「灯里、両手を出して」

 もう一度、柊が言う。

 両手を出したら、その先に起こることは、もう灯里にはわかっている。


 だから、灯里は素直に柊の前に両手を差し出した。

「灯里…」

 柊の眼が、少し驚いたように見開かれる。

 いいの?灯里。 わかっているよね?

 その心の声が聞えたみたいに、灯里はじっと柊の顔を見つめた。


 だから、柊はその灯里の細い両手首をまた赤いロープで拘束し、ベッドヘッドに繋いだ。

 そして、まるで神聖な儀式のように、灯里の躰を仰向けに真っ直ぐ寝かせる。ベッドの傍に脱ぎ落したジーンズのポケットから、柊は小さな箱を出すと灯里に寄り添うように寝て言う。

「ほら、灯里、見てごらん」

 灯里が素直に柊の手の中にあるものを見る。

「これ、なんだかわかる?」

 灯里は無言で首を振る。

 小さな箱から出てきたのは、白い卵のようなもので、それが細い紐で四角い何かに繋がっている。

「これ、ローターっていうんだ」

 柊の言葉に、灯里が無言で頷く。

「そしてこれはね、ローターに被せて使う」

 そう言うと柊は、小さなイソギンチャクみたいに沢山の突起がある黒いゴム状のものを丸っこいローターに被せた。白い四角い部分についたスイッチを入れると、灯里の目の前でその黒い沢山の突起がブーンと唸って動き出す。

 柊はそれを満足そうに見ると、灯里の耳朶にそっと口づけた。そしてそのまま舌を耳朶からうなじへ、うなじから鎖骨へと這わせ、灯里の弱い部分を刺激する。

「あ…」

 初めての快感に身じろぎしながら思わず声を上げた灯里を嬉しそうに見ると、柊は耳元で優しく囁く。

「振動はもっと強くできるけど、灯里の好きな強さを教えて?」

 

 これは大人の遊び、大人だけに許された快楽遊戯だ。

 僕たちはもう、あの頃のふたりじゃない。無邪気に笑い合って、ふざけあって、明日もきっと一緒にいられることを信じていた子供じゃないんだ。

 失うことも、傷つけることも、求め合うことの歓びも哀しみも知っている。これが、このときが永遠に続かないことも。

 だからこの刹那、この快感を、僕の存在をキミに刻みつけたい。


 目の前の、自分の腕の中の灯里を愛おしく思えば思うほど、柊の中では大切に可愛がりたい気持ちと、苛めたい凶暴な欲望がせめぎ合った。


 灯里の躰はいま間違いなく僕のものなのに、灯里の心は果たして僕のものなんだろうか。脳味噌を掻きむしりたいほどの息苦しさに、柊は思わず眼をつむる。


 やがて灯里の躰が、小刻みに揺れて快感を拾いはじめているのが柊にはわかった。

「ああ、灯里のこの可愛い胸の頂は、このくらいの強さが好きなんだね。じゃ、こっちは?」

 柊がいろいろ確かめるために様々な場所に与えた執拗な刺激は、灯里の躰の奥で確実に膨らみつつあった。

 ぶるぶると震えるたくさんの突起に挟まれ、撫で上げられ、その不規則な刺激に嬌声が抑えられない。それが止んだと思ったら、柊の舌が今度はひしゃりと違った刺激を与え、同時にもっとも感じやすい部分にぶるぶるが移る。

 躰を駆け巡るように膨らんでいく快感に、思わず躰が跳ねた。

 反射的に逃げようとするのに、柊は足で灯里の躰を抑え込み、それを許さない。

 ベッドヘッドに繋がれた両手に力が入る、ぴくんと仰け反った灯里の眼からたまらず涙が零れる。

「やぁ、やぁだ、柊ちゃん。ダメ、それ、いやぁあぁあん」

「灯里、暴れすぎ。そんなに暴れると、手首に傷がつく」

 柊は慌てて、灯里の手首を確認する。取りあえずベッドヘッドからロープを外して、柊は灯里の躰に自身の半身を乗せて動けないようにすると、再び刺激を与えはじめた。


「これ、予想以上によかったな」

 柊がそう言って灯里のうなじを舐めると同時に、組み敷いた躰が堪え切れずに何度目かの絶頂を迎えてしなった。

「酷い…柊ちゃん」

 肩で息をしながら躰を震わせ、涙ですっかり濡れた顔で灯里は柊を睨む。

 そんな灯里にクスリ、と柊は笑ってみせた。

「なにが酷いだ、こんなに喜んでるくせに」

 灯里の羞恥を意地悪く掻き立てると、柊は静かに灯里のナカへと押し入った。

「灯里、僕たちはこんなにもぴったりなんだ。こんな相手、ほかにいないよ」

 柊の声が耳に届いたとしても、もう灯里にはそれを理解する余裕などないだろう。意識を手放す寸前の灯里のナカへ、柊も自身の快感を解き放って、互いに死んだように動けなくなった。

 

 しばらくしてから柊はバスルームへ行って水に濡らしたタオルを持って戻り、まだくたりと動かない灯里の躰を拭いてやる。

「ん…」 

 灯里はかすかに反応するけれど、躰を動かせないのがわかる。

「いいよ、灯里そのままで」

 全身を拭き終えてから、柊はシャワーを浴びるためにバスルームへ消えた。



 気を失っていたのは、きっと数秒間だったと思う、自信はないけれど。 

 柊が冷たいタオルで躰を拭いてくれるのは気持ちいし、嬉しいけれど、同時に申し訳なくもあって、灯里は起き上がろうとする。

 なのに、躰が鉛のように重い。躰の中にまだ燻る小さな炎があって、それが気怠さを全身に広げて力が入らないのだ。

 新体操やジャズダンスで、体力はあるはずなのに…。スポーツとは全く違う疲労が、何度も達した後は躰中を支配することを灯里は知った。

 でもそれは必ず心地よい疲労感で、幸福な眠りへと導こうとする。

 柊がシャワーを浴びて戻ってきたときには、灯里はすぅすぅと可愛い寝息を立てて夢の世界を漂っていた。

 その無防備で愛しい存在に、柊はまたキスを落とした。

「お休み、灯里。僕、今夜は帰るね。泊まるとまた何度も、キミを抱きたくなってしまいそうだから」

 全身から充足の疲労感を漂わせて眠る灯里に、柊はそう告げると名残惜しげに再び額へキスした。

 それから灯里の部屋のドアを閉めると、合鍵で施錠し、ちゃんと閉まっているかを何度か確認した。

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