごにょごにょ言っている。

「祝福してくれるの?灯里…」

 灯里はハグの腕を緩めて、カオルの顔を覗き込みながら言った。

「当ったり前じゃん。ホントに、おめでとう!あたし、嬉しくて泣きそう」

「バカだな、灯里。大袈裟だろ」

 照れたシンジがそう言ったけれど、全然大袈裟なんかじゃないと灯里は思った。嬉しかった、こんな幸せな気分は本当に久しぶりだった。


 

 翌日は、特別にリハーサルから観させてもらい、本番の公演もかなり前の席でシンジの踊りを堪能した。

 シンジは、圧倒的に上手くなっていた。スピード感、キレ、表情、表現力、どれを取っても、一流のダンサーだった。そして輝いていた、誰よりも。

 灯里は涙を流しながら、会場の全員とともにスタンディングオベーションをした。




 ✵ ✵ ✵


「ただいま、あら、お客様?」

 玄関に見慣れぬ靴を見つけて、織江はそう言いながらリビングのドアを開けた。

「あ。お、お邪魔しています」

 見知らぬ若い男性が、父親と一緒にマルチモニターを見ていた。

「おかえり、織江。ああ、彼は野々村柊くんだ」

 野々村…? 

 記憶の底にある何かが、織江を捉えた。

 まさか…偶然? 

 でも確か、あの赤ん坊、柊っていう名前だったような…。

「あ、あの。初めまして。スミマセン、いきなりお邪魔してて」

「謝ることはないだろう。誘ったのは私だ。いや、拉致かな?」

「拉致?」

 物騒な表現に、織江が眼を剥く。

「ふぉふぉふぉ。彼は、野々村くんは逸材だ。織江、私はとうとう見つけたぞ、育ててみたい弟子を」

 夏目老人がめずらしいほどの上機嫌で笑った。

「何言ってるの、お父さん。だって拉致なんでしょ。あ、あの野々村さん?ご迷惑でしょうから、ハッキリ断っちゃってください、弟子の件」

「い、いや、僕は…」

「何を言う、織江。勝手なことを言うんじゃない」

「勝手なのは、お父さんでしょ。なに、年寄りの道楽に若い方をつき合わせてるんですかっ」


 そして、柊は気づいてしまった。

 記憶の片隅にある織江という名前。


 そうか、この人が灯里のお母さんなのか。

 え? ってことは? このご老人…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る