第3話 女騎士は戦わない
深く暗いここは洞窟の中。
赤い炎が揺れるランタン。
その光に照らされて土壁に浮き上がるのは女騎士と従者の影。
そして――巨大な竜の影。
「ぐはははッ!! 人間よ、我を追いこの洞窟の奥深くまでこようとはな!! その勇気、褒めてつかわすぞ!!」
「お前がこのあたりの山村を荒らして回っている悪竜か!!」
「いかにも。威勢がいいな、小僧」
竜の鼻先に槍を突き出す従士トット。
まだ二十も超えていない彼。
だが、自分の背丈と同じくらいある鉄製の槍を手にすると、彼はまるでそれが自分の手足であるかのように、手慣れた感じで扱ってみせた。
主人がポンコツとはいえ彼も従士。
同じくらいの年頃の少年が見れば泣いて逃げ出すこの状況で、彼は瞬き一つせずじっと竜を睨みつけていた。
思わぬ好敵手の出現。
竜の顔が邪悪に歪む。
「気に入ったぞ、小僧。殺すには惜しい相手だ」
「それはこちらのセリフだ。悪竜よ神妙にお縄につけ。今なら我が主アレインさまも、寛大な慈悲でもってお前を許すだろう」
「ほほう、そちらの女――お前の主人か」
「そうだ」
「しかし――それにしては、さきほどから一言も口を聞かぬな?」
トットの後ろ。
剣を鞘に納めて腰に佩いたまま、女騎士は静かに目を閉じていた。
ただならぬその雰囲気。
――こいつ、できる。
そう思った竜。
邪悪な竜がくっと歯を食いしばった――その時だ。
突然、女騎士アレインは――。
その場に膝を折った。
「くっ、殺せ!!」
「なにぃっ!? クッコロセだとぉっ!?」
いつものように、女騎士はくっ殺した。
戦意の喪失であった。
途端、女騎士の顔がいつものように崩れる。
――コミカルに。
「ダメ、無理無理、絶対勝てない。竜なんて戦えないよぉ」
「なに弱気になってるんですアレインさま!! せっかく来たのに!!」
「だってあんな大きいのとか聞いてないわよ!!」
「聞いてないって!?」
「犬とか猫とか――竜ってそういうサイズの生き物だと思ってたのぉ。こんな馬とか牛とかのサイズだなんて聞いてないわ!!」
わんわんと喚く女騎士。
この女騎士、誉れある役職についてこそいるが、実のところ武人としての腕前は平均――いや、中の下である。
貴族とはいえ、いい歳した女が、定職にもつかず家に引きこもる。
それはやっぱりどうなのだ。
そういう理由でアレインは、親のコネで騎士団に所属していた。
貴族でも遊んで暮らせない。
異世界でもそういう所は世知辛い。
それはさておき。
女騎士と従士の問答は続く。
「だめぇ、トット、私の代わりに戦って。お願いだからぁ」
「自分でやらないと意味ないでしょ。竜を倒したってなったら、騎士団でのアレインさまの立場もよくなるんですよ。頑張りましょうよ」
「やだぁ、騎士団とかどうでもいいもん。もうおうち帰るぅ」
子供みたいな駄々をこねる女騎士。
ちなみに彼女はトットと違って、ちゃんと成人した女性である。
ついでに言うと、もうそろそろお嫁さんに行っていないと、心配されるくらいの年齢である。
そんな女が、わんわんと、人目も竜目も気にせず泣きわめく。
こんな地獄があるだろうか。
しかし――。
「なんだ、クッコロセの魔法とは。どんな魔法だ」
竜の方は竜の方で、女騎士の発したくっころに困惑していた。
それはそうだろう。
普通、わざわざやってきて、戦いもせずくっころする奴などいない。
さらに。
「先程から従士も交え唱えている――長さからこれはまさか大規模魔法!?」
都合よく勘違いしてくれていた。
女騎士の身の上も、彼女の性格も、竜には知ったことではない。
彼は、アレインの発した「くっ、殺せ!!」の響きに大混乱していた。
竜の頭を過ぎる、爆発四散する哀れな自分の姿。
未だに続く騎士と従士の呪文――実はただ子供のように駄々こねてるだけ――に、彼の頭の中の残酷なイメージは、どんどんと膨らんでいった。
洞窟ごと。
いや、山ごと。
辺り一帯。
そこまで思いが巡ったところで、竜は青い顔をして叫んだ。
「分かった、我の負けだ!! 煮るなり焼くなり好きにするがよい!!」
「「えっ!?」」
顔を見合わせるトットとアレイン。
先程まで涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした顔をしていたアレインだったが、竜の降参を聞くや否や、すぐに元の凛々しい顔にそれは直った。
「うむ、殊勝な心がけだ。悔い改め、これから人との共存を選ぶというのであれば、このアレイン、貴様の助命嘆願に尽力しようではないか」
「アレイン様……」
この女騎士、絶対に謝らないが、機は読め、そして運だけはよかった。
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