秋学期早々の学食は、ちょっとした騒ぎになっていた。

 広い空間のあちこちでかたまっている女子たちから、黄色い声が上がっている。

「きゃー!アレン先輩ぃ~っ」

「うわぁ~、やっぱカッコいい」

「ああ、もう私、鼻血でそうぅっ」

「ああぁ、これでますます手の届かない人になったぁ~。あ~~」

「見て、このセクシーな胸元っ」

「ああ、一度でいいから抱かれてみたいっ」

「わ、私もっ」

「きゃ~、何言ってんのぉ~~~。じゃ、じゃあ、私もっ」


「なんか、盛り上がってるね。あちこちで」

「あのえろタイガー、またなんかやらかしたのかな?」

 さっぱり事情のわからない柊と星奈は、嬌声が上がる女子たちを見ながらランチを食べていた。

 そこへ、噂の本人であるアレンが現れたのだから、学食内は騒然となった。アレンはあっという間に女子たちに囲まれ、背が高いおかげで、その凄まじい女子の壁からにこやかな笑顔が飛び出しているのが見える。

「ったく、どこのスターよ」

 星奈が呆れたように言う。

「星奈、なんか、女の子たち雑誌持ってるけど?」

「へえ?」

 柊と星奈が目を凝らすと、アレンは囲まれた女子たちに雑誌のようなものを渡され、サインしているようだ。

 なんなんだ?それじゃ、スターみたいじゃなくて、まさにスター扱いじゃないか。柊と星奈は、ますます訳がわからなくなって顔を見合わせる。

 やがて、女の子たちにごめんごめんという風に謝って、囲まれた輪から抜け出たアレンが柊と星奈を見つけて「よぉ!」と片手を上げた。

 大股でこちらの方へ歩いてくるアレンを、まだ諦めきれない女子たちが追いかけてくる。そんな彼女たちに、アレンは振り向くともう一度「ごめん」と言ったようだ。


「よぉ、久しぶり」 

 そう上機嫌の笑顔でやってきたアレンに、星奈が噛みつく。

「なによ、あれ?」

「なんだよ、2か月ぶりだってのに愛想ないな。ま、色気もないけど、相変わらず」

「るっさいわね。そっちこそ、相変わらず減らず口じゃない」

 いつもの調子のふたりを見ながら、柊はアレンに訊いた。

「アレン、なんかサインみたいなのしてなかった?」

「してたよ」

「なんで、あんたがサインなんかするのよっ!」

「それは俺がスターだから」

「なにか、事件でも起こした?」

「そっちかよ」

 アレンは呆れたように笑うと、近くにいた女子学生に声を掛けた。

「ちょっと、キミの持ってるの貸してくれる?」

 声を掛けられた女子学生は弾かれたように反応すると、顔を真っ赤にして持っていた雑誌をアレンに差し出した。

「ほら、これだよ」


 それはファッションにこれといった興味がない柊でも知っている、コンサバ&カジュアル系のメンズ雑誌だった。

 そして驚いたことに、本当に驚いたことにその表紙を飾っている人物、水色のシャツの胸をはだけ髪をかき上げたポーズで決めているのは紛れもなくアレンだった。はだけたシャツから金色の胸毛が覗いていて、こうして改めてみると、友人なのが信じられないくらいセクシーでカッコいい。

「こ、これ…」

 さすがの星奈も驚いて、口をパクパクさせている。そんな星奈を面白そうに見ながら、アレンが事もなげに言う。

「ん?新しいアルバイト」

 新しいバイトってこれか、と柊は思った。星奈は相変わらず、驚きすぎて言葉が継げないらしい。

「なんだよ、金魚みたいに眼ぇ剥いて、口パクパクして。面白い顔だな、星奈」

「え、えろタイガー…」

「だから、なに?」

 はぁっ、と星奈が大きく息を吸った。どうやら呼吸するのを忘れていたらしい、それは苦しかっただろう。

「な、なんでアンタが…」

 星奈はやっとそれだけ言うと、お茶をごくごく飲みはじめた。 

「いい金になるんだよ、このバイト。取りあえず、年間契約した」

「凄い…」

 柊も驚いて、雑誌とアレンの顔を見比べる。

「これから忙しくなるなぁ。来月は、海外撮影だし」

 そう呑気に言うアレンに、星奈がやっと正気を取り戻したように言う。

「か、海外って…あんた、大学はどうするの?」

「あれ、淋しいか?星奈、いままでみたいに俺に会えないと」

「ば、バカっ。そうじゃなくて、卒業はっ?」

「まぁ、できなかったらもう一年いればいいし。お前らもまだいるだろうし」

「そういうことじゃなくてっ」

「大丈夫だよ、学費はこのバイトで十分払えるし。おつり来るくらいだし」

「学費払えればいいってわけじゃないでしょっ。しょ、将来のこととか…」

「あ、それは大丈夫。このバイトのおかげで、タレント事務所とも契約できそうだし。そうなればモデルだけでなく、いろんな仕事が増えるらしいから」

 けろりと言い放つアレンに、柊は二の句が継げない。

 でも星奈は、焦りつつも必死で言う。

「それで、いいの?えろタイガー。お金のため?それともこれが、アンタのしたいことなの?」

「金は大事だろ」

 とうとう星奈が黙りこくった。

「なんだよ、友人のビッグチャンスを、喜んでくれないの?それ、悪友としてどうよ、お前ら」

 それが本当にビッグチャンスで、アレンが望むことなら、もちろん嬉しいと柊は思う。

「うん…まずは、やったな、アレン。おめでとう」

 そう言う柊に、アレンは嬉しそうに「サンキュー!」と言った。


「あ、あのぉ…」

「ん?」

 雑誌の持ち主だった女の子が、そうおずおずと声を掛けてくる。

「ああ、ごめんごめん。これ、キミのだったね」

 雑誌を返そうとするアレンに、女の子が思い切ったように言った。

「サイン、もらえますか?」

 気前よくサインを書くアレンを、星奈が複雑な表情で見ている。

「じゃ、俺行くわ。3限受けたら、またバイトだ」

 そう言って立ち上がったアレンに星奈が言う。

「ちゃんと、卒業しなさいよ」

 アレンが首を竦めてウインクすると、片手をあげて「じゃな」と去って行った。



「大丈夫だよ、星奈。アイツだって、子供じゃない。ちゃんと、考えてるって」

「子供じゃないけど、バカよ。いつだって考えが浅いのよ」

 取り成す柊に、星奈は不機嫌そうに言った。よほど心配なんだな、と柊は思った。

「だけど、学費も生活費もアイツ、親に頼ってないらしいから」

「わかってる。だから、余計に…」

 心配なのよ、という言葉を飲み込んだ星奈に、柊は温かなまなざしで同意した。

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