ギャンブル
Zumi
第1話 出会い
最後の一枚がサンドに吸い込まれていくのを見守る。これを使いきれば今月の残り二週間またカップラーメン生活に突入だ。
銀色の球が弾かれ、中央のアタッカーへ向かっていく。
三九九分の一の確率と、二分の一の確率を引けば未来は見える。すでに五百近く回転させていることを考えると、そろそろ当たってもいい頃だ。そう思った瞬間、新しく表示された保留が赤いオーラを発した。
前に並んでいた二つの保留は何事もなく消化され、赤保留の回転が始まる。一度左右に並びかけた6の図柄、その右側だけが滑り落ちる、それと同時に筐体上部にある役物ががちゃがちゃと音をたて落ちてくる。再度リールが回る。同じようにもう一度、疑似蓮演出三回目。ここまでは予定通りだ。そこからいくつものチャンスアップを経由してリーチに発展する。問題は発展先だ。
「頼むぜ。ドラゴン来い、ドラゴン」
リーチ演出に入る前にまた役物が落ち、勝つか負けるかのバトルに発展する。画面が切り替わった瞬間に俺は陳腐なハンドルから手を放した。
閉店間際に換金を終えて、近くに設置されている喫煙場所で煙草を吸う。やはり勝った後の一服は格別だ――だけど、もうこの店に来ることは無いだろう。
ホールのシャッターがガラガラと降ろさる一歩前で一人の老人が自動ドアをすり抜ける。やたらと質の良さそうなスーツがどこか場違いだ。
「本日もありがとうございました」
バカでかい声の店員の挨拶が耳を刺すと同時に、老人の手の中にある景品に目が行った。
――あの爺さんどれだけ出したんだ?
二十万ぐらい勝っても渡されるのはトレイ一個程の景品のはずだが、爺さんはそれを二つ持っている。四十万ぐらいか?
等価交換ではないこの店でそれだけ勝とうと思うと、相当出さなければ駄目だ。――サクラだろう。
そうでなければ説明がつかないが……どうにもそんな雰囲気にも見えない。何か持っていそうな雰囲気。競走馬でいうなら上のクラスを走っているようなオーラ。
俺が観察をしている間に換金を終えたのか、爺さんが振り返りこちらに向かってくる。煙草を吸うようには見えないが、最近は地味目な女性でも煙をモクモクを焚いているので見た目ではわからないのだが。
「おぬしもそこそこ出しておったの」
老人は煙草も出さずに、俺の前に立った。まさか声を掛けられるとは思ってなかった。
「粘り勝ちといったところかの。じゃが、この店は初めて来たが、もうこんだろうな」
「なんでだよ、人も入ってるし結構いい店だと思うぜ」
老人と同じことを考えていたはずだが、言い方が気に食わなかったのでつい反論してしまった。
「ほう。おぬしなら、なぜだかわかると思ったがの」
「回転率はすこぶるいいけど、この換金率じゃ割りが悪すぎる。遊ぶにはいいけど勝つ分にはしんどい」
挑発されているのはわかっていたが、馬鹿にされたままは気分が悪い。
「なんじゃ、分かっておるじゃないか」
老人はいやらしく笑うように目を細める。
「明日は仁川に9時じゃ。別に来ても来なくともよい」
「おい、それって――」
俺が言い終わるよりも先に、じじいは俺に背を向けて駅の方へと歩いて行った。一瞬追いかけようと思ったが、手に持っている煙草がまだ長いことに気付き出遅れてしまう。
俺のことをどこまで知っているのか。仁川で会ったか――記憶にない。いや、俺は知らなくても、向かうが一歩的に認識していることはある。
「まあ、明日問い詰めるか」
そう、俺は誰に言われるまでもなく、明日は仁川に行くのだ。
秋の仁川――明日から秋の阪神競馬が開幕する。
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