第22話 女騎士は二人も要らない

「勝者、トット!!」


 ステージの上。

 対戦者の鼻に槍の穂先――木でできた――を向けるトット。

 その宣言を受けて、いつもは気弱な従士は、ほっと息を吐いた。


 男泣きしてステージを去るトットの対戦者。

 王宮内でも顔を知られた彼は、王国の第三軍を預かっている将軍が手ずから育てている従士だ。トットと同じく今回の合格候補と目されていた一人である。


 しかし、皮肉かな勝ち抜き戦の悲劇。

 どうにも彼には組み合わせが悪かった。


 四半刻に及ぶ激戦を制したのはトット。

 身体にいくつも青あざをつくりながらも、従士は疲弊して気の緩んだ相手の足を見事に掬い、よろけたところに槍を突きつけ勝利をもぎ取った。


「これでなんとか四人抜き、か」


「やるじゃんトット」


「あっと一人! あっと一人!」


「やだ、トットっていつもボーっとしてる感じのくせに、意外とやるんだね」


「惚れ直しちゃうかも。あぁ、本当に、歳下じゃなかったらなぁ」


 やんややんやと美少年の試合をつまみに酒を飲む女騎士たち。

 そんな彼女達の横で、一人、おかしな挙動をしているのは――。


「……落ち着けよアレインさん」


 言うまでもなくアレインであった。


「くっ、殺せ。くっ、殺せ」


「さっきからアンタは、指の間からちらりちらりと、何をまどろっこしい。ちゃんと見ればいいだろ」


 手のひらを目の前にかざしてカーテンを作り、その間から様子を伺うアレイン。

 どうにも愛弟子の戦う姿を直視できないらしい。


 あきれた、と、溜息を吐くリーダー格の女。

 こんな情けのない師匠、この会場広しといえど、そうそう居ないだろう。


「次、女騎士が一番弟子、クッコロ拳次期後継者ヴランドール、前へ」


 はい、と、少女騎士が返事をして、闘技場スタジアム中央のステージに上がる。

 と、同時に、アレインの後ろの席に座っていた女が、突然、アレインと同じ動きをしはじめたのだ。


 いた、情けない師匠が、二人。

 この会場に居た。

 

 女騎士寮のリーダー格の女は戦慄した。


 世間は彼女が思った以上に狭いらしい。


 しかもこの情けない師匠二人。

 どうしたことか――顔がめっぽう、よく似ている。


 いや、そっくりである。


「ちょっと、アレインさん、お前、その後ろの奴は親戚か何か?」


「うむ? 後ろ、だと?」


 ステージは見えぬが観客席なら見れる。

 くるりと後ろを振り返ったアレイン。

 その暢気な顔が、一瞬にして引きつると、まるで頭から蛇でも生えた怪物を見たみたいに固まってしまった。


「「ド、ドッペルゲンガー!!」」


 いや、そんな馬鹿な。

 二人のぽんこつ女騎士が鏡あわせのように驚き合う様を見て、リーダー格の女、は、呆れながらそんなことを思う。


「「くっ、殺せ!!」」


 いや、そうかもしれない。

 驚いたときの口癖まで一緒とは。


 こんな偶然、あるだろうか。

 リーダー格の女は、また二人のその醜態に呆れて何も言えなくなった。


 最初に正気に戻ったのは、、の方であった。


「まさかお前、もしかして、エレイン、なのか?」


「そういう貴方はもしかして、アレイン、アレイン姉さんなのか!?」


「なに、あんたら、姉妹なの?」


 いや、全然、と、首を振るアレインとエレイン。


 それだけ顔が似てて姉妹じゃないとかなんなんだ。

 そうか、ドッペルゲンガーか、本当にそうなのか。


 返って来たそっくり姉妹の言葉にリーダー格の女は俄かにやる気を失くした。


「こいつはエレイン。私と同じく、師匠からクッコロ拳を学んだ、四人の内の一人だ。そして、我ら後継者の争いを勝ち抜き、クッコロ拳の正統後継者になった女」


「いや、アレイン姉さん、貴方もまた強きクッコロ拳の使い手だった。後継者争いの戦いにこそ勝ったが、往時の貴方の拳に、未だに私は追いつけぬ」


「よせ、エレイン、クッコロ拳継承の儀についてはもう過ぎたこと」


「いやそういう茶番はいいから」


 強い態度でリーダー格の女が言うと、はいと二人とも大人しく従う。


 クッコロ拳。

 名前に反して意外と精神面の修養は疎からしい。


「エレインさん? あんたがここに居るってことは、なに? あんたの従者もこの大会に出ているっていうこと?」


「その通り。私が持つクッコロ拳の業、その全てを叩き込んだ次世代の女騎士だ」


 ふふっ、見ろと、ステージを指差すエレイン。


 その指先には、ステージに上がる金髪おだんごおさげの女剣士の姿があった。


「あれが私の最高傑作、妹騎士対お兄様決戦兵器ヴィラだ!!」


「なっ、妹騎士対お兄様決戦兵器だと!?」


「女騎士はもはや時代遅れ!! これからの時代を生き抜くために、彼女は女騎士から進化テンプレ外ししたのだ!! 見よ、これが、王国ライトノベルの希望!! さぁ、我がクッコロ拳約束されし勝利の台詞と、妹騎士の魔性編集部の方針を見せ付けるがいい、ヴィ、ウヴぶ!!」


 調子に乗っていたエレインの頬を掴み挙げたのはアレイン。

 彼女はいつになく真剣な顔をして、その妹弟子を見ていた。


 しかも、なぜか瞳に光を宿さずに。


「あ、アレイン姉さん!! その眼は!! 悲しみを背負った者の○○○(お察しください)眼!!」


「エレイン、女騎士の誇りを忘れたか。妹騎士、姉騎士、姫騎士、だと。そんなものはクッコロ拳にはない。邪道にして下郎の拳だ」


 いや、姫騎士はあるんじゃないかな。

 リーダー格の女は思ったが、なんだか口を挟むと――いつになく面倒なことになりそうだったので、やめておいた。


 今日も天気だエールがうまい。

 ぐびぐびと自分の角杯を傾けて、彼女は酒を呷った。

 

「しかしアレイン姉さん!! こうするしか、この乱世出版不興生き残る注目してもらうことはできないんだ!!」


 黙れ。


 あの、アレインが、すごむ。

 彼女は取り乱す愚妹に言い聞かせるように、そして、それを誇りに思っているように、凄みのある声で言い放った。


クッコロ拳女騎士は無敵だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る