第12話 女騎士は破らない

 ここはとある伯爵が住まう城。


 その地下深く。

 伯爵の一族に由縁あるものしか存在を知らない秘密の牢屋があった。


 双子の片割れ、気が触れてしまった奥方、弑逆された主人、病弱に過ぎる嫡男。

 数々の伯爵家の一族を、闇へと葬ってきたその牢屋。


 そんな場所に、今、一つの影が蝋燭の光を浴びて悶えていた。


 天井から吊るされた鎖。

 鉄輪に両手を縛められたその影は、風に揺れる燭台の灯りに顔を上げる。


 冷たい足音を響かせ、牢の前にやってきたのは――長身の女。


 牢に繋がれた人物の長い髪が揺れる。

 人生に疲れたのだろうか、光のないその瞳。

 それは、牢の前に立った人物――長身の女へと注がれた。


 囚人の肩にかかっていた髪が流れる。

 流れに流れて――。


 ずるり、床に落ちた。

 それはかつらであった。


「ふっふっふ、いいザマだな。トットよ!!」


 牢屋の床に広がっているのは女物のヅラ。

 哀れ、どうしたことだろうか、薄幸の美少年トットは、なぜか女装させらて、城の地下室に幽閉されていた。


 そんな彼の下に、ようやく現れた女主人。

 安堵か、呆れか、それともその両方か、トットは溜息を吐き出した。


 そして彼は、まるでなんでもないように、よっと手首の関節を外すと、その手を鉄輪の中から抜いた。すぐさま、抜けた関節をはめて、肩をまわして欠伸をする。


「待ちくたびれましたよ。もう、変わり身なんて勘弁してください」


「主人のピンチに一肌脱ぐのも従士の務め」


「着せられたんですけど。しかも化粧まで」


「よく似合っているぞトット」


「嬉しくありません!!」


 もう勘弁してくださいよ、と、トット。

 ほの暗い牢屋の闇の中に見えるその顔は、確かに化粧が施されていた。


 気合の入った女装である。


「しかしまぁ、伯爵の奇行を調べるために、女旅芸人を装って立ち寄ってみれば、ずばりですね。僕をこんな所に幽閉して、何するつもりだったのか」


「やれやれ許せんな。これだから土地持ちの地方領主という奴は困る。王より預かった土地だというのに、まるで自分がその地の神になったように振舞うとは」


 こんなアホではあるが、アレインは一応、王国に仕えしている女騎士。

 そして貴族のご令嬢である。


 土地持ち貴族ほどの財力はないが、権力と人脈は相当に持っている。


 彼女がこのことを父の耳に入れれば、たちまち伯爵家はおとり潰しだろう。

 伯爵も迂闊にとんでもない女を自邸へ引き入れたものだ。


「それにしても、アレインさま、まったく見向きもされませんでしたね」


「うっ、まっ、まぁな。あれだ、伯爵の趣味と私は違ったのだろう」


「そうなんですかね? 任務の際に聞いた話だと結構、アレインさまと歳の変わらない人も被害にあってるそうですが」


「そ、そうなのか?」


「えぇまぁ。なのでアレインさまも、もしかしたらと思ってたんですが。なんででしょうか。まぁ、僕としては、アレインさまになにごともなくて何よりですが」


 まったくなんの嫌味もなく、主人が無事だったことを喜ぶ従士。

 しかし――。


「あれ、アレインさま?」


 ふらり。

 女騎士アレインはトットが先ほどまでぶら下がっていた手かせを持った。

 ちょっとちょっと。そう言って、女騎士が従士を下がらせる。


 感情のない顔をした女騎士。

 彼女は何を思ったか――自ら鉄の鎖に手を突っ込んだ。


 甲冑を身に纏い、手を上に縛り上げられ、上目遣いに睨むその姿、まさしくとらわれの女騎士。

 しかし、その顔は、恥辱でも苦悶でもなく、涙と鼻水に濡れていた。


「くっ、殺せ!!」


 号泣しながら、この女性として不憫な女騎士は、いつものキメ台詞を言った。


「……なにやってるんですかアレインさま」


「女騎士だもん!! 私、女騎士だもん!!」


「いや、そういうのいいですから、さっさと伯爵捕まえにいきましょう」


「やだぁっ!! 伯爵来てエッチなことされるまでここにいる!!」


「なに馬鹿なこと言ってるんですか!!」


「なんで男のトットが見初められて、女の私が見向きもされないんだ!! おかしいだろ!! どうなってるんだ!! 責任者出てこーい!!」


 この女騎士、いままでさんざんやらかして、言うに事欠いてこれであった。

 都合のいいときだけ女騎士扱いされたいのであった。

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