第16話 中谷警部補の誤算

 サソリ男の始末を警察に任せ、本部が設置された公園に朔間緑子と4人の仲間達は戻ってきた。本部にはテントが設置されていた。テントの入口をくぐろうとしたとき、緑子のお下げ髪が引かれてのけぞった。


 背後を見ると、最後部から早房華麗が腕を伸ばしていた。波野潤子も篠原美香を止めていた。とめられなかった飯塚京子だけが、一人で本部テントに入っていった。

意図的に一人にされたことに気付いていないようだった。それに気付くような余裕もなさそうだった。


「泉は?」 


 飯塚の声はテントの外まで明瞭に響いた。返答したのは中谷警部補だ。


「おう。ご苦労様。相変らず手際が良かったな。君達が活躍してくれるから、被害が少なくて……」

「泉は! 怪我してただろうが!」

「あ、ああ。あいつは……」

「どうしたんだ?」


 何かが倒れた音が響いた。胸倉を掴み上げたのだろう。少女に脅されるベテラン警官の姿を見ようと、緑子が覗き込んだ。今度は邪魔されなかった。二つの頭が続いた。篠原は、覗かなくても様子がわかるらしい。


「泉は救急車で運ばれた」

「無事なんだろうな」

「大丈夫だ。救急病院にサソリの血清があれば」

「なかったらどうなるんだ?」


「取り寄せることになるが……」

「病院にすぐ確認しろ。もしなかったら、すぐに自衛隊に連絡して、ヘリでもジェット機でも使え。もし泉が死んだら、俺はこの仕事を降りる」

「やけにこだわるな」


 飯塚は目をかっと見開き、中谷の体を揺さぶった。


「命の危険があるときに、救うのが不自然なことか!」

「わ、わかった。大丈夫だ。もう手配してある」

「本当だな」

「俺も、部下を失いたくない」

「そうか……」


 中谷の体が地面に落ちる。


「どうしたの?」


 緑子は、まるで何も聞いていなかったかのように問いかけた。波野と早房が視線を交わしたが、互いに何も言わなかった。


「いや、なんでもねぇ」


 飯塚が視線を外す。飯塚が緑子を避けるのは珍しいことだ。


「隠し事は良くないよ」

「うるせぇ!」

「ふうん……変なの」


 話が終わったと判断して、緑子はテントの中に入った。波野と早房、篠原が続いた。

 篠原が一歩前に進み出る。正面に立たれ、飯塚が目を細めた。心を読まれると思ったのだろうか。篠原自身が嫌っている能力だ。飯塚はだまって篠原が口を開くのを待った。


「……あの……有り難う」

「なんだよ。俺一人で助けたわけじゃねぇ。礼を言われる筋合いはないぜ。留めを刺したのも、お前だしな」

「……泉さん……助かったから」


 声を落としていた。いや、そもそも声に出していたのかどうかも疑わしい。緑子には聞こえていた。中谷には聞こえていなかったようだ。


「そうか。サンキュ」


 篠原の肩を軽く叩き、飯塚が快活な笑みを一同に向けた。


「飯でも食いに行くか。中谷のおっさんがおごるって言っているしな」

「やったー」

「へーえ。珍しいこともあるもんですわね」

「まあ、それくらいは当然だな」


 携帯灰皿に、早房がタバコを入れる。


「……お腹減った」


 篠原が、素直な感想を述べた。


「おい、誰もそんなこと……まあいいか。たまには、奮発してやるか」


 中谷は間違っていた。この年代の少女達がどれほどの量を平らげるか、把握していなかった。顔面を蒼白にするのは、約一時間後のことである。

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