これより以下は蛇足(ギャグなし)になります

第24話 女騎士は告げてはいけない

 騎士昇任試験は無事に終了し、結果、トットを含む十四名が、新に騎士として叙任を受けることとなった。


 叙任式は試験のすぐあと執り行われる。

 来賓席から試合の経過を見学していた王が闘技場に降りると、まずは勝者・敗者を含めて、参加者全員に健闘を称える言葉が贈られた。

 それから勝者だけが集められて、そのまま叙任式だ。


 騎士昇任試験を突破した若い男女がステージに集まる。

 同時に、何人かの騎士が観客席からステージへと集まった。


 彼らに騎士叙任の儀式を行うのは、彼らを育てた騎士達だ。

 自らが育てた弟子達の、弟子としての最後の勤めと、騎士としての最初の勤めに彼らは立ち会う。

 それはこの国の伝統であった。


 涙ながらに弟子を誉めるもの、傷だらけの弟子に向かってなんだその体たらくはと叱るもの。あるいは、無言で分かり合うもの。また、まるで仲の良い兄弟のように肩を組んで笑いあうもの。


 多種多様、師弟の数だけに、この騎士叙任の喜び方はあった。


 トットは思った。


 アレインならば、どういう喜び方をしてくれるだろうか、と。


「あれで結構涙もろいところがあるお方だからな。泣いちゃうかなやっぱり」


 騎士試験に参加するための予備試験に合格したときも、アレインは夜通し泣いて弟子を祝った。


 こうして騎士になったからには、あれの比ではないだろう。

 考えて、トットは少し憂鬱な気分になった。


「けどまぁ、いつもの台詞を聞かされるよりは」


「トット」


 女の声にトットは振り返った。

 トットは、自分の名前を呼んだそれがアレインだとばかり思って振り向いた。


 しかし、そこに立っていたのはアレインではなく――彼女の天敵とも言える、女騎士寮のリーダー格の女であった。


 彼女の手に握られているのは剣。

 どうして、と、トットが聞き返すよりも早く、彼女は寂しく微笑んだ。


「騎士昇任試験おめでとう。今日から君も私たちと同じ騎士だ」


「あ、ありがとう、ございます」


「アレインさんから剣を預かってきた。君の騎士叙任ついては私が彼女に代わって行うことになる」


 なんとなく、トットは、察した。


 あの涙もろいアレインのことである。

 トットの騎士試験合格に感動して、足腰立たなくなるまで泣いてしまったとか、そういうことであろう。


 なるほどいかにも彼女らしい話だ。


 しかし。

 今回ばかりは、彼も引くわけにはいかなかった。

 そんな彼女とトットは、騎士叙任という人生の節目を味わいたかったのだ。

 たとえどんなに傍目から間抜けに見える、恥ずかしいものだったとしても。


 なので彼は首を振った。


「いえ、それならいいです。騎士叙任は、別に今すぐここでやらなくても良いそうですから。後日、アレインさまの調子がいいときを伺ってやりますよ」


「トット」


「というか、アレインさまももう少し考えて欲しいですよね。どうしてこんな大切なこと、他人に気軽に任せるんですか。せっかくの記念なのに」


「トット」


「そうだ、昇任祝いのお金で、アレインさまとごはんでも食べに行こうと思うんですが、寮の皆さんもどうですか。僕も皆さんには色々とお世話に」


「トット!!」


 リーダー格の女騎士は、俯いて叫んだ。


 トットの方を見ないようにして。

 肩を震わせて。

 彼女は、叫んだ。


 どうして怒鳴られたのかトットには理解できなかった。

 そして、何故、彼女が泣いているのかも、理解できなかった。


 当たり前なのだ。


 彼は何も知らされていなかったのだから。

 

「トット。よく、聞いて。アレインさんは、もう、ここには帰ってこない」


「え? なんですか、もしかして、もう、寮に帰られたんですか?」


「寮にも居ない。もうだろう」


 リーダー格の女騎士のいっていることが、トットには分からなかった。


 どうしてアレインが国境を越えなくてはいけないのか。

 まったく、ちっとも、見当がつかなかったのだ。


 だから彼には、目の前の、きっとに、どうして、と、尋ね返すことしかできなかった。


「第七王女ミミア姫が隣国に嫁ぐことになった。それを受けて、アレインさんは、ミミア姫付きの騎士として、彼女に同行することになったんだ」


「……え? 待って、ください、そんな話、僕、聞いてません」


「言っていない。アレインさんに言われて、皆で君の耳に入らないようにした」


「ちょっと、待ってください。けど、同行するだけで、結婚式が終わったら」


「彼女はその後、隣国でミミア姫の護衛となる予定だ。ミミア姫としても、血縁関係にあるアレインさんであれば心強いと、是非にと彼女の護衛を希望されている」


「……そんな。いくらなんでも」


「幸いなことに、彼女の両親も姫の護衛に賛成していた。けれども」


 リーダー格の女騎士が、トットを見る。

 彼女の瞳からぼろぼろと涙が流れているのを、彼はその時初めて知った。


 あの、いつもアレインに対して憎まれ口を利いていた女騎士が。

 眼の上のたんこぶのように悪態をついていた彼女が。

 そんな顔をして。


 それでトットは思い知った。

 彼女が言っていることが真実なのだと。


 彼女が語った話が、彼とアレインとの生活の真実だったのだ、と。


「彼女は自分が従士として拾った、君のこれからのことを心配していた。せめて、君が、一人前の騎士として、独り立ちするまで待ってくれないかと、王に直接かけあって、昇任試験の今日まで、姫の輿入れの話を伸ばして貰っていたんだ」


「……そんな。嘘ですよ。アレインさまが、そんな」


 そんなことできるはずない。

 口ではそう言うが、トットの瞳には、もう、せき止めることのできない量の、涙が溢れかえっていた。


 できるはずはない。

 けれども、彼女はきっとしたのだろう。


 きっと、あのマヌケな決め台詞を、トット以外にも惜しげもなく使って、皆に憐れみを抱かせて、同情やら友情やらを総動員して、そうなるようにしたのだろう。


 最後のこの瞬間まで、一切自分に本当のことを悟らせないために。


「君に会うと、きっと泣いてしまうだろうから、と、彼女は会わずに行くと言ったよ。君の記憶の中に、そういう顔は残したくないんだとさ」


「……あの人らしいです」


 なんて馬鹿な人なのだろう。


 愚かな人なのだろう。


 恥ずかしい人なのだろう。


 けれども、トットは、そんなアレインが好きだった。


 大好きだった。


 恋ではない。


 母への想いとも違う。


 姉に対する思慕とも異なる。


 けれども、確かにトットは、あの気のいい女騎士との関係に、決して何者にも替えることのできない愛を感じていたのだ。


「せめて、この剣で、君の叙任だけは済ませて欲しい。あの人から、私が言付かった最後の願いだ。ふふっ、あの人のキメ台詞を怖いと思ったのは、初めてだよ」


 暫く無言だった、トットは、それから暫くして、リーダー格の女騎士の前で、静かに膝を突いた。


「……お願いします」


 そう、呟いた彼の肩に、彼の主人が残した剣が触れる。


 頬を伝う涙の川が剣の腹を伝って切っ先へと流れた。

 その切っ先には、彼女が彫ったのだろう、小さな文字で文章が刻まれていた。


『騎士ならば、たとえ荒野に死すとも己の誇りを貫くことこそ本望なり――』

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