第21話 女騎士は憚らない
普段はスポーツの試合や、オペラの公演、ちょっとした催し物のメインステージと使われるここが、年に二回騎士とその従者で埋め尽くされる。
王国騎士昇任・登用試験。
成人前の王国民に参加権のある、騎士職への登用を行う公開試験だ。
いかに高名な騎士の息子・娘であっても、この国では、この試験に合格せぬことには、正式に騎士にはなることができない。
女騎士アレインも、一応ではあるがこの試験に合格して騎士となったのだ。
各地から集まった土地持ち貴族の息子・娘。
現役大臣の子息に、辺境の砦から推薦されて送られた選抜兵。
そして、何より多いのが、騎士の
騎士の監督の下で、見習いとしての修行を受けた青年たち。
そして、騎士不足という昨今の事情により身分を問わない公開登用試験となっているが、本来であればこの試験は、従士が『騎士の下で十分な修行を積み一人前の騎士としての技量があるか』を試される場であった。
「次、女騎士アレインが従士、トット、前へ」
「はい!!」
呼ばれたトットが闘技場中央のステージに上がる。
トットもまた、その、王国の制度で言うところの従士。
数年間、アレインによってまだ早いと、参加を見送っていたこの昇任試験に、彼は今年初めて参加することになった。
「ルールを確認する。これより他の参加者と戦い、五回勝ち抜けば試験合格である。得物は自由。ただし命を奪いかねない行為については即反則・即失格、相手の不戦勝とする。君が目指すのは蛮勇を誇る戦士ではなく、遠謀深慮にして聡明な騎士である。これはあくまで模擬戦であり、紳士としての礼節も求められるということをゆめゆめ忘れるな」
「分かりました」
ではとジャッジの男がステージを降りる。
トットを待っていたもの――つまり、先ほどの試合の勝者が侮るように笑う。
鉄球が先にぶら下がった鎖を手にした彼は、従者ではなく一般参加の男。
辺境の部族の息子。
名はボア。
ここまでの試合で三人の対戦相手をその鉄球で打ちのめした剛の者だ。
「大丈夫かね、トットの奴」
「あんなトロールみたいなのが相手なんて可哀想。まぁ、仕方ないんだけど」
「アタシの時は当たり年で、参加者少なくて三人勝ち抜けでOKだったんだよね」
「いいないいな~、あたしもその年に受けてればよかった」
「けど、あれでトットくん、結構腕は立つって噂よ」
「今回の試験突破の有力候補に名前上がってたんだっけ」
「頭も回るし、ぜひ幹候にって話も聞いたわよ」
観客席で魚のフライをつまみながらエールを飲んでいるのは、女騎士アレインの寮仲間の女騎士たちだ。
可愛いトットの晴れの舞台を一目見ようと、従者も居ないのに彼女達は自主的に子の場に集まっていた。アレインへの態度とは打って変わった態度である。
「で、そこんとこどうなのよ、師匠としてはさ」
リーダー格の女が、口に魚の骨を咥えてアレインに尋ねる。
ステージに一人孤独に立つ挑戦者トット。
その姿を見つめて、女騎士は何を思ったか、手にしていた水牛の角杯を握り潰すと、その場に立ち上がった。
そして――。
「ぶっ、殺せ、トット!! そんな筋肉達磨、お前の敵ではないわ!! 女騎士アレインが一番弟子の戦い、この場にいる者の目に焼き付けてやれ!!」
しん、と、静まり返る
神聖なる戦いの場に、余計な口出しは無用。
そのために、従士の師匠筋にあたる騎士達は、ステージ傍への立ち入りを禁止されている。
なのにだ。
騎士としても、女としても、最悪の振る舞いである。
お互いの誇りをかけた戦い。
そして、従士の晴れの舞台だというのに。
じろりとそんな彼女を窘めるように視線が四方八方から飛んだ。
すぐに、アレインは、いつもの調子で、「くっ、殺せ」と小さく呟いた。
茹蛸のように顔を真っ赤にしてその場に座るアレイン。
その肩を、荒っぽく隣に座る女騎士寮のリーダー格の女が小突いた。
「ま、気持ちは分かるぜ。弟みたいなトットの晴れ舞台、気張っちまうのはさ」
「――あぁ」
「今回についてはそれだけでもないし、な」
その言葉にアレインの表情が固まる。
「アタシはどうかと思うぜ。それでいいのかよ、アレインさん」
アレインはその言葉に何も反応を返さなかった。
頷くことも、弁解することも、視線をそらすことさえしない。
彼女は強い決意と共に、まるでおきまりの言葉を発するときと同じ、覚悟を持った瞳で、眼下のトットを眺めた。
リーダー格の女は、それっきり何も言わなかった。
「それでは、試合開始!!」
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