月はすべてを知っている。

 出席番号5番 石橋茜

 出席番号15番 仙道千尋


 ◆◆◆


 細心の注意を払っているつもりだったのに、しくった。なれてきて、どこかに慢心があったのかも……。

 いいや、単純についていなかっただけかもしれない

 人生ってうまくいかないものだ、と小娘のくせに思ってしまいましたとさ。

 私は、ただいま会いたくないところでばったり仙道千尋と鉢合わせしてしまったのです。

 些細なこと。気に留めなければ一生気づかずに終わること。でもそういう小さいところから、ほころびって生まれるんだと思う。

 つまり今日のこれは大失敗。よりによって

 千尋……。こういう何考えてるかわからないタイプは本当に油断ならない。

 だからこそこれ以上失策は重ねられない。

 さて、第一声。どうしよう。


「……おつかれ。こんな時間まで、まさか練習?」

「うん、軽くね。」


 ぬぁにが軽くだ! 知ってる限りの千尋の家から15キロは余裕で離れてるから!

 ……覚えておこう。千尋と遭遇する可能性あり。次からはルートをもっと考えないと。

 でももっと考えないといけないのは次の言葉だ。

 私は千尋に訪ねてしまった。ということは次は、私が聞かれる番なのだ。

 どうしたの、こんなところで、という言葉が怖くて先にカードを切ってしまったけど、墓穴を掘った気がする。私としたことが……痛恨の凡ミス。


「千尋ってほんとに熱心だよね! 

 ……なんて言われなれてると思うけど、やっぱり素直に尊敬しちゃう。

 私そこまで打ち込めるものないし。」

「打ち込める、ね。ここまで来ると呪縛みたいなものかも。

 あんまりいいものじゃないよ。」

「呪縛、って……。さらっとすごいこと言ったよね今……。」

「今さらやめられないもの。臆病なだけなのかもよ、私。」


 そう言って千尋は爽やかに笑う。

 あ、ダメだ。これ器が違うやつだわ。作戦変更。

 もう詳しいことは言えないけど今日ここで会ったことは内緒にしといて! とお願いするほうが傷が浅くていいかもしれない。千尋は絶対口が固いという確信がある。いつまでも完璧に隠し通せることでもないし、このあたりで一人くらい……。

 いいや、その油断がよくない!! 一人に知れたら三十人に一気に知れると思え、だよ私!


「私、茜に結構憧れてるんだよ。」

「え!? いきなり……。な、なんで!?」

「単純にすごく女の子らしくて素敵だし、いつも堂々としてる。

 自分に自信あるでしょ?」

「う! ……ないと言ったら嘘になる、かも。」

「はは、いいと思うよ。そう言えるところも潔いんだよね。

 私いい女だけど、それがどうかしたの? みたいな。」

「それ……ヤなヤツじゃない?」

「普通ならね。でも茜がそうじゃないのはどうしてだろうね。ふふ。」


 千尋が、嫌味や悪意の類をぶつけてきているわけでないのはすぐにわかった。ええ、だってなれてますしそういうの。

 だから、千尋は素直に私を褒めてくれているのだ。本当に。


「私も茜みたいにできたら、

 走ってばかりじゃなくて男子のことも考えられたのかもな。」

「いや……千尋だって引く手あまただと思うよ!? お世辞じゃなくて!」

「ありがと。でもそんな余裕ないんだ。自信も、ない。」

「え……と。」


 千尋が一瞬、寂しそうな顔をした。私は言葉が喉に詰まってしまう。


「自分で自分のことも解決できないのに、人と向き合うなんて、とてもとても。

 私にはハードルが高いよ。陸上だけに。」

「ごめん、いまの笑うところだったかなー……?」

「私こそごめん。滑ってるよね。」


 そう言って千尋は照れ笑いをする。珍しい表情。なんか得した気分。

 それに、意図せず話が横に逸れていっている。ついてるかもしれない。油断できないけど。


「あ、ってかごめん! 練習中なのに邪魔しちゃって。体冷えてない!?」

「ありがとう、大丈夫。じゃあいくね。」

「あ、うん……。」


 ツッコまれないとツッコまれないで不安になる。ここが最後の選択だ、茜。

 何も言わずに流すか、釘を差すべきか……。最善の選択は……。


「自分のしてることが間違えてないと思うなら、堂々としてて。

 そのほうが茜らしいから。そっちのほうが好きだし。」

「……え。それってどういう……。」


 千尋は言うことだけ言って、颯爽と走り去ってしまった。後には、混乱気味の私が残される。


「トップアスリートはやっぱり……見えないもの見てるのかな……。」


 ああ、なんか完敗です。とりあえずすべてが杞憂なんだと思う。

 また会うかもしれないけど、その時は堂々としていよう。それが礼儀でもあると思った。

 問題は。


「間違えていないと思うなら、か……。」


 忘れていた、忘れた気になって見ないふりしていたことを、もう一度考えないといけないのかもしれない。夜空を見上げれば、秋の月。


「あなたには全部見られてるんだもんね、お月さま。」

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