第18話 女騎士は被らない
「紹介しよう。私の父方の従姉妹で、第七王女のミミア姫だ」
「はじめまして。君が噂のトットくんね、アレイン姉さまからよく聞いているわ」
アレインをちょっと若くしたようなその少女は、王族という身分にも関わらず、平民の出であるトットに優しく手を差し伸べた。
女主人やその仕事仲間からの破格の扱いには慣れたトット。
だが、まさか王族にまで、親しげに挨拶されるなどと思っていなかった。
緊張で慌てふためく従士トットを見てくすくすと笑うミミア姫。
久しく女性にそんな風に笑われた覚えのないトットは、歳相応の少年らしく、耳まで真っ赤にしてその場に俯いた。
「あぁ、ごめんなさい。傷つけちゃったかしら」
「安心してくれミミア姫。トットはそんじょそこいらの柔な男とは違う。私が鍛えたのだ、こんななりでもたいしたタフガイさ」
「鍛えられた覚えなんてないですよ」
いきなり真顔に戻る従士。
こんな時でも、女騎士へのツッコミには余念がなかった。
「というか、いきなりなんなんですかアレインさま。何も聞かずに黙ってついて来いって、これが目的だったんですか?」
「あぁ」
従士の言葉に頷くアレイン。
ここは女騎士寮の第三倉庫。
薄暗いそこには、騎士寮でかつて使われていたのだろう、椅子やらテーブルやらが雑然と転がっていた。
そんなほこり被った家具の上に、ちょこなんと座るミミア姫。
どうしてよりにもよってこんな所に――。
トットの顔が怪訝に曇る。
そんな少年従士の表情を察して、アレインが笑った。
「仕方がないのだ、どうしても人目につかない場所でないと、できぬ事でな」
「できないこと?」
「私、アレイン姉さまに稽古をつけていただいてますのよ。いざというとき、大の男に絡まれても大丈夫なようにと、護身術を」
嫌な予感にトットの頬が引きつる。
護身術なんてたいそうなものを、彼の女主人が持ち合わせていないことは、一緒にいるトットが一番よく知っていた。
では、何を教えるのか。
「というわけでなトットよ、お前には、姫の稽古をつけているあいだ、見張りをしていていただきたいのだ」
「お姉さま。では、さっそくいつもの稽古を」
「うむ。まずは私が手本を見せます。続けてやってみてください、ミミア姫」
王女相手だからか、妙にかしこまった言い方をしたアレイン。
しかし、やることは――。
いつもと一緒だった。
「くっ、殺せ!!」
「そんなもん稽古してどうするって言うんですか!!」
膝を折った主人に割とガチ気味に切れてかかる従士。
そのツッコミは仕方なかった。
使い道なんてない。
姫様がどうして、そんな女騎士の台詞を言う必要があるのだ。
なまじミミア姫が気の強い、先陣に立って戦うタイプの戦姫だったならば、まだそういう展開もあったかもしれない。
しかし、まったくそんな感じのない、箱入り娘タイプのお姫さまだ。
そんな勇ましい台詞、どうしたって似合わなかった。
そして、実際――言えなかった。
「くっ、殺してくださいまし!!」
「違う!! 殺せ、です、ミミア姫!! 悪漢は、そんな長々と話を聞いてくれません、もっと要点を絞って、効果的に言うんです!!」
「くっ!! 殺!! せ!!」
「力が入りすぎです!! それでは、逆に相手が萎縮してしまう!! もっと、程よくか細い感じで!! 心細い自分を内に持つのです!!」
「
「変な当て字は要らない!! 王国語でおk!!」
「屈しない!! 貴方達のような下種に、私は絶対に屈しないわ!!」
「台詞が違ってる!!」
地獄か。
目の前で繰り広げられる、女騎士と姫のくだらないコント。
それに従士トットは眩暈を感じた。
ベッドがあるならそのまま倒れてしまいたい。
「どうしたトット、浮かない顔をして」
「なんでしょう。僕、初めて、アレインさまの気持ちが分かった気分ですよ」
こんな生き地獄を延々見せられるために呼ばれたのか。
くっ、殺してくれ、こんなの。
この従士、長い付き合いだが初めて女騎士にそんなことを思った。
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