女騎士はあやまらない

kattern

第1話 女騎士は腹減らない

 誉れ高い王国騎士団の女騎士アレイン。

 彼女はいま絶体絶命の窮地にあった。


 彼女を周りを囲むの、逞しい体躯のオーク。

 手に斧や鍬、三叉に別れたピッチフォークといった武器を持っている。


 一方のアレインは手ぶら。

 乳白色をした鋼鎧を着て、その場に膝を折る彼女は、恨めしげにオーク達を睨みつけている。


 そして、彼女は絞りだすような声で言った。


「くっ、殺せ!!」


 瞬間、オークたちの顔が変わる。


 ――コミカルな感じに。


「いや、殺せじゃねえべさ、ねぇちゃん」


「オラたちの畑さ食い荒らしといて、詫びの一つもねえだか」


「やだやだ、こっただから人間の娘っこはいやなんだべ」


 呆れ返ってため息を吐くオーク達。

 そんな彼らの耳に――。


「おまたせしました!!」


 少年の叫ぶ声が聞こえた。


 なだらかに続くオーク達の畑。

 その稜線の先から現れたのは、野暮ったい服装をした少年従士だ。


 彼はオークの前に駆け出ると、ひいひいと膝に手をついて息を吐いた。

 その手には茶色い麻袋が握られている。


「すみません。街にある騎士団の駐屯所に行って、なんとかこれだけ貸りてきました。これで許していただけませんか」


「あんれまぁ」


 顔を見合わせるオーク達。

 少年から麻袋を受け取った彼らは、中を検めて――困った顔をした。


 野菜の卸値にしては高い。

 善良な農夫オークの心がそれを受け止めるのをためらわせた。


「こっただ袋いっぱい。野菜っこ一つでいただけねえだ」


「んだなぁ。あんちゃん、これじゃ俺らが恫喝したことになっちまうだ」


「盗って食っただけ払ってくれればそれでええんだ」


 その時、女騎士が吼えた。

 聞き捨てならないという感じに。


「だからさっきから何度も言っているだろう!! 私は貴様達の野菜など食べていないと!! この女騎士アレインを侮辱するのか!!」


 そう言う彼女の口元には――べったりとトマトの皮がついている。


 もはや怒りは通り越した。

 憐みの籠った視線を農夫オーク達は女騎士に向けていた。


「すみません。こういう方なんです」


 そんな女騎士とオーク達の間で、ひたすら従士の少年が頭を下げる。

 憐みの視線はそのまま、従士の方へとスライドした。


「あんちゃんは女騎士さん従士さんか何かか」


「えぇ、まぁ」


「……大変だなぁ」


 女騎士とその従士である少年に生暖かく注がれるオークの視線。

 それに、従士――トットは詰まるような苦笑いで応えた。


 はいとも、いいえとも、彼は言わなかった。

 言えなかった。


 そんな複雑な従士の心境をよそに、女騎士はまだ吼える。


「たとえ旅の道中で財布を落とし、三日三晩飲まず食わずだったとしても、この女騎士アレイン、人様の造った野菜に勝手に手をかけることなどしない!! もしそう疑っているのであれば、私は、自ら死を選ぼう!!」


「死にたくないからトマト食べたんでしょう!!」


「だから、食べてないと言っているだろう!!」


「……はいはい、分かりましたよアレインさま。分かりましたから、ちょっとあっち言っててください。あとは僕が話をつけますので」


 そう言って、従士トットは絶対に謝らない女主人をオークたちから遠ざけた。


 大変だなぁ。

 オークたちのそんな心の声が、澄み渡る青空に昇って行った。


 この女騎士、たとえ自分に非があっても絶対に謝らない。

 絶対に謝らないのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る