マジョガリ

しょもぺ

第1話 崇高なる宴



黒い月と銀箔の槍。

世界は月夜に照らされ、

大いなる意思を飲み込もうとした。


紐解かれる文献からは、

赤い文字で記された箇所がひとつ伺えた。

そこには、これから始まるロンドが眠っていたのだから・・・



ACT1 『崇高なる宴』



今夜も宴が始まる。


ここ都内の高級クラブでは、金に糸目をつけない富豪な客層で賑わっていた。


ある客は、ホステスの誕生日に、大きな特製ケーキとアレンジメントした花束を贈り、

ある客は、定番のドンペリーニョをポンポン開け、ピンクのしぶきをシュワシュワと上げる。

ある客は、一本120万円もするビンテージワインを、惜しげもなく喉に流し込む。

そしてある客はお店に通いつめ、一ヶ月に使った金額はなんと一千万円を越える客もいるという。


狂った金銭感覚・・・

それが当たり前のように横行するからこそ、この空間は成り立っていた。

一般人のサラリーマンから見たら、泡をふいて卒倒しそうなほどの額の『金』。

それが、フワフワと宙を舞い、綿ボコリのようにズブズブと掃除機に吸い込まれていった。

日本の中心に位置するこの街で、連日行われている夢のような宴。

例えるなら、それは、マリー・アントワネット王妃が主催するベルサイユ宮殿での舞踏会。


さて、問題。

この私は誰でしょう?


白いドレスに身を包み、全身に眩いばかりの宝石をちりばめ、髪を撫でる仕草ひとつで世の男どもを一撃でノックアウトする美貌。

もちろん店での指名は一番。売り上げも一番。プレゼントの額も当然一番。

全てにおいて誰もがその存在を否定することのない完璧な『女』。


それがこの私。

『香取 瀞裸 (かとり せいら)』


今夜は、何人の男性が、私の魔力に堕ちていくのだろうか?


「セイラちゃん、あれやってみてよ」

「はい、あれですね」

お客が口にタバコをくわえると、私はライターを手の平の中に入れる。

そして念じてみるのだ。タバコよ、火よ着けと。

ポゥッ。

すると、お客のくわえたタバコに火が着いた。

「おお、ついたついた!しっかし不思議だよなぁ。ライターの火を使わずにタバコに火をつけるなんて!」

「えへ、これがセイラの特技なんですよ」

「何かタネアカシがあるんじゃないの?教えてよ~」

「だめですよ。だって企業秘密なんですもん」

「そっかぁ~、でもセイラちゃんにはもっと特技がありそうだよね?」

「ふふ、ありますよ」

「え?なになに?」

お客が興味津々な顔つきで聞いてくる。

「足で水割りをつくります」

「ええ!そんなこと出来るのかい?」

「はい。でもその代わり、安いお酒じゃうまくつくれないんです」

「そうか、じゃあ、コニャック入れるよ!」

「はい、ありがとうございます」


お客の入れてくれたボトルは、1本20万円だった。

「もっと高い酒を入れろっつーの」

そう思ったが、まぁ仕方ない。

私は、座ったままの姿勢でドレスの裾をまくり、足をお客の前にピンと伸ばした。

それだけで、お客の鼻の下がグニャグニャに伸びていくのがわかる。なんとも男は単純だ。


私は、足の上にグラスを乗せてバランスをとった。そこに、氷と酒と水を入れてタンブラーで掻き混ぜる。

「な、なんだぁ~、足で作るって言うから、本当に足の指を使って作ると思ったよ」

「あら、じゃあそうしましょうか?」

私は意地悪く、ドレスの裾を戻す仕草をした。

「あ!いやいや!そ、そのままでいいよ!」

お客は、私の足が仕舞われるのを惜しんで止めた。そして、水割りをお客の前に差し出し、足を仕舞った。

するとお客は、また私の足を早く見たくて、水割りをゴクゴクと飲み干した。

「は、早くつくってくれ!」

鼻息荒く目は血眼。私の足見たさにお客は興奮している。やはり男って単純だ。

「もうだめですよ。ほんとはこんな下品なつくり方しちゃいけないんですから。今回限りの特別」

「そ、そんなぁ~・・・」

「でも、次のボトル入れてくれた時に、ナイショでやってあげますよ。それまで、お・あ・ず・け!」

私は、お客の膝に手を置いて耳元でささやいた。

「ほ、ホントかい?じゃあ次は絶対だよ!」

「はい、約束です♪」

私がニッコリと微笑と、お客の顔がグンニャリと緩む。ほんと、男って単純だ。


「セイラさん、8番です」

「はぁ~い♪」


私は他の指名が入ったので、次のテーブルへと移動した。

移動する際、お客は捨てられた子犬のように哀願した顔をしていた。何とも情けない顔だ。

次のテーブルでも、高いお酒のオーダーがどんどんと入っていった。

それにしても何と言うか・・・

毎夜毎夜、バカな客どもは、飽きもせずに金を湯水の如くドバドバと使い込むことだわ。

あっと、いけない。お客様は神様でしたわね。


・・・ここからは私のひとり言。

IT関連のまだ若いこの社長は、自分をカッコ良く見せるために、見栄を張って威張りだす虚栄心の塊。

「世の中というのは、もっとフレキシブルに先見の目をもって見詰めていかなきゃ!」

なんて戯言を聞くと、たまたま時代がオマエにフィットしてくれただけなのに、全て自分の能力だと勘違いしているこのバカに、ひとこと言って教えてあげたくなるわ。

「このコンピューターおたくが!キモチワルイんだよ!」ってね。


とある不動産業を営むこのハゲジジイは、私の足ばかりさすってきやがってこのエロバーコードが!

「バブルで土地転がして大儲けしたんじゃよ!マンションのひとつでも買うてやろか?いひひ!」

てめぇなんかフィリピンパブでロンリーチャップリンでもデュエットしてるのがお似合いだってぇの!


そして極めつけが、ある大手企業の御曹司のボンボン。

親の七光りだけで生きてきたような虫唾の走るこいつは、私の顔を見るたびにこう言うわ。

「いくらなら今晩つきあってくれるの?」

毎度口癖のようにほざきやがって!てめぇなんかションベンタレの女子高生と援交でもしてクラミジアでもうつされてこいってんだ!このトウヘンボクが!


「セイラさん2番ね」

「はぁ~いっ♪」


私はいつもどおり、愛想の良い返事と屈託のない笑顔でお客様にサービスを振り撒く。

バラ、バラ、バラと雑草に除草剤を撒くかの如く、それを男どもにふりかけてやるのだ。


それが私。だから私。

たったそれだけの事で、男どもは鼻の下をアゴの下まで伸ばして万遍の笑みをする。

私がニコリと首を傾けて笑えば、男どもの疲れきった心に、元気を充電してやることもできる。

それが、『選ばれし女』である私に与えられた卓越した能力。

これは誰にでも出来ることではない。まさに天賦の才としか言いようがないのだ。


だけど私は、『男』という生物が大っキライだった。

単純で助兵衛で、稚拙で傲慢で低脳で、いつも女を征服する事ばかり考えている。

でも、その男どもにチヤホヤされるのは、けして嫌いではない。

むしろ好きを通り越して快楽すら感じていた。

矛盾しているようだが、これは本音だから仕様がない。

だから私は、快楽だけのSEXをする必要は全くなく、毎夜エクスタシーの絶頂を何度も何度もむさぼり尽くす事が出来るのだった。すると、私の脳内から分泌されるドーパミンやらエンドルフィンやらアドレナリンが体を活性化させ、更に美しい体へと作り変えていってくれるのだ。


美貌だけではダメ。

知性だけではダメ。

教養だけでもダメ。


全部揃って、はじめて最高の『女』という高尚な生命体へと昇華できるのだ。

だから、『男を悦ばせる』という他愛のない作業は、致し方ないとはいえ、私の生活の基盤であり人生の全てと言っても過言ではなかった。だからこれらを失うという事は、私にとって生命の根源を絶たれるのと同じことだと思っていた。


「セイラさん、6番テーブルね」

「はぁ~い♪」


また指名が入った。そしてドンペリのオーダーも入った。

これで私の稼いだ金額が跳ね上がっていく。

まるでラスベガスのカジノのスロットのように、チャリチャリとコインが吐き出されていく。

そして、いつ頃だったろうか?

この狂った宴が、私の感覚を完全に麻痺させ、別の世界に足を踏み入れさせたのは。

私の欲は絶頂に到達していたと思う。

もうお金なんていくらあっても意味がない。

預金口座のゼロが一度に数え切れない程に達しても、なんの興味もわかなくなってしまった。

だいたい、お金が好きなだけ使える事に、いったい何の意味があるのだろうか?

そこまでして欲しい物とはいったい何なのだろうか?

宝石?毛皮?マンション?車?

そんなものは、自分のお金で買わなくとも、『男』どもが勝手に貢いでくれるのだ。

そんなものを自分でお金を出して購入している女達は、なんとバカで愚かなメスブタなのだろうか?


物欲に支配され、毎日の生活に困り果てた若物は、高金利の金融業から借り入れをする。

小娘どもは、援交で自分の体を安く売り、小遣い程度の金を得る。

サラリーマンどもは、残業で疲労した体を酷使し、睡眠時間を削ってまで労働をする。


この類の人間というのは、どうしてこんなに愚かなのだろうか?

どうして苦痛と絶望だけで構成されたエリア内で、そうまでしてもがき苦しみ続けたいのだろうか?

ひょっとして、それが好きでたまらないマゾなのだろうか?変態なのだろうか?

私にはそれが一切理解できないし、一切理解したいとも思わない。


ひとつ言えること。

それは、私はそんな愚かな人間というものを、遥かに超越した存在になってしまったこと。

すべての男が私のもとにひざまずき、すべての人間が私のことを賞賛する。


もう世界なんていらない。

こんな陳腐な世界で息を吸うこと自体が、臭くて汚らしくて我慢できない。

だからもうここにはいたくない。もっと別の世界へ行ってみたい。

私にふさわしいような、もっと華やかで崇高な魂によって構成された楽園へ。

そして私は、もっともっと高密度に集束された安らぎの川で、ほとばしる命の源泉を浴び、蝶のように美しく、清く誉れ高く生きていきたいのよ!


「・・・ちゃん・・・セイラちゃん!どうしたのよ?」

ふと気がつけば、私の顔を心配そうに覗き込むお客さんが目の前にいた。

「あ・・あはは、な、なんでもないですぅ!ちょっとボーッとしちゃって・・・お酒飲みすぎたかな?」

最近、どうもひとりで、悦なる世界に入り込んでしまう悪いクセがあるようだ。

私は舌をペロッと出して、可愛らしい仕草で頭を軽く叩いた。

するとお客の顔が、緩やかにほころんでいくのが分かった。

男というのは、なんと単純な生き物なのだろうか。

「セイラちゃん酔っちゃったのかな?」

「そうみたい・・・」

「だったらボクが朝まで介抱してやろうかな~?ホテルのスィートに部屋とってあるんだよ。モチロン、キミのためさ!」

「あはは。もう、冗談ばっかり」

私はお客の肩を軽く叩き、膝の上にチョコンと手を置いた。

毎度のことながら、ありとあらゆる方法で、私を口説く男どもが多いのにはウンザリしていた。

だが、私の美貌が魅力的すぎるので、それも仕方ないと半ば諦めていた。

それに私にはプライドがある。それは、絶対にお客と『寝ない』ことだ。

いくらお金を積まれようが、それだけは絶対にしないという信念をもっている。

このお店に勤めて約一年。

その間に、たった一度だけ寝てしまったことがあったが、それは特例だ。

とにかく私はそんなに安い女ではないし、金ごときで体を委ねるほど心は腐っていないのだ。


ガシャン!

突如、グラスが割れた音が店内に響いた。

たまたまお客の話し声が途切れた瞬間だったので、タイミングがさらにまずかった。

私の隣のテーブルでは、グラスを割ってオロオロとしている新人がいた。

その新人は、まだ勤めて2週間ほどで、この業界に入ってくるのは初めてだと聞いていた。

だが、そのあどけない容姿に、そこそこの固定客がついている様子で、未熟ながらもホステスとしては有望株のようだった。

「あらあらモモちゃん、お客さんのカッコいい顔に見とれちゃったのかな?」

すかさず私がフォローを入れた。店内がドッとした笑いに包まれ、いつもの雰囲気に戻る。

(さすがセイラちゃん、ナイスフォロー!)

そう言いたげに、ボーイさんは私にウインクでお礼の合図をしてきた。

私は当然の振舞いをしただけで、そんなことでいちいち浮かれはしなかったので、ボーイのウインクを無視してやった。

だって、そんなこと当たり前の仕事なんだもの。

将来有望株の新人を育てていくのも先輩の仕事であり、この店ナンバーワンの私の仕事でもある。

だから、大切に育てなくちゃね。大切に、大切に・・・


私は席を立った。

すると、先ほどグラスを割ったモモという新人が、裏の控え室で店長に怒られているのが見えた。

私は気の毒になったので、そこに近づいて店長にこう言ってやった。

「まだモモちゃんは新人だから許してあげて。ホラ、怯えて泣いちゃってるじゃないの・・あとは私がしっかり教えといてあげるから、ここは私に免じて、ね?」

「う~ん、セイラちゃんがそう言うんだったら・・・じゃ、これから気をつけて!」

店長は少し不服そうだったが、この店のナンバーワンである私には歯向かえなかったようだ。

まぁそれも当然。店長とはいえ、雇われの分際でこの私にどうこう言える権利はない。

もしオーナーに告げ口しても、向こうの分が悪いのは明白だ。

「あ・・あの、ありがとうございます、セイラさん。お客さんが足を触ってきたので、私怖くってそれで思わずグラスを落としちゃって・・・」

モモちゃんは、捨てられた子犬のように、ウルウルと潤んだ目で私を見上げてきた。

その仕草はなんと可愛らしいことだろうか。

なるほど。これなら素人とは言え、お客に人気があるのは頷ける。

だから私は、先輩としてモモちゃんに優しく教育してやることにした。

「いい?もしお客さんが、モモちゃんにイヤラシイことしてきたらどうすればいいか?それを教えるわ」

私は、モモちゃんの頬を優しく撫でた。

「は、はい、どうすればいいんですか?」

モモちゃんは少し顔を赤らめている。ひょっとして、先輩であるこの私にあこがれているのかしら。

私はニッコリ笑うと、子供をあやすような優しい声で言った。

「それはね・・・こうするのよ」


ガヅンッ!


まずは、心中線という体の中心部を沿う急所の一部、鼻の下を拳で強打した。

「うぐぇッ!・・・・うぇ・・あぅぅ?!」

ボタボタと鼻血がしたたり、困惑した表情で鼻を押さえるモモちゃん。

あぁ、なんと可愛らしい仕草だこと。もっと、もっと可愛がってあげたくなってしまうわ。

グボッ!ドゲシッ!

お次はみぞおちに一発入れ、ロッカーの側にうずくまったところに後頭部へケリを入れる。

「ぐっ!・・・あぎゃ!!」

スチールのロッカーに叩きつけられたモモちゃんの顔が、可愛らしく苦痛に歪む。

それをゆっくりと堪能した後、ヒールのかかとをモモちゃんの額に向け、少し回転を加えながら振り下ろす。

「ひぃ・・や、やめて・・」

バシュッ!

鮮血が額から噴き出し、モモちゃんはその場にうずくまってしまった。

「あらあら、どうしたの?そんな格好じゃ、先輩として教育をすることができないわよ?」

「ひっく!・・・うぇ!・・ひ、ヒドイ・・ひどいですぅ・・!」

切れた額から血がしたたり、顔が真っ赤に染まる。

モモちゃんはいきなりの出来事に、痛みとショックでパニックに陥っているようだった。

ま、当然といえば当然かな。

「だから、ね?こういう状況になっても冷静さを失わないようにテストしているのよ」

私はゾクゾクと背筋にこみ上げてくる高揚感を味わいながら、目の前に平伏して怯える虫ケラを見下ろしていた。

ガッ!ガッ!ガッ!

そして追加のストンピングをヒールにて数回加えてみた。

「ぐっ!うっ!・・うぐぅ!」

シャ・・シャァァ~・・・・

どうやらあまりの恐ろしさに、お小水を漏らしてしまったようだ。

「あらあら、そんなにイッパイお漏らししちゃって・・最近の若い娘は根性が足りないわねぇ。まだ先輩として教えなくちゃいけない事は沢山あるのに・・・困った子♪」

私は最後の仕上げに、モモちゃんの頬を鷲掴みにして持ち上げ、耳元で優しく囁いた。

「・・調子こいてると今度はこんなもんじゃすまないよ。ここには二度と顔出すんじゃないよ・・」

少しドスの効いた声が効力あったのか、モモちゃんは涙を流しながら無言で首を縦に振った。

「よろしい♪なんとも従順で可愛げのある新人だこと」

血とオシッコと絶望感に包まれたモモちゃん。

私は、込み上げてくる笑いを抑えながら、その場を後にした。


私は、何事もなかったように店内に戻り、指名されていた席に座ってお客の水割りを作った。

「ずいぶん遅かったねぇ。それに、さっきグラス割った娘もいないみたいだけど・・・」

「モモちゃん生理痛が酷くて早退したの」

「そうなんだ。大丈夫なのかい?」

「腹痛がヒドかったんです。だから今まで看病してあげてたの」

「へぇ、セイラちゃんは後輩思いの優しい娘なんだね~」

「そんなことないですよ、エヘ♪」


狂った空間・・・

それは、客とホステスの間だけに存在するのではなく、

すべてを飲み込み、すべてを蝕んでゆくのだった。

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